ガルセル国へ その3
オースタの町でジェシカさんと落ち合って、わたしたち三人はガルセル国へと出発した。
危険度が低いA区域とB区域を抜けて、そこそこ強い魔物が出るC区域の森の前で、準備を確認する。
武器も防具も必要ないセフィードさんは、いつも通りの黒ずくめの服装で、あとは手ぶらだ。
バラールさんは背中に大剣を背負ってご機嫌だし、ジェシカさんも身体のあちこちにいろんな道具を仕込み、背中にはリュックがある。で、わたしは手に大盾を装備して、いつもの聖女服を着ている。
そして、目の前には椅子がある。
手ぶらのセフィードさんがここまで運んできてくれた。
大きめの木の椅子にはクッションが置かれ、両方の肘掛けを繋ぐように、固めの長いロープが2本結ばれている。
そして、背部にはおやつや食料などが入ったカバンが装着されていた。
「……なぜ、椅子なんだ?」
「わたしが座るからです」
「…なるほど。は?」
バラールさんの問いに答えたのに、彼はまだ首をひねっている。
「効率良く山と砂漠を越えるのに、最適な方法を考えて、ジェシカさんにこの椅子を作ってもらいました」
「わたしは椅子にロープを結んだだけですけどね」
あら、座り心地が良くなるようクッションをつけてくれるあたりに、ジェシカさんの女性ならではのきめ細やかさが現れていてよ。
「それでは、行きましょう。バラールさん、ジェシカさん、しっかりついてきてくださいね」
これから長距離マラソンをしてもらわなければならないので、わたしはふたりに声をかけて、椅子に座った。そして、大盾を前に構える。
「闘神ゼキアグルさま、ガルセル国の皆さんのもとへ向かいますので、森を抜けるためのご加護をお願いいたします」
わたしが神に祈ると、大盾から光が溢れ出した。
「セフィードさん、お願いします」
「よし」
セフィードさんが背中からドラゴンウィング(ちょっとカッコよく言ってみた)を出すと、ロープを掴んで飛び上がった。すると、わたしは遊園地の空中ブランコに乗ったように浮き上がる。安定感はこの椅子の方がずっと上であるが。
「ええっ、なにをする気だ? 重くないのか?」
「全然。これくらいは雲を持っているようなものだ。じゃあ、出発するぞ」
いやーん、セフィードさんったら今日も男前!
イケメン王子!
「お、おい、おおおい! それで行くのか?」
バラールさんの声を無視してわたしたちは森の中へと飛ぶ。すると、結構な音をたてながら、大盾から溢れる光で森の木々はなぎ倒され、さらに地面が固く踏み慣らされた。
「道が、できた、だと?」
「さあ、わたしたちも行くわよ!」
「お、おう」
ジェシカさんが走り出し、その後からバラールさんもついてくる。
「なんだこれは、なにしてるんだ聖女さまは、いくらなんでもこんなのは非常識すぎる、聖女ポーリンはなんてことを思いつくんだーっ!」
わたしは楽にガルセル国に行くことしか考えてないわよ?
さあ、野生の本能を思い出して気持ちよく走っていらっしゃいな、虎さん。
低空飛行をするセフィードさんの前に盾から溢れ出た光が広がり、どんどん道ができていく。わたしは盾を構えているだけなので、大変楽ちんである。この大盾はとても軽いし、いくら持っていても全然疲れないのだ……わたしに限り、だけれど。
「これは走りやすいわ、さすがはポーリンさま、とってもいい道ね!」
狼のジェシカさんはとても身軽で、走るのが得意なので、お散歩気分で鼻歌まで歌い出しそうな勢いだ。
「こんなの、無茶苦茶だーっ! 森に穴を開けてどうするんだーっ!」
叫びながらも、虎もやっぱり走るのが得意で体力もあるので、ちゃんと後からついてきている。
こうしてわたしたちは、危険度が高めのC区域をあっという間に走り抜けた。そして、鬱蒼とした危険度が高いD区域の森に突入する。ここでも神さまがお作りくださった光の盾は、行手を阻む何もかもをなかったものとし、ただ走りやすい道を作っていく。
「登りになってきたけれど、辛くないかしら?」
「わたしは大丈夫でーす」
「俺も、なんということはない」
ご機嫌なジェシカさんと、諦めの境地に至ったらしいバラールさんが後ろから答えた。
「さすがだわね。それではセフィードさん、このまま進んで頂上あたりでお昼ご飯にしましょうか?」
「そうだな。なにか美味い魔物を捕まえて食べよう」
わたしと椅子とカバンという荷物をぶら下げていても、セフィードさんはほとんど重さを感じていないらしく、余裕の表情で言った。さすがはドラゴンである。
「頂上だと、脂の乗ったカランバードがいるだろう」
「カランバードですって! 素敵、お腹に詰め物をして焼くと美味しいのよ。確か、この森には鳥に合う香草も生えていたわよね」
「ああ、ジェシカなら苦もなく見つけられるはずだ」
というわけで、こんがり焼いたカランバードの皮から熱い脂が滴り落ち、切ると肉汁がジュワッと溢れるところを想像しながら、わたしは期待に胸を膨らませて神さまに感謝の祈りを捧げた。
「美味しい食材がたっぷりの森でランチさせてくださって、ありがとうございます」
「ランチじゃないからな! この山は、ついこの間俺とシャーリーさまが命を落としそうになったほどの、恐ろしい場所なんだからな! そこんとこわかってるのか聖女さまは!」
まあ、虎さんったらおなかがすいてイライラしているのかしら?
美味しいカランバードの丸焼きを食べたら、きっと元気が出ると思うわ。
「むはあっ、美味い! めちゃくちゃ美味いな! 聖女さまはいろんな意味でめちゃくちゃだな!」
それは褒めてるのよね?
目の前では、うまうま言いながらカランバードのもも肉にかぶりつく虎がいる。
『カランバードの丸焼きキノコと香草詰め』は、バラールさんの口にあったようだ。
「美味しくてよかったわ。お肉はたっぷりあるからたくさん食べて頂戴。こっちの、焼けた木の実もどうぞ」
わたしは、焼いて割った木の実に塩を振ったものを渡した。栗とさつまいもを足して二で割ったような、甘くて美味しい実に胡椒と岩塩を振ると、ホクホクして甘じょっぱくてとても美味しいのである。
神さまのご加護のおかげでお昼前に山の頂上に着いたわたしたちは、ぐるっと飛んで広場を作り、そこでお昼ごはんの準備をしたのだ。木がなくなったため日当たりが良くて、ちょっとしたピクニック気分である。
近くに美味しい湧き水でできた泉も見つけたので、わたしたちはそこまでの道も作った。盾から出た光で道も広場も光っていて、魔物が近づけなくなっているから少しのんびりできる。
そして、バラールさんが薪を集めて火を起こし、セフィードさんが丸々と太ったカランバードを一羽狩ってきて、ジェシカさんが香草やキノコや焼くとほっくりして美味しい木の実を取ってきてくれたので、本日のランチは野趣溢れた豪華なものとなった。カランバードは大きな鳥の魔物だけれど、豊穣の神さまのご加護をお願いして焼いたので、中までしっかりと火が通ってジューシーかつ皮がパリパリという最高の焼き加減である。
「カランバード、最高よね! 噛み締めると旨みが口いっぱいに広がって、お肉は弾力があるけど柔らかい。強い魔物ってどうしてこんなにも美味しいのかしら!」
鶏ももちろん美味しいんだけど、やっぱりカランバードには敵わない。小さめのダチョウくらいあるこの魔物は空から弾丸のように襲ってくるし、鳴き声で金縛りしてくるので倒すのが難しい魔物である。
とはいえ、セフィードさんにかかったら、空飛ぶヒヨコ並みに簡単に捕まえられるけれどね。カランバードが飛ぶよりももっと高いところから弾丸のようにドラゴンの鉤爪が襲いかかるのだから、カランバードの方もたまったものじゃないだろう。
「食後のデザートに、オレンジはいかが?」
「……どこから出したんだ?」
「泉の脇をちょっぴり耕して、オレンジの種を植えたの。たわわに実がなったから、きっとここを旅する皆さんの憩いの場になると思うのよ」
「素敵なオレンジの木ですよね、さすがはポーリンさまです。甘酸っぱくて、疲れが吹っ飛ぶような美味しいオレンジですね」
うふふふ、女の子は果物が大好きなのよね。
「はあああああ? 種を植えて、もうオレンジの実が、だと? いやその前に、耕してってのは……いや、いい」
バラールさんは手と頭をぶんぶんと振ると「俺はもう、深く考えないことにすると決めた!」と言いながらオレンジの皮を剥き、口に放り込んだ。
「美味い!」
「でしょ? 神さまに種無しにしてもらったから、食べやすいでしょ。どんどん食べてね」
「種無しに? そんなもの、どうやって……いや、考えないったら考えないぞ! 美味い! 美味いからな!」
わたしたちは時間をかけてランチを楽しんだ。そして、泉で手を洗った。
たくさんの実がなるオレンジの木を見たバラールさんは、またしても「考えない、考えないぞ」と呟いていた。




