これが終わったら、結婚式を…… その1
シャーリーちゃんを寝かしつけるのはディラさんにお願いして、バラールは客室に戻った。
あ、誇り高そうな(面倒くさいとも言う)彼が頭を下げてきちんと謝ったことだし、まだ言葉の端々に失礼な感じが残るけれど、これからは彼をバラール『さん』と呼ぼう。
旅の間には仕方がないので一緒に野営していたけれど、シャーリーちゃんはガルセル国の第五王女さまだし、なんといっても女の子だから、護衛の剣士であるバラールさんと同じ部屋に寝泊まりするわけにはいかない。
そこで、にわか侍女として「このあたしにお任せっすよ!」とディラさんが登場した。
シャーリーちゃんも、久しぶりに女性に身の回りのお世話をしてもらえて嬉しそうだし、なによりも、妖精のディラさんが美人過ぎて、一目で心を奪われてしまったらしく、すっかり懐いている。
そして、当のディラさんも、小さなネズミのお姫さまの面倒を見るのが楽しくて仕方がないようで、ふたりでおままごとをやっているのかしら? と思うほど、甲斐甲斐しくお世話をしたりされたりしている。
バラールさんは、護衛の剣士として徹夜で警備するとか、シャーリーさまから離れることはできないとか、いろいろと面倒なことを言い出したけれど、長旅の疲れもあるだろうし、ドラゴンのセフィードさんが睨みを利かせているこの屋敷に脅威はない。『神に祝福されし村』なんて神さまが結界を張っているのだから、村の人たち以外は入ってくることができないどころか、うっかりすると村の存在を忘れてしまうほどなのだから、この辺りではバラールさんに出番はないのだ。
というわけで、「ぐだぐだ言ってないで、とっとと寝るっすよ!」とディラさんに寝室に叩き込まれてすぐに、爆睡したようである。
気絶ではなく、気持ち良く眠ったのだと思いたい。
まさか虎まで寝かしつけるとは……妖精の底力をいろいろと見ることができて、大変勉強になったと思う。
「ポーリン、話がある」
お客のふたりが部屋に行った後、セフィードさんはわたしを夜の森に誘った。
お屋敷を少し歩くと、村に抜ける道が森の中にあるのだ。もちろん、魔物なんて出てこない安全な森だ。
まあ、ドラゴンのセフィードさんにとっては危険な場所なんてないだろうから、どんな森でもお散歩できてしまうけれど。
外に出ると、空には満月が輝いていて、辺りは思ったよりも明るい。静かな雰囲気の森は、陽の光がなくても心穏やかに過ごせる場所だ。
むしろ、暗いことで気持ちが落ち着くから……。
「んっ」
「え?」
セフィードさんが手を差し出したので、思わず彼の顔と手を見比べてしまった。
「足元が暗いから、転ばないようにしろ。俺は夜目が効くからな」
て、手を?
セフィードさんが、手を繋いでくれるの?
わたしの気持ちは全然落ち着かなかった!
「ええ、はい、そうですよね。ドラゴンは目がいいから安心です。それではお言葉に甘えまして……お願いします」
「ん」
わたしは平静を装って、セフィードさんの手を握った。
少し体温が低いから、きっとわたしの手は汗をかかない。
かかないはずよ!
そのまま、しっかりと手を繋いだまま、わたしたちは黙って森を歩いた。爽やかな風が頬を撫で、なかなか素敵な夜の散歩だ。
ふと見ると、夜にしか咲かない花、月夜草がほんのりと黄色く光る花をつけている。群生している月夜草が風に揺れる様子は夢の中のように美しい。
わたしの視線を追いかけたセフィードさんも、花を見て言った。
「綺麗だな。月の光の下で見る、ポーリンの髪のようだ」
「ひょっ! あ、ありがとうございます……」
ほ、褒められちゃった!
綺麗だなんて、照れる!
神さま、金髪に産んでくださってありがとうございます!
違う違う、神さまが産んだわけではないわ、今は亡きお母さま、ありがとう!
全然落ち着けない。
表向きは泰然自若とした聖女だけれど、わたしはまだ19歳の恋する女の子ポーリンなのだ。しかも、前世も今世も恋愛経験は少ない……というか、今までお付き合いした男性といえばセフィードさんだけなので、こんなロマンチックな状況になると、嬉しくてドキドキし過ぎて、どうしたらいいのかわからない。
好きな人と手を繋いで散歩をするだけで、こんなにも嬉しい気持ちになるのね。
ポーリンは、初めて知りました。
背の高いセフィードさんをちらっとを見ると、彼は「暗くても、俺がいるから大丈夫だ」と少し口の端を持ち上げた。
ヤバい、カッコいい!
「ポーリンの手は温かいな」
「そ、そうですか」
「ああ、柔らかいし……きっと心も温かいからだろう」
がんばります!
この手以上に心も熱く燃やします!
燃えろ、聖女の闘魂!
妙な方向に固く決意していると、セフィードさんがぽつりと言った。
「……ポーリンは、ガルセル国に行くつもりなのか?」
「はい」
あまりふたりきりでのんびりと歩くこともない(大盾を持って魔物狩りに行くのは、ロマンチックではないのでノーカウントよ)わたしたちだが、今夜はなんだかデートしているみたいなので、ちょっと浮かれた気持ちになっていたのだが、今も飢えている獣人たちのことを思い出し、気持ちを引き締めた。
「聖霊の祠の現状を知り、シャーリーちゃんの受けた神託の内容を聞いて、ガルセル国に聖女としてのお役目が待っているのだと感じました。ですから、わたしにできることをしたいと考えているんですけど……」
セフィードさんは、どうだろうか。
わたしと共にガルセル国に行ってもらえればとても心強いから、ぜひ同行してもらいたいのだけれど……人と関わるのが苦手なコミュ障ドラゴンさんには辛い旅かもしれない。
けれど、彼は言った。
「俺は、ガルセル国の獣人を助けたいと考えている。俺は村の獣人たちのことが大切だと思っているから……彼らが大切に思う家族や友人がガルセル国に残っているなら、その者たちも助けたい。村は、俺が生きる理由だった。俺が存在してもいいのだと思わせてくれた。身体が焼け焦げて、半分痣に覆われた俺を、村の獣人たちは受け入れて、頼ってくれた。だから、俺は生きていくことができた」
「そうですよね。村のみんなは、セフィードさんのことを大好きだし、尊敬しています」
ドラゴンの一族が、その美しさと強さで驕り高ぶるあまり、酷く心を歪めた。彼の仲間たちは、彼らの美意識から逸れた彼の妹を殺せと彼を責め苛んだ。
誰よりも美しく強いドラゴンであった、ドラゴンの国の王子のセフィードさんだったが、まだ若く未熟なうちに親をはじめとした年長者に折檻され、洗脳されようとして、精神が砕けそうになった……そして、かなりの錯乱状態になった。
結果として彼は、ドラゴン一族をすべて焼き尽くしてしまったのだ。
ぼろぼろになった彼の身体を、偶然出会った少女の頃のわたしが癒し、寂れた屋敷に迷い込んだ彼の心を村の人たちが癒したのだ。
そのことに彼はとても恩義を感じていて、ガズス帝国の宮殿でいじめにあっていたわたしを助けにきてくれたし、村の獣人たちのために冒険者として働いて、稼いだお金で手に入れた食料を村へと運んでいた。
「だから、俺は……ガルセル国に行って、獣人を助けたい」
セフィードさんは、プライドが高くて身勝手なドラゴン一族に生まれたのに、とても愛情深い。彼と、亡くなってもなお彼を守り続けた妹さんのふたりは、突然変異だったのかもしれないと思う。
しかし、愛情たっぷりのセフィードさんには、家族がいないのだ。
事故で両親を失ったわたしが孤児院の子どもたちを愛して、レスタイナ国の人々を愛して生きてきたのと似ているな、と思う。
そんな似ているふたりを、神さまが引き合わせてくれたのだろうか。
家族になりなさい、と。
「わかりました。セフィードさん、一緒にガルセル国に行きましょう。そして、まだ見ぬわたしたちの家族を救いましょう」
「ん」
手が、キュッと握られた。
「いつもありがとう、ポーリン。こんな俺のそばにいてくれて、ありがとう」
握った手が引かれたかと思うと、わたしはセフィードさんの腕の中にいた。そして、彼の両腕はわたしを包むようにして抱きしめる。
「俺はポーリンが大好きだ。ガルセル国から戻ったら、結婚式をしよう。ポーリンが俺の妻であることをみんなの前で神に誓いたい」
「結婚式を?」
まさか、セフィードさんからそんなことを言われるとは思わなかったので、わたしは彼の赤い瞳を見つめた。
「可愛いポーリンにドレスを着せて、頭に白い花冠を乗せたい。そして、一生守って幸せにすると誓いたい。あと、音楽に乗ってダンスをする。花嫁と花婿のお披露目のダンスだ」
え、待って、誰がセフィードさんに英才教育をしたの?
「結婚するとはそういうものだと聞いた。俺にはそういう知識がなかったから、ポーリンは困っていたんだろう。すまなかった」
「いいえ、そんなことは」
わたしはぶんぶんと頭を振って、振り過ぎて眩暈がした。ふらついたわたしの顔はセフィードさんの胸にぽふっと着地した。
「好きだ」
うわあああーっ、嬉し過ぎて爆発するわ!
「わ、わたしも、セフィードさんのことが好きです。セフィードさんと結婚式を挙げて、家族になって、セフィードさんの子どもを産んで、みんなで楽しく暮らしたいと思ってます! グラジールさんやディラさんも一緒に、ずっとずっと!」
そうだ、家族になるんだ!
産もう!
ぽこぽこと産もう!
ちびドラゴンと、ちび聖女と、いろいろとたくさん産もう!
セフィードさんの子どもなら絶対に可愛いし!
わたしが鼻息荒くそんなことを考えていると、頭の上で「え?」という声がした。
「今、なんて……言った?」
「みんなで末長く、楽しく暮らしましょう!」
「いや、その前に……」
「セフィードさんの赤ちゃんを産む話ですか?」
「俺の……?」
しばらくそのまま固まっていたセフィードさんが、がっとわたしの肩をつかむと、胸から離した。
「ポーリン、本気か?」
「本気です……けど?」
「俺の、子ども、産む? 俺の? 俺の?」
イケメンが、変なカタコトになっている。
「他の誰の子を産むって言うんですか! わたしはセフィードさんの奥さんになるんですよ? セフィードさんの子どもを産むんです、セフィードさんがお父さんです、ちゃんとわかってますか?」
「…………ふぉうっ!」
セフィードさんが、変な声を出した。
そして、顔面と瞳の色がお揃いになるほどに、真っ赤になった。
「おれがおとうさんになるのか? おれがおとうさんでポーリンがおかあさんでおれがおとうさんで……おおおおれがおとうさん!」
セフィードさん、大丈夫かしら?




