ガルセル国へ その6
わたしたちは、思う存分焼きガニを味わった。
焼きたて熱々のデザルクラーは、美食家の間でも有名な美味なのだ。
食事のマナーなどという面倒なものは、この宴に入り込むことができない。
わたしたちは野生に帰り、カニの身に食らいつき、貪った。
焼いたカニ……デザルクラーはめちゃくちゃ殻が硬い魔物なので、わたしの力では本物のカニのように割ることができない。(たぶん。やってみたら割れるような気はするけれど、魔物を素手で砕いてかじりつく姿はビジュアル的に怖すぎるし、女子としてなにかを失いそうなのでやめておく)それを、セフィードさんがいい音を立てて割り、食べやすくしたものを次々と渡してくれるのだ。
わたしたちは熱々でじゅわっと汁が滴るカニ肉を引き出すと、はふっと食いつく。お口の中にカニの旨みが広がり、思わず目を閉じてしまう。セフィードさんはとても力が強いので、リズミカルにどんどん殻を割り、わたし、ジェシカさん、バラールさんにと手渡してくれる。
ジェシカさんもバラールさんも、やろうと思えば殻を割れるのだろうけど、面倒見の良い親切ドラゴンさんが手早くカニを渡してくれるので、今夜はあえて食べることに徹している。
わたしたちはふうふうはふはふ言いながら、ひたすらカニの身を味わう。
まさに、わんこガニ天国である。
食べても食べてもカニが来る。
レモンを絞ったり、醤油をかけたりして味に変化を出すと、いくらでも食べられてしまう。この美味しさは魔性である。魔性のカニ肉にわたしたちは夢中になった。
その合間にはセフィードさんもしっかりとカニを食べて「……これは美味いな」とそっと呟いている。
SSクラスの冒険者の手際の良さには目を見張らされる。
わたしは今夜、カニの宴にはドラゴンが必須なのだということがよくわかった。
火で炙って焼き上げた簡易パンもこんがりと香ばしくできたし、キノコと野草とカランバードの炒め物も、ほっくり焼けた芋も、なにもかもがとても美味しかった。
野性味溢れる夕食は味が良いだけでなく、食べると身体の奥底から元気が湧き上がってくる。自然のパワーがぎゅっと濃縮したようなごはんだからだろうか。
「ああ、とっても美味しかったわね」
わたしが言うと、ジェシカさんも満足そうに頷いた。
「はい。こんなに美味しいものが旅の途中で食べられるなんて思いませんでした」
「デザルクラーは高級な料理だからな。しかも、今夜のカニは最も美味しいとされる大きさで、王族や貴族の口に入るような食べ物だ……さすがだな」
バラールさんに尊敬の視線を向けられて、セフィードさんがクールに「ふっ」と笑った。
「これくらいのことができなければ、豊穣の聖女の夫は務まらない」
そう言いながら、セフィードさんが食べ終わって出た殻をレモンの木の脇にまとめてくれた。
「そうなのか。やはり聖女の伴侶は生半可な男では務まらないということか」
「ふふっ」
バラールさんに対して余裕の笑いを漏らすドラゴンさんは、ちょっと得意そうで可愛い。
「たいしたことではない。俺は、ポーリンのためなら世界中の美味い魔物を狩ってくるから」
「ありがとうございます、セフィードさん……優しい……」
好き!
もう、好き!
「うわあ、黒影ったらやる気満々ですね。ポーリンさま、愛されてますねー」
ジェシカさんが、にやにやしながらわたしを突いた。
「いやん、照れちゃうわ」
わたしは恥じらいながら、神さまにお借りしている光るクワの先でつつつつつんとカニの殻を叩くと、それらは瞬間的に砕けて発酵し良い肥料となった。
愛情のこもった特製の肥料である。
2本の木の根元によくすき込んだので、これでレモンの木もバナナの木もよく育つだろう。
後片付けが終わったら、今度は寝る支度だ。
「ここの地面は、寝るのに少し固いみたいね」
わたしが言うと、バラールさんは「そうだな。俺たちは慣れているから、その辺の木によりかかって順番に仮眠を取ればいいが……聖女さまには寝心地が悪そうだ」と答えた。
「毛布にくるまって目を瞑っているだけでも疲労は取れるから、今夜は我慢して過ごしてくれ」
「ええっ、みんなでゆっくり寝ましょうよ」
「ダメだ、夜は見張りを立てておかないと危険だ」
「大丈夫よ。ゼキアグルさまの結界があれば、魔物は近寄れないもの」
わたしは、光を放つ大盾に触れながら言った。さっき、焼きたてのカニを隣に供えてみたら、あっという間に消えたのだ。そして、その時から妙に光り方が強くなっている。
焼きガニは闘神さまの胃袋も掴んだようである。
「それじゃあ、寝床を作りましょうね。豊穣の神さま、どうぞご加護をよろしくお願いいたします」
わたしが祈ると天から光が降り注ぎ、手に持つクワがより一層光り輝いた。
「おいおい、聖女さま、クワでは寝床は作れないぞ」
「大丈夫よ。畑は作物の寝床なのですもの。神さま、わたしたちの身も心も休まり、疲れが癒されるような土を耕させてください」
わたしの祈りを聞いたバラールさんは「はあ? どんな土だって?」と口を開けた。せっかくのワイルド系イケメンが、ちょっとアホっぽい顔になっている。
わたしはいつものようにクワを構えて、リズミカルに地面を耕していく。少し深めに土を掘っていくと、野営地は黒くて柔らかい、滋養に満ちたふっかふかの良い土に覆われていった。
「おい、おいおいおい! なんで耕す?」
混乱しているバラールさんのことは気にせずに、わたしはせっせとクワを振るう。やがて4人で並んで寝るのに充分なくらいの広さが深く掘り返されて、ふんわりした土になった。
手のひらを当てて柔らかさを確かめてみると、とびきりふわふわでまるで羽毛布団のような優しい弾力の良い土になっていた。
「できたわ。神さま、ポーリンのお願いを聞いてくださいまして、ありがとうございました」
わたしがお礼を言うと、役目を終えて光るクワは消えた。
「それでは皆さん、寝る支度をしましょう」
「はい、ポーリンさま。こちらの毛布をどうぞ」
「いや待て、ちょっと待て、状況が把握できんのだが!」
虎はまだ混乱している。
「ありがとう、お借りするわね」
わたしはジェシカさんからありがたく毛布を受け取った。3人は野営慣れしているので、黒く染められた薄い布のようなもの(敵に見つかりにくいらしい)を身体にかけて寝るとのことだ。
「寝る前に、皆さんの身体を浄化するわね」
わたしが神さまにお願いすると、4人の身体がふわっと光り、汚れがすべて消える。殺菌消毒作用もあり、もちろん臭いなどもなくなるので、特に女性には評判の良いご加護だ。
「おおっ、これはすごいな! 服の汚れも全部落ちたぞ」
バラールさんは浄化を受けるのは初めてらしく、自分の身体を見て驚いている。
「聖女ポーリンさまの力は、俺の想像を超える……」
バラールさんがまだ首を傾げているので、わたしは「試しにそこに横たわってみたらどうかしら?」と促した。
「ここに、か? ……おお、なんということだ!」
素直に耕された土の上に横になったバラールさんが、驚きの声をあげた。
「なんて寝心地の良い土なんだ! 身体を優しく受け止めてくれて……いかん、なんだか深く潜っていきたいような……妙な気分になってきたぞ」
「うふふ、夢の中に潜ってよろしいのよ。さあ、この場の守りはゼキアグルさまにお任せして、わたしたちも休みましょう」
「はい、ポーリンさま……うわあ、本当に気持ちの良い寝床だわ! ふふっ、今夜は野営しているとは思えないほど心地よくて楽しい夜ですね」
「そうね。ぐっすり眠って、また明日もがんばりましょうね。おやすみなさい」
わたしたちはジェシカさん、わたし、セフィードさん、バラールさんの順に並んで横になった。土はちょうど良い寝心地の柔らかさで身体を受け止めてくれる。
「なんだか……芽を出してしまいそうだ……」
それはやめてほしい。
朝起きて、虎の木にバラールさんがすずなりになっていたら、とても怖いから。
柔らかな結界の光がわたしたちを覆い、空には星々が光る。
やがて、深く優しい眠りがわたしたちを迎えにきた。




