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【書籍化】転生ぽっちゃり聖女は、恋よりごはんを所望致します! ……旧タイトル・転生聖女のぽっちゃり無双〜恋よりごはんを所望いたします!〜  作者: 葉月クロル
第二章

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これが終わったら、結婚式を…… その2

 わたしは月の光の中で、激しくうろたえるセフィードさんを見守っていた。黒髪を振り乱し、赤い瞳が少し潤んでいるあたりが大変色っぽくて、わたしは鼻血が出ないようにそっと鼻を押さえた。

 挙動不審な振る舞いをしても、見目麗しい男性だとドラマのワンシーンのように見えるのだから、イケメンは得である。同じことをわたしがやったら、食あたりでもしたのかと心配されるだろう。


 豊穣の聖女は決して食あたりしませんけどね、おほほほ。


「お、俺に、子どもが? 俺の子をポーリンが産んでくれると言った……いや、俺の聞き間違いかもしれない……」


 そこは聞き間違いにしないで欲しい。

 わたしのせっかくの決意をなかったことにされたら、立つ瀬がないんだけど……。


 動揺のあまり現実から逃避しようとするドラゴンさんに、わたしはきっぱりと駄目押しをした。


「聞き間違いではありません。わたしはセフィードさんの子どもを産んで、素敵な家族を作りたいという夢を持っています」


 ぽこぽこ産んで、大家族にしたいと思っています……っていうのは、豊穣の聖女としての使命感かしら。


「夢……ポーリンの夢は家族、なのか」


「はい。わたしも幼い頃に両親を亡くした身なので、親子で末長く仲良く楽しく暮らすというのが夢なのです」


 神さまのご加護に頼りまくり、わたしは長生きする予定なの。

 決して幼い子どもたちを残して逝ったりしないわ。


「親子、か」


 セフィードさんが空を見上げた。


「ああ、俺が父親になる日が来るなんて……それこそ、俺にとっては幸せな夢のように感じる。俺は良い父親になれるだろうか? いや、なってみせる。でもポーリン、本当にいいのか? その……」


 彼は再び真っ赤になった顔を両手のひらで覆うと「赤ちゃん、だぞ」と、その隙間からちらっとわたしを見た。

 

「俺はポーリンが近くにいてくれるだけで嬉しいから、それ以上のことは考えないように、なんというか、あまりポーリンの邪魔にならないように、ひっそりと陰から見守る夫として生きていこうと思っていたのだが……そんなことを言われたら、俺は期待してしまうし、照れる」


 照れるのね!

 可愛い。

 うちのドラゴンさんが可愛すぎる。

 物陰が好きなセフィードさんらしい発言だけど、ひっそりと見守るのではなく堂々としてもらって構わない。

 むしろキリッとした顔で「俺のつがいに手を出すな」なんて言ってもらいたい。

 絶対カッコいいから!


「セフィードさんが、わたしのことを想ってくれているのと同じように、わたしもセフィードさんのことを想っているんです。セフィードさんが邪魔だなんてとんでもありません。どうぞ陰から出てきてください、陽の当たる場所へ」


 わたしは両手を伸ばして、思いきって彼の手を握った。


「セフィードさんが結婚式をしようって言ってくれて、とても嬉しいんです。わたしはセフィードさんが強くて優しいところも、わたしのごはんやおやつを喜んで食べてくれるところも、みんな大好きなんです。だから、わたしからお願いします。これからもわたしとずっと一緒にいてください」


「ポーリン……」


 彼は、わたしの手を握り返すとそのまま顔まで持っていって、愛おしそうに頬に押し当てた。そして、今度は両腕でわたしを抱きしめて、頭に頬擦りしながら言った。


「ありがとう。俺は嬉しい。嬉しくて、これが現実でなかったらどうしようと恐怖を覚えるくらいだ。ポーリンが幸せに暮らせるように、俺は全力でがんばるから……」


 彼は少し身体を離してから「ポーリン、愛してる」と小さく言って、わたしに口づけた。


「元気な赤ちゃんを産んでくれ」


 彼は優しくわたしのお腹を撫でた。


「はい……え?」


 わたしがじっとセフィードさんの顔を見ていると、彼はもう一度ちゅっと口づけてから「ん?」と首を傾げた。


「どうした?」


「あの……まだ、お腹に赤ちゃんはいませんからね?」


 人は、キスだけでは妊娠しないのである。


「……まだいないのか」


「……」


 わたしたちは無言で見つめ合う。


「そういえば、そうだった気がする。結婚式を挙げないと、子どもは生まれないんだったな」


 ……誰か。

 誰か、コミュ障ドラゴンさんに、『赤ちゃんが生まれるまで』の英才教育を!

 してくださる方はいませんか!





 サイズは妊娠中だけどまだ中に誰もいないお腹を持つわたしは、問題点を棚上げすることにした。

 そのまま、また仲良く手を繋ぎながら夜の道を歩き、お屋敷に戻る。心なしか、セフィードさんの頬が緩んでいて、足取りも軽く楽しそうだ。

 まるで、遠足の前の子どものように。


 そんな彼のことが好きで好きで可愛くて愛おしくてたまらないわたしは、自分の幸せを神さまに感謝するのと同時に、ガルセル国にいる人たちも平穏で幸せな日々を送れるように、全力でお手伝いをしようと誓った。


 翌朝、わたしとセフィードさん、シャーリーちゃんとバラールさんは、『神に祝福されし村』に向かった。

 ガルセル国に行くのに、シャーリーちゃんは連れて行かないことにした。

 彼女は、リアンとミアンとルアンお母さんのうちに預けようと思うのだ。お屋敷に置いておくよりも、村の子どもたちと遊んだり、村の仕事を手伝ったりして過ごした方が、余計な心配事をしないで済むと思う。


 さて、このルアンなのだが。

 まだ30歳を過ぎたばかりの彼女は、崖崩れに巻き込まれるという事故で夫を亡くしてから、女手ひとつでふたりの娘を育てていた。そして、聖霊のお告げを信じて食べ物の乏しいガルセル国から逃げてきたのだが、無理がたたって病気になり床に伏せってしまったのだ。

 そんなある日、わたしが村にやってきた。

 ルアンはミアンが持ち帰った、神さまがこの村にくださった、不思議な力を持つ『祝福のりんご』を食べた。

 すりおろしたりんごは、食事もなかなか喉を通らなかったルアンにもするすると食べられて、りんご一個分を食べ終わったらあら不思議、病は完全に治り、その日からベッドを離れることができたのだ。


 神さまのご加護で食糧事情が一気に改善して、お腹いっぱいにごはんを食べられるようになった彼女は、あっという間に完全に健康体に戻った。

 そして、そんな彼女の心の中には、誰よりも強い神さまへの感謝の気持ちと信仰心が育っていたのだ。


 農地の拡大作業が落ち着き、村のみんなとお茶を飲みながら話ができるような時間の余裕が出てくると、わたしは神さまについてのお話をした。それを誰よりも熱心に聴いていたルアンは、今やわたしの片腕として、聖女見習いのような仕事をしているのである。

 なんと、神さまのご加護をお願いして簡単な治療までできるようになったのだ。

 もしも村に神殿を建てるとしたら、彼女が間違いなく神官長となるだろう。


「ポーリンさま、わたしでよかったら、シャーリーちゃんをお引き受けいたします」


 わたしの頼みに、彼女は快く頷いてくれた。

 シャーリーちゃんが、実はガルセル国の王女であり聖女であることを、ルアンにはこっそりと告げたのだが、神さまへの信頼感がしっかりとある彼女は、身分の違いにも気持ちが揺らぐことなく、シャーリーちゃんを3人目の娘として面倒を見てくれると約束してくれた。

 若いながらも、見事な肝っ玉母さんぶりである。


「セフィードさまのお屋敷でひとりで過ごしているよりも、村の子どもたちとわいわい遊んだり、仕事の手伝いをしたりして忙しく過ごした方が、余計なことを考え込まずにいられると思います」


 さすがはルアンである。

 わたしとまったく同じことを考えているあたり、子育て中のお母さんだ。


 ……え? 

 どうしてまだ独身のわたしと、考え方が同じかって?

 わたしもね、孤児院のやんちゃ坊主ややんちゃお嬢ちゃんをたくさん育ててきたからわかるのよ!


「そうね。これもすべて、神さまのお導きなのだと思うのよ。過保護にする必要はないから、村のみんなと同じようにのびのびと暮らさせてあげて頂戴」


 ルアンは「はい、すべては神さまのご加護の元に」と頷いた。


 というわけで、わたしたちに置いていかれるとしょんぼりしていたネズミのお姫さまは、これからリアンとミアンと一緒に暮らすと聞いた途端に、ぱあっと顔を輝かせ、リアンとミアンの方も大喜びだった。


「わーいわーい、シャーリーちゃんと一緒だね、嬉しいな!」


「うふふふ、嬉しいわ!」


 ミアンとシャーリーちゃんが、狂喜乱舞状態になって、両手を繋いで踊っている。幼い女の子がくるくる回って楽しそうに踊る姿を見ていると、こっちまで楽しくなってくる。


「……こりゃあ、反対できなくなったな」


 シャーリーちゃんから離れることに難色を示していたバラールさんも、ほっぺたを赤くして元気にはしゃぎ、大声で笑うシャーリーちゃんの姿を見たら、肩の力が抜けたようだ。


「あんなに楽しそうなシャーリーさまの姿は、俺は初めて見たが……年相応な姿なんだろうな。あれほどいい笑顔で笑う方だったとは、まったく知らなかった」


「ここはね、素朴だけど、自然がいっぱいのいい村なのよ。もちろん、神さまのお力に満ちているから、聖女のシャーリーちゃんが過ごすのに適した場所だと思います」


「ああ、そのようだ」


 バラールは頷き「獣人の仲間のために、こんなに素晴らしい村を作ってくれてありがとう。聖女ポーリンさま、感謝申し上げる」と恭しく頭を下げて、わたしを驚かせたのだった。

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