これが終わったら、結婚式を…… その3
さて、はしゃぎ回る子どもたちを見ながら、わたしはルアンに相談をした。
「あのね……ガルセル国から戻ってきたら、結婚式を挙げようと思うんだけど」
「まあ! なんて素晴らしいことでしょう!」
ルアンは顔を輝かせた。
「そうですね、やはり夫婦として暮らすことをきちんと神さまの前で誓って、お披露目することが大切だと思います。ええ、わたしも全面的に協力させていただきますね。セフィードさま、ポーリンさま、改めておめでとうございます」
「結婚式なの? 今、結婚式挙げるって言ったよね?」
耳の良い子どもたちが駆け寄ってきた。
「良かったあ、セフィードさま、ちゃんと言えたね!」
「……ああ」
照れて頭をかきながら、セフィードさんが言った。
英才教育を施してくれたのが誰か、これではっきりした。
「やっぱりね、ウェディングドレスを着るのは女の子の夢なのよ。奥方さまはとってもお綺麗で可愛らしいから、ドレスが似合うと思うよ! わーいわーい、楽しみだなあ」
「わーいわーい」
小さなわんこちゃんとネズミちゃんが、また楽しそうに踊り出した。
「本当に良かったわ。なし崩しに夫婦になるのときちんと宣言してなるのとでは、やっぱりその後の生活も違ってくるって聞いてたもん」
顎に指先を当てながらおしゃまなことを言うのは、お年頃のリアンだ。
「奥方さま、式の準備はわたしたちに任せてくださいね。そうね、奥方さまは肌が白くて美しいから、白いドレスが似合うと思うの。ね、お母さん?」
「そうね、リアン。きっととってもお綺麗でしょうね。仕立てはタヌキのキャロリンに頼むといいんじゃないかしら。彼女はとても器用で、服を作るのが得意だから」
「出発前におふたりともサイズを確認した方がいいよね。わたし、キャロリンさんと、狐のケントさんを呼んでくるわ!」
「わたしもー」
「わたしもー」
駆け出したリアンを追いかけて、ミアンとシャーリーちゃんが走り出した。
「この村で一番最初の婚礼が、セフィードさまと聖女ポーリンさまの結婚式だなんて、とっても素晴らしいわ。村の女性たちで準備を整えておきますので、奥方さまは安心して旅に出てくださいね」
「え、ええ、ありがとうルアン。お任せするわ」
さすがパワフルな獣人の皆さまだけあって、たいした行動力である。
そして、ケントとキャロリンの夫婦がやってきた。
「セフィードさま、奥方さま、この度はおめでとうございます! 畏れながら、当日の髪型と化粧はこの俺に任せてください」
「おめでとうございます! おふたりの婚礼衣装が縫えるなんて、わたし、とっても幸せです。奥方さま、腕によりをかけて素敵な白いドレスを作りますからね」
ビシッとメジャーを構えたキャロリンが「それではさっそく、測らせていただきます!」と、ケントを助手がわりにわたしたちの身体中を測り始めた。
ええとね、詳しい数字は秘密にしておいてもらえると嬉しいわ。
最近、ぽっちゃり度が増しているから……聞く勇気がないの。
それからわたしたち3人は、オースタの町へと向かった。
もうひとりの道連れとして、狼のジェシカさんに一緒に行ってもらえるように頼むのだ。
ちなみにわたしはセフィードさんにお姫さま抱っこをして飛んでもらい、虎のバラールさんは元気にダッシュだ。美味しいものをたくさん食べ、一晩ぐっすり眠った彼は、完全に体力を回復している。さすがはガルセル国の有名な騎士だけある。鍛え方が違うようだ。
わたしたちは、ギルド長に会って軽く挨拶をして、今回の旅について報告をした。
「そうか、ガルセル国ではそんな状況になっていたのか……」
王家に仕える剣士に会っても、ギルド長のドミニクさんは動じることがない。
「この件は、帝都の冒険者ギルドにも報告するからな」
「ええ、お願いするわ。わたしも、キラシュト皇帝に手紙を送るのよ。これまでは、山や砂漠が隔てていてガルセル国とは国交がなかったらしいけれど、これを機会に同盟を組めたらと思うのよ」
「そうだな。きちんと話し合って同盟国となり、互いに協力し合えるといい」
「そうよ。せっかく隣の国なんだから、お友達になる方がいいわ」
わたしたちの話を聞いていたバラールが「おい、ポーリンさま、今なんて言った?」と驚いた顔で話に割り込んできた。
「キラシュト皇帝に手紙をって、あのキラシュト皇帝か? ガズス帝国の戦神とも鬼神とも言われる、キラシュト皇帝のことなのか?」
「そうよ。彼も剣を振り回すのが得意だから、きっとガルセル国の人たちと話が合うんじゃないかしら」
「……まさか、個人的に知り合い……なのか?」
「元恋敵だ」
横でアップルパイ(ギルドへのお土産に持ってきたものだ)を食べていたセフィードさんが、ぼそりと言った。
「ポーリンを王妃にするとか言っていたが、他の王妃たちが悪さをするし、あいつはどうにも頼りないから俺が攫ってきた」
「はああああああ?」
虎は大きな口を開けた。
わたしはすかさず、サンドイッチ(ドミニクさんのリクエストで、また作ってきたのだ)をそこに放り込んで「落ち着きなさいね」と優しく言った。
「大丈夫よ、すべて丸く収まっていることだから。わたしは元々、レスタイナ国からガズス国のお飾り第五王妃になるためにやってきたのよ。結婚する前にセフィードさんとこっちに来ちゃったから、王妃候補で終わったけどね。あ、王妃のロージアさまとは仲の良いお友達だから、頻繁に文通してるわ」
「……元お飾り王妃候補で、王妃と文通……」
もぐもぐとサンドイッチを食べてから、バラールさんが呆れたように言った。
「もしかして、聖女ポーリンさまはとんでもない大物だったのか?」
「見た目も大物サイズだけどな、わはははははぐえっ」
わたしは大口を開けて笑う失礼なドミニクさんに、一発天誅を下した。
「さすがだな、いい拳だ!」
腹筋をさすりながら、ドミニクさんが言った。
「黒影も、皇帝に気に入られている冒険者だぞ」
セフィードさんは眉をひそめて「あいつは俺と手合わせしたがって、うるさい奴だ。一度も俺に勝てないから悔しがって、まるで子どもだな」
「子ども? キラシュト皇帝が、子ども? しかも、全戦全勝なのか? ……あんたたち、いったい何者なんだよ」
「『神に祝福されし村』の、領主と奥方よ。さあ、アップルパイを食べちゃって頂戴な。ジェシカさんと『ハッピーアップル』で待ち合わせしているんだから」
「さらっと流しているけれど、いいのか? ……おお、このパイは美味いな」
「りんごとさつまいもとレーズンが入ってる、食べ応えのあるパイなのよ。男性にも人気なの」
虎はまだなにか言いたそうだったけど、あっという間にパイの虜になった。




