ガルセル国へ その4
暖かな陽の光の中に気持ちの良い風が吹く(危険な魔物が出没する、ベテランでも気合を入れて挑まなければならないデンジャラスなD区域に認定されている)山の頂上で、美味しいランチをお腹いっぱい食べたわたしたち(通常ならば、魔物におなかいっぱい食べられてしまう場所である)は、青々と茂る芝生の上(神さまにお願いしてお借りした金のクワで耕し、種を蒔いていただき、超促成栽培で生やしたもの)に寝転んで食休みをした。
ちなみに、その横では、空を見上げたままのバラールさんが「俺はなにも見てない、なにも見えないぞ、心の広い虎だからな、非常識な聖女の所業について深く考えたりしないのだ」とぶつぶつ独り言を言っていた。
「うふふ、気のおけない仲間とするピクニックって、とっても楽しいわね」
芝生の上で伸びをして、わたしは言った。
「みんなで作る野外のごはんって、美味しいしね。セフィードさんの取ってきた鳥は、美味しくて最高だったわ」
「ポーリンが欲しいなら、いつでも取ってくるから」
「まあ、ありがとう! そうね、次は焼き鳥にしてもいいわね。お醤油とお砂糖でタレを作って、たっぷり塗って焼きましょう」
「ポーリンさま、それは美味しそうな料理ですね」
芝生に座り、周りに咲いていた花を摘んで冠を編んでいたジェシカさんが言った。
「こんがりと焦げたお醤油の香りって、本当にお肉に合うのよ。ジェシカさんにも食べさせてあげたいわ」
「うわあ、食べたいです! ポーリンさまのお料理って、珍しい材料を使いこなしていて、とびきり美味しくて、大好きなんです」
「まあ、ありがとう。嬉しいわ」
わたしは激しく尻尾を振るジェシカさんに笑顔を向けた。
「……おい、ここで突っ込むのが俺の役割なのか? 今はもう、腹がいっぱいであまり深いことは考えたくないんだが、一応言っておく。これはピクニックじゃないからな」
カランバードの丸焼きをわっしわっしと食べて、口の周りにオレンジの果汁をべったりつけていた虎さんに言われても、説得力がありませーん。
「わかってるわよ。お腹が落ち着いたら出発しましょうね。山を降りて麓に向かい、今夜の野営地を探しましょう。小川の近くがいいかしらね? そこの判断はジェシカさんにお任せするわ」
「わかりました。砂漠に入ってしまうと水が不足するでしょうから、早めに野営して、明日の朝早く出発した方がいいですね」
「そうね。……お夕飯は、なにがいいかしら?」
「もう夕飯の話か! ブレないな! さすがは豊穣の聖女さまだな、呆れを通り越して、もはや尊敬の念しか湧かないぞ」
ちょっと虎さんたら、失礼な褒め方よ?
というわけで、再び椅子に座って大盾を構えると、わたしたちはガルセル国へと出発したのだが、わたしたちの通ってきた道や山の頂上の休憩所は、後日、心の善き人たちだけが通れる神さまのご加護に満ちた場所となり、末長く愛用されたのであった。
「ポーリンさま、この辺りが野営地に適していると思います。付近に水の匂いがしますから、川か泉があるはずです」
「ありがとう、ジェシカさん」
お昼の時のようにぐるっと飛んで、野営するための広場を作ると、セフィードさんが椅子を着地させてくれたので、わたしは椅子から降りた。セフィードさんはそのまま「夕飯を取ってくる」と飛び去った。大盾からゼキアグルさまの光が放たれているので、この付近には魔物が近寄ることができないから安全なのだ。
わたしは盾を椅子に立てかけると言った。
「皆さん、お疲れさまでした。わたしひとりで楽をさせてもらってしまって、申し訳なかったわ」
ふかふかのクッションの上で、盾を持っているだけの簡単なお仕事だったのよね。
しかし、ジェシカさんは「いいえ、ぜーんぜんですよ!」と手をぶんぶん振り、バラールさんは「……散歩したくらいしか疲れていないから……むしろ、シャーリーさまとの山越えの苦労を思い出して、少し精神的にヤられるというか、納得できない思いで心がいっぱいなんだが……」とその場にしゃがんでしまった。
そうね、あの時のバラールさんは、身体中から血を流して瀕死に近かったものね。
すると、彼の言葉を聞いたジェシカさんが厳しい声で言った。
「剣士バラール、ポーリンさまに失礼なことを言わないで! あのね、確かにポーリンさまは規格外だわ。けれど、それは常日頃から聖女としての修行をなさって、ご自分のことよりも周りの人たちの幸せなことをお考えになりながら行動されているからなのよ! この旅だってそうよ、ポーリンさまご自身には得なことなどないの。ポーリンさまは、大変な目にあってるガルセル国民を助けるためだけに、か弱い聖女さまの身でありながら、こうして長旅をしてくださっているのよ!」
「……ああ……か弱くないし、長旅でもないが……」
「私利私欲とは無縁な聖女さまだから、こうして神さまのご加護に恵まれているし、その恩恵をわたしたちもいただいているんだからね!」
「確かに、そうだ……」
しゃがんだ姿勢でジェシカさんに叱られていたバラールさんは、とうとう四つん這いになってしまった。
「俺は、なんという驕り高ぶったことを考えていたんだ! シャーリーさまをお助けするのは、王家に仕える剣士としての当然の仕事だ。なのに、自分のことを英雄のように勘違いしていた……ふっ、自分の未熟さに笑いが漏れるわ! それに引き換え、ポーリンさまは、我らのガルセル国とは関わりがないのに、聖女の慈悲でこうして厳しい旅路についてくださっている。愛の気持ちで助けの手を差し伸べてくださっているのだ。それなのに、俺は……聖女さまを俺などと対等に考えて……ああ、恥ずかしい! 恥ずかしいぞ! 俺の愚か者め! 馬鹿者め!」
バラールさんは、とうとう両手の拳で地面をがんがんと叩き始めてしまった。
虎は反省の仕方も激しいようだ。
「俺の馬鹿虎! ケダモノ!」
「バラールさん、お取り込み中ですけれど」
わたしが声をかけると、彼は地面を叩くのをやめてわたしを見た。
「……ポーリンさま、俺は……」
バラールさんの顔がくしゃりと歪む。
「あなたのその勢いを、薪拾いにぶつけてくださると、わたしたちは大変助かりますわ」
わたしは膝をつき、バラールさんの手を取った。
ほら、やっぱり擦りむいてるわ。
「大丈夫ですよ、神さまはバラールさんのご尽力もわかっていらっしゃいますわ。任務を果たそうとする剣士バラールさんは、とても立派だと思います」
わたしが祈ると天から金色の光が降り注ぎ、バラールさんの手が治っていった。
「おお、これは、おお! 神の加護がこの俺の手に?」
わたしは大きく頷いた。
「さあ、バラールさんのこの大きな手で! 山ほどの薪を!」
「わかった! 俺は薪を拾おう!」
立ち上がったバラールさんは、天に向かって「うおおおおおーっ!」と吠えると、薪を拾いに駆けていった。
うん、単純で扱いやすい虎で助かったわ。
「ポーリンさま、竃が組み上がりました」
バラールさんを叱るだけ叱ったあと、黙々と野営地作りに取り掛かっていたジェシカさんが、大きな石を使って作った竃を示しながら言った。
「ちょうど良い平たい石が見つかりました。この下で火を起こすと、石焼き料理が作れますよ。あと、こちらでお湯も沸かせます」
ジェシカさんが背中に背負っていたリュックには、便利な道具がたくさん入っていた。今回は大盾の護りを使うので斥候が必要ないため、旅慣れたジェシカさんがたくさんの荷物を運んでくれた。
主に調理道具だが。
ちなみに、わたし用の毛布は椅子の座面の下にくくりつけられている。
「ポーリン、戻った」
上空が暗くなったので見上げると、セフィードさんが獲物をぶら下げて帰ってくるところだった。
「これ、美味いから」
そう言って彼が置いたのは。
「……カニ? 砂漠にカニがいるの?」
体長1メートルくらいの真っ黒なカニが2杯、そこにいた。
「これはデザルクラーという魔物だ。殻が非常に硬くて倒しにくいが、これくらいの大きさならばまだ柔らかいからポーリンでもぽんぽんヤれる。まあ、大きいものでも2、3回シールドバッシュで攻めれば大丈夫だと思う。砂漠に行ったら試してみるといい」
セフィードさんは、先輩冒険者としてアドバイスをしてくれたけれど。
「きゃあ、やったわ! 今夜は焼きガニね! まさか、焼きガニが食べられるなんて……神さま、ありがとうございます! そうだわ、レモンの準備をしなくっちゃ! 焼きたてのカニにレモンとお醤油をかけていただいたら、きっと最高に美味しいわ!」
わたしの頭は、カニを食べることでいっぱいであった。




