ガルセル国へ その2
そして、翌日。
出発の支度が整ったわたしとセフィードさん、そしてバラールさんは、ジェシカさんと待ち合わせるためにオースタの町に出発することになった。
「奥方さま、気をつけて行ってらっしゃいませ! 絶対にお屋敷に帰ってきてよ、このあたしをひとりにしないでね、約束だからね! うわあ、やっぱ行かないでよー、行っちゃやだー」
元嘆きの妖精の嘆きがすごい件。
「ディラさん……困ったわねえ」
「やだーやだーやだー」
もうやだこの子可愛すぎる!
わたしは駄々っ子のようになったディラさんに抱きつかれて、萌えつつもため息をついた。
まさか、彼女にこんなにも心配をされるとは思わなかった。普段はわたしのことをいじり倒す、面白がり屋の失礼メイドなのに、目に涙を浮かべてすがりついている。
「だって、今回はマジヤバいとこに行くっしょ! その辺の野山で美味しい魔物を狩ってくるのとは訳が違うっしょ! 奥方さまが帰って来なかったら、あたし、生きていけないっすからね! そうだ、死んだら嘆きの妖精以上のおっそろしい嘆きの妖怪になって、もっのすごい声で嘆いて、この辺りの森を全部枯らすっすから!」
元嘆きの妖精の脅しが怖い件。
「ディラさん、自然破壊はやめましょうね」
わたしはディラさんの肩をぽんぽんと叩いて「ほら、誰よりも強いセフィードさんも一緒だし、大丈夫よ。他にもバラールさんとジェシカさんがいるし。みんなで力を合わせていれば、それほど危険はありませんからね」とディラさんをなだめた。
「そりゃあ、セフィードさまの化け物じみた強さはあたしも知ってるけどさ……」
「化け物言うな」
ドラゴンさんが無表情のまま呟いた。
すごいわセフィードさん!
突っ込みが言えるくらいにコミュケーション力がついたのね!
「ね、ディラさん。心配をしてくれてありがとう。でもね、わたしには強くて頼りになる仲間がいるし、なによりも神さまがお守りくださっているのよ。これほど心強いことはないでしょう」
「じゃあ、あたしも祈るよ! 毎日神さまに祈るっすよ、早く奥方さまを返しやがれこの……」
「はいディラさん、落ち着いて。それはお祈りじゃなくて、神さまに喧嘩を売ってますね。お守りくださる方にその言い方はありませんよね」
「……んじゃあ、神さまできるだけ早く奥方さまを返してください、お腹いっぱいになるような美味しいごはんを作って待ってますから、ってこれでいいんすか?」
「素晴らしいわ!」
めっちゃ早く帰りたくなってくるお祈りだわね。
主にわたしが。
「なるべく早く帰れるように、わたしもがんばりますからね。あなたはグラジールと一緒にこのお屋敷を守ってお留守番をしていて頂戴な」
グラジールは家令らしく、少し離れたところでわたしたちを見守っている。さすがは家付き妖精、どっしりとした落ち着きさえ感じられ……あら?
「グラジール? グラジ……あらま、なんてこと!」
直立不動の美貌の家付き妖精は、無表情のまま滂沱の涙を流していた。
滝のような涙、初めて見たわ!
キラキラと輝きながら、彼の身体の水分が地面に落ちて水溜まりを作っていく……って、干からびちゃうし!
いくら水が滴るいい男でも、干物になったら困るわよ、どうせ食べられないし!
「ちょっ、あなた、大丈夫!?」
「おぐかだざま……しづれい」
彼はしなやかな指先でハンカチを取り出すと、ちーん、と上品に鼻をかんだ。
「失礼いたしました。奥方さま、どうかご無事でお帰りくださいませ。できるだけ早くお戻りくださいませ、おぐがだざま……」
イケメンが鼻水の水溜まりを作るのは阻止されたけれど、涙の方は止まらない。
いや、鼻水の方も元気を取り戻してきた。
これはまずい。干物化に拍車がかかってしまう。
「ええ、絶対に無事に帰るわよ、こんなんじゃこっちが心配でたまらないもの。だからグラジール、泣くのはおやめなさいな」
彼は別のポケットからハンカチを取り出して、再びちーん、と鼻をかんだ。
「しかし、セフィードさまはふらふらお出かけになっても大丈夫な気がしますが、奥方さまのことは心配で仕方がないのです。奥方さまが戻って来られなかったらと思うと、わたしはもう、この場で朽ちて地面の一部になってしまうような心地がするのです」
やめてー、朽ちるのはやめてー。
神さま、この妖精が朽ちたりしないように、ぜひご加護をお願いいたします。でないと、聖女ポーリンは自分の罪深さに打ちひしがれて、聖女のお役目を果たせなくなりそうです。
わたしがグラジールの心配をしていると、彼の様子を見かねて家からタオルを取ってきたディラさんが、それをグラジールの顔面に押し付けながら言った。
「そうそう、セフィードさまはね、無駄に強いから留守にしてても心配いらないんっすけどね。特にここんところ、身体からジャンジャン覇気が漏れまくってて、言うならば『凶悪なドラゴンここにあり』ってなもんっすから。セフィードさまはそのお漏らしをなんとかした方がいいと思うっす」
「俺は、お漏らしをしてるのか」
「ずばり、いろんなものが漏れてるっすね! 例えば、奥方さまへの愛とか? うひひひ」
「それは……」
「愛はいくら漏らしてもいいけど、凶悪さは漏らさないのがマナーっすよ!」
「俺は……そんなに嫌なやつなのか……」
ディラさんてば、ずいぶんな言いようである。
『凶悪なドラゴン』なんて言われてしまい、心なしか、セフィードさんがしょんぼり顔になったような気がする。
「……ディラ、グラジール、落ち着け。ポーリンは、大丈夫だ」
元嘆きの妖精と不器用な現役の家付き妖精に向かって、セフィードさんがぼそぼそと言った。
「最悪の場合は……凶悪な俺がすべて焼き払うから」
ドラゴンさんが拗ねた。
「ひっ! セフィードさん、なんてことを!」
それ、洒落にならないからね!
ドラゴンさんにとってのすべては、本当にすべてなんだから!
一回やっちゃってるでしょ、あなたは!
「ポーリンのことは火傷ひとつ負わせないからから大丈夫だ。あとはすべて焼く。俺は凶悪なドラゴンだから、綺麗さっぱり焼き払う」
「ねえセフィードさん、世界を火の海にするのはやめましょう」
「……それは、食べる物がなくなるからか?」
こてんと首を傾げて、焼く気満々らしいドラゴンさんが言った。
「そ、それもありますけどっ!」
もう!
当たってるけどね!
「セフィードさんは、決して凶悪なドラゴンではありませんからね。優しくて強くてカッコよくて頼りになる、最高のわたしのドラゴンさんですもの。神さまだってそれをお認めだから、わたしをセフィードさんと結びつけてくれたのだと思いますし、セフィードさんは神さまの治癒のご加護も頂いたでしょう?」
「……そういえば、そうだな。天からの光が俺の身体の火傷を治してくれた」
「そうですよ」
わたしとセフィードさんは見つめ合った。
彼は「俺は、凶悪なドラゴンじゃないな」とふふっと笑った。
めっちゃ可愛いんですけど!
可愛さが凶悪だと言えるわね、このこのーっ!
「ヒューヒュー、お熱いね、このこのーっ!」
元気になったディラさんが、いつものように冷やかしてきた。
「あ、あたしってば凶悪なとか言っちゃってごめんっす! 超強いって意味だったんすけど、セフィードさまに失礼だったよね、ごめんごめん、ごめんっすってば」
安定の失礼メイドは、こんなにも顔もスタイルもいい美女妖精なのに「へへへ」と言いながら頭をかいて、とても残念な感じで謝ったのだった。
と、そこへ少し離れたところで大剣を振り回していた、ご機嫌な虎がやってきた。
「これは本当に素晴らしい剣だな! 俺は毎日神への祈りを欠かさないようにするつもりだ、わははははは! さあ、出発するぞ!」
「バラールさん……マイペースでいいですね」
「気持ちのいい朝だな! 旅日和だ!」
大剣を背中に背負ったバラールさんが、天に向かってガオーッと吠えた。
「闘神ゼキアグルよ、俺はこの剣で国を救うと誓うぞ! 神よ、ありがとおおおおおおおーっ!」
……わたしの周りの人達は、どうしてみんなキャラが濃いのかしらね?




