これが終わったら、結婚式を…… その4
「ジェシカさん、お待たせしてしまったかしら」
「あっ、ポーリンさま! いいえ、全然大丈夫ですよ」
村のみんなで経営している『ハッピーアップル』で、ジェシカさんはケーキとお茶を楽しみながら待っていてくれた。今日の店番をする女性に、ここで待ち合わせをするためにジェシカさんへの伝言を頼んでおいたのだ。
冒険者のジェシカさんは、郷里の仲間がやっているこのお店が居心地良いらしく、毎日のように通ってきてくれる。そのため、ジェシカさんをつかまえたかったら、冒険者ギルドを通すよりもこの店経由で連絡を取った方が早いのだ。
「黒影さんも、こんにちは」
「おう」
コミュ障の黒影さんだけど、さすがにジェシカさんには慣れているので、ちゃんと返事ができた。
「ジェシカさん、昨日はギルドへの報告を引き受けてくださってありがとうね。おかげで助かったわ」
「いえいえ、いつでも任せてください。あのネズミの女の子は元気になりましたか?」
「ええ。今頃はミアンと手を繋いで、村中を走り回っているんじゃないかしら」
「うわあ、よかったわ!」
ジェシカさんは、手を打ち合わせて嬉しそうに言った。
「あんなに小さな女の子は、毎日元気に笑顔ではしゃぎ回っているべきなんですよ! 村の子どもたちはみんないい子だから、きっと、シャーリーちゃんでしたっけ? 彼女のいいお友達になれると思います」
「ふふっ、そうね。昨日のあの姿から想像がつかないくらいに、きゃあきゃあ言って笑ってるわよ」
「想像がつきますね」
わたしとジェシカさんが、にこやかにシャーリーちゃんの話をしていると、その様子を見ていたバラールさんが複雑そうな顔をしていた。
「あら、どうしたの?」
わたしが虎さんに声をかけると、彼は「すまない! 本当に、なにもかも、すまなかった!」と深く頭を下げたので、ジェシカさんがびっくりしてしまった。
「あの、こちらの方はどなたなんですか?」
不審な男発見! みたいな表情になっているジェシカさんに、「『剣士バラール』よ」と教えてあげる。
「……ええええーっ、嘘でしょ⁉︎」
しばらく間を置いてから、ジェシカさんが叫んだ。
冷静な斥候のジェシカさんだけど、よほどびっくりしたようだ。
しかし、その気持ちはよくわかる。
「ね、別人になったでしょ。わたしも驚いたけどね、狐のケントさんに彼の身だしなみを頼んだら、こうなったのよ」
「えっ、だって、若いじゃないですか! あのもじゃっとしたのがこうなったんですか? いくらなんでも変わりすぎですよ」
「厳しい旅で、かなり消耗していたしね。美味しいものを食べてぐっすり眠ったから、今日は元気そうでしょ」
「それにしても……わたし、てっきり40歳くらいだと思っていたのに……」
「ほら、バラールさん、やっぱり40歳くらいに見えたのよ。わたしだけじゃなかったわね」
それを聞いたバラールさんは「ふぐうふっ!」と変なうめき声をあげて、その場に崩れ落ちてしまった。剣では誰にも負けない猛者だけど、言葉の刃物には弱いようである。
有名な剣士の哀れな姿を見て、心優しいジェシカさんは彼に同情したようだ。
「あっ、ごめんなさい。いやでも、昨日、散々失礼な態度を取られたんだから……あ、でも今謝ってましたよね。ポーリンさま、剣士バラールは反省したんですか」
「ええ。誤解が解け、深く深く反省して、今はとても良い虎になりましたよ」
「そうですか、良い虎に……」
「ちなみに、彼は28歳だそうよ」
「あらやだ、そんなに若かったの! それじゃあわたしとそんなに違わないですね」
「ジェシカさんは、23歳だったわよね」
「はい」
23歳独身女性のジェシカさんは、心を砕かれ、何も言えずに胸を押さえてうずくまるバラールの前にしゃがみ込んだ。
「バラールさん、お髭を剃ったその姿の方がずっとお似合いですよ。さあ、立ってください。お店の邪魔になります」
「お、おう、わかった」
しょんぼりした虎が立ち上がった。
「ちなみに、なんで髪も髭ももじゃもじゃさせていたんですか?」
「……その方が、剣士として貫禄があると思って」
ジェシカさんがくすりと笑った。
「まったく、男の人ときたら。バラールさんは強い人なんですから、見た目でハッタリをかます必要なんてありませんよ。そのまますっきりさせてた方が全然いいですよ」
「そんなもんか?」
「ええ、ハンサムに見えますよ」
「ハッ、おっ、おう、そうか」
元もじゃもじゃで、今はワイルドイケメンのバラールさんが、口元をヒクヒクさせた。見ると、顔が真っ赤になっている。どうやら女性に褒められる経験があまりなかったようだ。
「とりあえず、座りましょうか。ポーリンさまのお話をお聞きします」
きびきびしたジェシカさんが椅子を勧めたので、みんなでテーブルについた。
「ちょっと内々の話だから……ゼキアグルさまのお力を借りるわね」
そう、わたしは防具屋に寄って、闘神ゼキアグルの大盾を持ってきたのだ。ずっしりとした盾をテーブルに立てかけてから、わたしは祈った。
「ゼキアグルさま、防音の結界をお願いいたします」
すると、盾がふわっと赤く光り、わたしたちの周りに光がちらちらと踊り出した。
「さあ、これで会話の内容が漏れることはないわ」
「便利な盾ですよねー。女子会には欠かせないですよ」
「ほほほ、女子会の時は、ゼキアグルさまもお耳に耳栓なのよ」
バラールさんが「神具の使い方!」と呆れたように言った。
「それじゃあ、シャーリーちゃんの事情と、これからわたしたちがやりたいことを説明するわね」
「はい」
「というわけで、わたしはガルセル国へ行こうと思っているのよ」
「……そんなことになっていたなんて」
ガルセル国に、幼馴染みも親戚もいるというジェシカさんは、ショックを受けたようだ。
「それで、わたしとセフィードさん、バラールさんが行く予定なの。そこで、できればガルセル国に詳しいジェシカさんにも加わっていただきたいのよ。これは簡単に済む依頼ではないから、ジェシカさんがここまでと判断できるところまでお付き合いくださればいいわ」
「そうですね。確かに簡単な依頼ではありません」
ジェシカさんは、少し考えた。
「だいたい、これは獣人の問題であり、他国のポーリンさまのお手を煩わせること自体が……」
「わかっているわ。でも、わたしはガルセル国の皆さんのお手伝いがしたいのよ」
「敵対する存在がいるので、かなりの危険があると思いますよ」
「ええ。おそらくね。それでも、聖女としてのお役目があるなら、このポーリンが行くべきだと思うのよ」
ジェシカさんはため息をつき「ポーリンさまはお優しすぎると思います」と言った。
「ポーリンは、俺が守る」
「……黒影さんも、優しすぎますからね、もう」
彼女はとほほ、という半泣きの表情になった。セフィードさんがずっと村の獣人たちを守ってきたことを、ジェシカさんはとても感謝しているのだ。
「わかりました。ポーリンさまがいらっしゃる所なら、わたしもお付き合いいたします。ええ、どこまでもですよ! なんと言ってもこれはわたしの祖国の問題ですからね。ありがとうございます、ポーリンさま。心から感謝を申し上げます」
ジェシカが深く頭を下げて、それを見ていたバラールも同じように頭を下げたので、わたしは「ふたりとも、よして頂戴な。わたしは自分の意思でガルセル国へ行くのよ。それにね、獣人も人間も、皆神さまの愛し子なの。困っているのならば、できる限りお救いするのがわたしのお役目なのよ」と言った。
「剣士バラール」
ジェシカさんが言った。
「これが聖女というお方なの。見た目や人種の差なんて、ポーリンさまには些細なことなのよ。そして、すべての者を愛情でお包みになり、助けの手を惜しげもなく差し伸べるお方なの。だから、わたしも『神に祝福されし村』の人たちも、みんなポーリンさまを敬愛しているのよ。わかるかしら?」
「……返す言葉もない」
ごん、と、虎が頭をテーブルにぶつける音がした。




