人質聖女3
と、いうわけで。
わたし『豊穣の聖女』ポーリンが、レスタイナ国代表の美女として(……調子にのりました、すいません)ガズス帝国へとお嫁入りすることになった。
日本での記憶が鮮明なわたしには、五番目の妻になるというのは生理的に無理だったけれど、もう4人も綺麗な奥さんがいるというキラシュト皇帝が、政略結婚というか、明らかに人質であるわたし……しかも、ぽっちゃりを超えてもはや『どすこい』という新たな領域に踏み込んだわたしに興味を持つとは思えなかったので、そこは気にしないことにした。
というか、相談した男性(神官や王宮に勤めている顔なじみの貴族)の誰もに「あー、ナイナイナイナイそれはないから! 万にひとつくらいの可能性しかないから! あったらそれは皇帝を超えて勇者と呼ばれるから!」と言われてしまった。
ちょっとは考えてみて欲しかったな。
お年頃のポーリン、安心していいのかがっかりした方がいいのか、悩みます。
というわけで、わたしはガズス帝国からの使者に引き合わされた。
「わたしがガズス帝国とのご縁を結ばせていただくことになりました、『豊穣の聖女』ポーリンでございます。どうぞよしなに」
「な、なんと、『豊穣の聖女』が我が国に? 皇帝陛下の第五王妃に? 他の聖女はどうしたのだ?」
ガズス帝国の使者Aは驚いてますけど、わたしが堂々お嫁入り、致しますのよ。
「聖女たちも、コレ以外は既婚者だったのか!」
使者Aは頭を抱え、使者Bが天を睨みつけながら言った。
こら、人のことを『コレ』とか言わないの!
「なんということだ……」
ほらほら、お喜びなさいませ。豊穣の神さまに愛されている、可愛いポーリンがお嫁入りすることになったんですよ。
「正しくは、独身なのはわたしと見習いの幼女クララだけでございますわ。ですから、どうぞよしなに」
「幼女か! 幼女はまずいな!」
「幼女もまずいが、コレもまずいだろう、いくらなんでも……横に大き過ぎる!」
ええい、うるさいわ!
わたしは『豊穣の聖女』、心も身体も豊かなんだから仕方がないの!
ガズス帝国の使者たちめ、文句を言ってると引っこ抜くわよ!
……あら、もちろん、舌を、ですわよ?
「皆さま方、お世話になりますわ」
聖女のドレスに身を包んだわたしは、軍艦に乗っていた兵士たちに向かって微笑んだ。
「あ、アレが皇帝のヨメか?」「国によって美人の基準が違うからな。うちの国の基準からは、かなりかけ離れているな」「重さで船が沈んだらどうしよう……」なんて雑音が聞こえるけれど、ポーリン、気にしないわ!
その後ろを、わたしの荷物を持った使用人たちが通っていく。
孤児院の皆と神殿の神官さんたち、そしてお姉さまたちに別れを告げたわたしは、馬車に揺られてガズス帝国の軍艦が沖に待つ海沿いの領地にやってきたのだ。
領主の許可を得て一帯の農地に祝福をしたので、この辺りはきっと豊作になるだろう。今回の騒動で心労を抱えたこの地の皆さんの助けになるといいのだけれど。
で、そのわたしの荷物を、ひとりの男が見とがめた。
「おい待て、それはなんだ?」
30半ばくらいの、日に焼けたたくましい美丈夫は、まだ若いのに軍艦の艦長だという。
わたしを船に迎えるため、小さな船で岸まで来てくれたのだ。
彼の名前はディアス。
日に焼けたたくましい海の男で、顔も整っているからワイルド系がお好みの女性には人気がありそうだ。
「ご覧の通り、プランターですわ」
わたしはイケメン艦長に言った。
質の良い土が入ったプランターには、苗木が植えられている。
「プランターだと? なぜそんな物を船に持ち込むんだ? なにを植えてあるんだ?」
「あらまあ、もちろんお野菜と果物に決まっています。ご存知のようにわたしは『豊穣の聖女』なのですよ?」
そうだ、わたしの嫁入り道具は『豊穣の聖女』の大切なプランターだ。
いつでもどんな時でも、作物を育て続けるのが聖女であるわたしのお仕事である。
「船の床に土をこぼしたりいたしませんから、ご安心なさってください」
「いや、そういう話ではなくて……プランターばかり目につくが、聖女さんのドレスとか、アクセサリーとか、そういう持ち物はどうしたんだ?」
「着替えならば、この聖女専用のドレスがあと2着ございますので、ご心配は無用ですわ。わたしは癒しと浄化の力を神より授かっておりますので、お洗濯は不要なのです」
そうなのだ、浄化の魔法はとても便利だから清潔が保てるのだが、新品になるわけではないため、やっぱり一枚だと着ているうちに服がボロボロになってしまうので、予備の服と合わせて3着の聖女ドレスを着回しているのだ。
これで、軽く1年は持つはずだ。
あ、ちゃんと下着も3セット用意してあるわよ。
ちなみに、傷んだり小さくなったドレスは、農作業着に縫い直してもらって使っていて、それも荷物の中に入っている。
聖女たるもの、国民の皆さまのお金を無駄に使ったりいたしませんことよ。
サイズ的な問題で、布地は2倍必要なのがちょっと申し訳ないんですけどね。
「わたしの荷物は、あの鞄ひとつとプランターが7つになりますが、置く場所は大丈夫でしょうか?」
荷物を運ぶために来た船にこぢんまりと乗っている、着替えの入った鞄とプランターたちを指して尋ねた。
場所が狭かったらプランターは重ねておかなければならない。
できれば船の中ですべての苗を育てたいのだけれど、最悪の場合はガズス帝国に着くまで苗たちを眠らせておくしかないわね。
「いや、場所には全然余裕があるが……高貴な王女を乗せて帰るつもりで広い部屋を用意しておいたから……それにしても」
艦長はため息をついた。
「年頃の娘が、しかも国を代表する聖女さんの荷物が、まさかこれっぽっちとはな」
「あら、どうぞお気になさらず! だいたい王族とわたしたち神さまにお仕えする神殿の者は、お役目が違いますもの。わたしたちには華美な持ち物は必要ありませんわ。神さまに仕える神官や聖女には、個人の持ち物はほとんどありませんのよ。社交界に参加するわけじゃないんだから、お務めにアクセサリーなんて必要ありませんでしょ?」
そうなのだ。
個人的な物があるとしたら、孤児院の子どもたちが「ポーリン、お嫁入りおめでとう! がんばってね」と作ってくれた、木彫りの聖女像くらいだ。
愛情がこもった素朴な物なんだけど、なんだかね、がっしりとした像がどこぞで見た熊の木彫りに似ているように思えるのは……きっと気のせいよ、うん。
「それにね、実はもうひとつ大切な荷物がありますのよ。ほら、ご覧くださいな。おやつがたくさん入ったこの袋を!」
わたしは大切に抱えていた袋を艦長に見せた。
「旅のお供にと、優しいお姉さま方がたくさんのおやつを持たせてくださいましたの! どれも日持ちする、とっても美味しいおやつなんですよ! 一袋は馬車の中で食べ終わってしまったので、こちらは船の中で大事に食べるんです」
「おやつ……大事な荷物はおやつ……」
うふふ、と笑うわたしを見ていたイケメン艦長は「俺としたことが、なんだか聖女さんが不憫になってきてしまった……」とその場に崩れ落ちてしまった。
わたしは、床にうん◯座りしてしまったディアス艦長に「あら大変、お疲れのあまり貧血になられたのかしら? よろしかったらこの美味しいおやつをおひとつ、お分けいたしましょうか? どれがいいかしら……あっ、貧血に効く果物を焼き込んだ、美味しいケーキがありますわ! 遠慮なさらずにどうぞ」と声をかけた。
艦長は、なぜか涙ぐみながら「あんた、優しいな……」とわたしが差し出したケーキを受け取り、一口かじると「くうっ、美味いケーキだが、ちょっとばかり塩が効き過ぎみたいだぜ!」と風に向かって言ったのだった。