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人質聖女2

「お姉さま方、お待ちになってくださいませ」


 宰相が真っ青になって言葉を失っているので、わたしが言った。


 どうやら普段の神殿の様子にあまり詳しくない宰相閣下は、わたしたちに『聖女とは見目麗しく優しく、いつも穏やかに微笑みながら神に祈りを捧げるか弱い女性』というイメージをお持ちだったようだ。


 いや、それほど外れてはいないけれどね。

 お姉さま方は皆、優しく美しくいらっしゃるし。


 式典の時などは、お揃いの白いドレスを着てずらりと並び、神々しいまでに輝いていらっしゃるし。

(そこになぜか、ずんぐりむっくりのわたしも混ざって……ねえ、これはなんの罰ゲームなの?)


 だから、聖女の力を過小評価していても仕方がないかもしれない。





 ……はい、嘘です。


 実は、『聖女の本来の力の強さが知られると、この世界のパワーバランスが崩れるので秘密にするように』という神託を受けた『光と闇の聖女』であるベガお姉さまの指示があったのです。

 そのため、わたしたち聖女は、まわりの皆さまには『聖女は宗教上のシンボルであり、神に愛されているがそれほどの力は持たない』というイメージに向かってミスリードしていましたの。


 この通り、当のベガお姉さまもキレてしまった今は、宰相閣下にすべて知られてしまいましたけれどね。

 でも、賢く信仰心も篤い国の重鎮である宰相閣下は、わたしたちが誠意を込めてお願いしたら余計な口はきかない……いえ、話しても良いことと悪いことをきちんとわきまえて、わたしたちと共に力を合わせ、我らレスタイナ国の幸せを追求してくださるはずですわ、おほほほほ。


 というわけで、被っていた猫をかなぐり捨てたお姉さま方に、わたしは言った。


「わたしは思うのです。引っこ抜いたり、切り刻んだり、魚の餌にしたり、船ごと粉々に砕く前に、ですね……」


 しかし、わたしの言葉を、途中からベガお姉さまが持っていってしまった。


「ふむ、ポーリンの言う通りだ。そのようなまどろっこしい手段を取る必要などないな。いっそのこと、わたしが闇への道を神に開いていただき、すべてのけがれをその中に閉じ込めて仕舞えば良いのではないか?」


 光と闇のお姉さまは、両手を合わせて「こう、グシャッとな」とおっしゃった。


 なにそれこわい。


 ベガお姉さまは、簡易ブラックホールを召喚される気だ。


「そうですね、ベガさまに1票」


 おお、知恵のセシルお姉さまが票を投じた!


 冷静なお姉さまだと思っていたけれど、意外と大胆でいらっしゃって、そのギャップも魅力的ですわね、ふふふ。


「……とはいえ、神のお力を頼みに帝国の船を消滅させ、すべてをなかったことにする前に、わたしたちの力でなんとかガズス帝国との講和の道を探せないものでしょうか?」


『講和』と聞いて、アグネッサお姉さまが怒りに燃える瞳をきらめかせながら言った。


「セシル、それはガズス帝国に人質を差し出すということなのだぞ! ダメだ、ポーリンを、我々の可愛い妹聖女のポーリンを、ガズス帝国の奴らの元へなど渡せるものか! ポーリンの犠牲の上でのかりそめの平和を得るくらいなら、このわたしが例えひとりでも帝国に攻め込んで軍隊を無力化してこようぞ!」


 熱い!

 アグネッサお姉さま、熱くてカッコいいですわ!


 抜身の剣を天にかざすと、天から戦の神からの祝福が降り注いできました。お姉さまの全身が炎のように輝いていて、とっても素敵ですね!


 お姉さま、わたしのためにありがとうございます。


 けれど。


「お姉さま方、ポーリンの話を聞いてくださいませ」


 わたしは立ち上がって言った。


「わたしたち聖女は、大いなる神に祈りを捧げ、神への感謝をレスタイナ国の代表として祈るお務めを果たす存在です。今、このような危機が起こっているのは『軍備に頼り、力におごるガズス帝国の者たちを正しく導く』という、聖女の新しいお役目ではないかと思うのです」


「聖女の新たなお役目?」


「はい、ベガお姉さま」


 わたしは、光と闇のお姉さまに頷いた。


「ガズス帝国には、神への信仰があまりないのでしょう。でなければ、このような愚かな真似をするはずがございません。神はおっしゃいます。『愛しき我が子たちよ、まずは自分の力で歩んでご覧』と」


「……ふむ」


「現在レスタイナ国には『豊穣の聖女』がふたりいます。クララはまだ幼いですが、お姉さま方の助けがあれば、聖女のお務めをこなせるくらいの力は身につけております。これももしかしたら偉大なる神のお計らいではないかとポーリンは思うのです。ですから、わたしは聖女の代表として、ガズス帝国に行こうと考えております」


「しかし、か弱いポーリンをひとり、帝国に送るだなんて……わたしにはできないよ……」


 誰よりも勇敢で、強くて、そして愛情深いアグネッサお姉さまが、泣き出しそうな顔で言って、わたしを抱きしめた。

 お姉さまの筋肉質だけど細い腕は、わたしの立派な身体にまわりきらなかったので、ゆるキャラに抱きつく美女みたいな奇妙なビジュアルになってしまったが……そのお気持ちはしっかりと伝わってきて、わたしは温かな気持ちになった。


「ありがとうございます、アグネッサお姉さま。わたしは大丈夫ですわ。だって、偉大なる神さまにおつかえする聖女なのですもの。神の御心に沿った聖女としてのお務めを果たすわたしを、きっと神さまがお守りくださいます」


「ポーリン……」


 わたしはお姉さまの腕にそっと手を乗せて言った。


「でも。もしもわたしに万一のことがありましたら、引っこ抜いて切り刻んで粉々にしてひと思いにグシャッとやってしまってくださいませね」


 えへっ、と、可愛らしく言ったのに、宰相閣下は「ひいっ」と小さな悲鳴をあげて、部屋から飛び出してしまった。


 宰相の後を追いかけて、お話をなさったというベガお姉さまによると、そのあと宰相はしばらく自室のベッドの中で丸くなって「こわいこわいこわいせいじょこわいこわいこわい……」と呟き続けたのだという。


 おほほほ、宰相閣下ったら、お仕事でお疲れでいらっしゃるのかしら?

 後で、精のつくポーリン特製のスペシャルドリンクをお届けしなくてはね。

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