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【書籍化】転生ぽっちゃり聖女は、恋よりごはんを所望致します! ……旧タイトル・転生聖女のぽっちゃり無双〜恋よりごはんを所望いたします!〜  作者: 葉月クロル
第二章

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シャーリーの事情 その4

 屋敷の上空に籠が到着すると、玄関の前にはディラさんが待ち構えていた。


「奥方さまー、おっかえんなさーい!」

 

 大きな声で元気に出迎えてくれる。

 遠くから見ると、ディラさんは本当に美しい。

 艶のある緑色の髪は朝露を受ける若葉のようだし、オレンジ色の目には暖炉の炎のように楽しげに光が踊っている。動きやすいメイドの服を着ていても、そのスタイルの良さは隠せないし、さすがは妖精だと言えるだろう。


 でも残念ながら、大口を開けて手をブンブン振っているその様子はお世辞にも上品とはいえない。

 わたしは籠の覗き窓から「ディラさん、ただいまー、お客さまをお連れしたわよ」と笑顔で手を振り返した。

 ディラさんが、わたしとセフィードさんを含めてこのお屋敷をとても愛していることをわたしは知っている。人が住んでこそ『家』であることを、彼女は身にしみて知っている。セフィードさんが来るまでは、この屋敷には使用人しかいないという異常事態だったからだ。


 家付き妖精のグラジールさんも、嘆きの妖精でありながら無理矢理メイドに転職したディラさんにも縛りのようなものがあって、このお屋敷から離れることができない。

 だから、今日はお客を迎えるということで、ふたりともかなり張り切っていると思うのだ。


「やほー、やほー、お客さまー、いらっしゃーい!」


 喜びのあまり、ディラさんが謎の踊りを始めた。妖精らしく重力を無視した軽やかなステップで、メイド服のスカートをひるがえし、見ていて心が浮き立つような素敵な歓迎の踊りだ。なにより、ディラさんのとても嬉しい気持ちが伝わってきて気持ちがほっこりする。


 今では部屋の隅々まで手入れがされていて、清潔感がある温かい雰囲気のお屋敷になったけれど、わたしが初めてここに来た時は、正直なんだか陰鬱な感じの建物だった。

 そして、セフィードさんを主人として迎える前なんて、あるじがいない、それはそれはとても淋しい場所だったそうだ。

 行き場を無くしたセフィードさんがやってきた時には、それはもうふたりとも大変な喜びようで『このドラゴンを逃してなるものか!』という気迫がこもった出迎えをされて、のちにセフィードさんは「丸焼きにされて食べられるのかと思った」と感想を漏らしたらしい。

 グラジールさんもディラさんも、人外の美貌の持ち主なので、余計に怖かったんだろうと思う。


 やあね、ドラゴンの丸焼きを食べるなんて。

 わたしじゃあるまいし……って、今思ったのは誰かしら!?


 それはともかく。

 仕える人がいないお屋敷で、いつ来るかわからないご主人さまを夢見て、長いこと待ち続けたふたりの孤独な妖精の気持ちを考えると、わたしは目がうるっとしてしまうのだ。

 ふたりは、寒く静まり返ったお屋敷で『早くご主人さまが来ないかな』『どんな人が来るか、とても楽しみですね』『うん、待ちきれないね』と、毎日毎日、あるじとなる人物が訪れるのを待ち侘びていた。

 不器用なあまり、家付き妖精の仕事を自分の手でできない家令のグラジールさんが指示を出し、笑い上戸で嘆きの妖精を首になった新米メイドのディラさんが少しずつ手を入れて、打ち捨てられた屋敷は蘇った。

 でも、なかなか主人は来なかった。


 セフィードさんがここに住み、近所に獣人の村ができ、わたしが連れてこられて、今は暖炉に火が入れられ厨房では美味しい料理が作られる。もう寂れた哀しい屋敷ではない。

 ここはわたしの家で、みんなは家族なのだ。

 毎日ちょっとした騒ぎが起こるけど、それもまた楽しい。

 種族はみんな違うけれど、そんなことは神さまの目から見たら些細なことだから、全然気にしない。わたしたちは本物の家族なんだと思う。


 高度が下がり、愛用の籠が着地した。

 続いて、荒い息の虎が玄関前に走り込んできた。


「お疲れさま、バラール」


「はあっ、こんっ、ふあっ」


「喋らなくていいから、息を整えなさいな」


 虎に対してはいろんな思うところがあるセフィードさんが、遠慮なく飛ばしたので、虎は全力疾走してきたようだ。


「おやまあ、お客さんってばずいぶんとお疲れのようだねー。あそこに井戸があるから、飲んできたら? 冷たくて美味しいよー、今なら飲み放題!」


 うちのメイドさんはコップの水を出すわけでなく、井戸を指差してにっこり笑ってるわ。

 さすが、ディラさんクオリティの接客ね!


 こんなとんでもないメイドだけど、ディラさんの見た目はとびきり色っぽいグラマー美女なものだから、バラールは顔を赤くして「お、おう、それじゃ、もらおうか」なんて素直に井戸に向かって、水を汲むとごくごく美味しそうに飲んでいる。


 ついでに頭から水をかぶっているのは、汗の匂いを気にしているせいからかしら?

 リアンとミアンの教育が成果をあらわしてるわね。


「あ、ネズミちゃん! 今日のVIPはネズミちゃんなんだね、うっひゃー、きゃーわゆい!」


「こんにち、きゃっ」


 ディラさんに抱き上げられて、シャーリーちゃんが小さな悲鳴をあげた。満面の笑みを浮かべた美女が、幼い少女を高い高いしながらくるくると踊り出す。


「ネズミちゃーん、いらっしゃーい! 大歓迎っすよー、今夜は美味しいものをたくさん食べようね、お客さんが来るっていうから、お姉ちゃんが張り切ってご馳走を作ったんだよー、トロトロお肉のビーフシチューは、とっておきのツインテールビルのお肉を使って作ったからすんごく美味しいんだよ! ネズミちゃんは人参とじゃがいもと玉ねぎとマッシュルームとアスパラガスは食べられるかな」


「は、はい、大好物です」


「そっかそっか、好き嫌いしない良い子だねー、村でとれた野菜だから、とっても美味しいのさ!」


 ディラさんはシャーリーちゃんをおろすと、頭をくりくりと撫でた。


「あたしのごはんをたくさん食べて、大きくおなりよ」


「ありがとうございます……」


 撫でられて気持ちよさそうな顔になったシャーリーちゃんは、ディラさんの顔を見上げて言った。


「お姉さん、とっても美人ですね」


 シャーリーちゃんのほっぺたが赤くなっている。


「すごく綺麗。お伽話に出てくる女の人みたい……」


「ありゃま、かわゆいネズミちゃんに褒められちゃったよ! こりゃ照れちゃうねえ、ほんとに可愛い子だねえ、シチューにチーズも乗せたくなっちゃうねえ」


 喜ぶディラさんにさらにくりくりくりくりと撫でられるシャーリーちゃんの首が心配なので、わたしは「ディラさん、お客さまを中にお通しして頂戴」と声をかけた。


「シャーリーちゃんは、病み上がりなのよ。まだ本調子じゃないから、休ませてあげてね」


「おやまあ、かわいそうに。ネズミちゃん、シャーリーちゃんって言うんだね、可愛いな。そら、おいで」


 すっかりシャーリーちゃんを気に入ったらしく、ディラさんは彼女を抱き上げた。


「お姉さんは、力持ちなんですね」


「そうさ、あたしは妖精だもん。ネズミちゃんの5人や10人……ってのは大袈裟だけどね、3人くらいなら抱っこしておんぶして肩車できるよ。よいせ」


「わあ……たかあい!」


 ディラさんに肩車されて、シャーリーちゃんは嬉しそうに笑った。ガルセル国には、お姫さまを肩車するような人はいなかったのかもしれない。

 と、そこへ頭をびしょびしょに濡らしたバラールが戻ってきた。そして、若くて(見た目は、よ。ディラさんの年齢がいくつか、わたしは知らないの)美人のディラさんがシャーリーちゃんを軽々と肩車しているのを見て、口をぽかんと開けた。


「あんた、そんなに濡れたままでお屋敷に入んないでよ。グラジール、聞こえたらタオルを1枚、お客さまに持ってきてよ。タオルなら落としても割れないから大丈夫でしょ」


 ディラさんが、玄関を開けて叫んだ。


 そうね、タオルなら割れないわね。

 そう思ったのは甘かったようだ。


「うわああああーっ!?」


 グラジールさんのイケメンらしからぬ叫びの後に、がごごごごばきがたんどしゃっ、という恐ろしい音がした。


「あっちゃー、あんた、期待を裏切らない妖精だね!」


「嫌だわ、グラジールさんになにがあったの?」


 ディラさんの横をすり抜けて屋敷の中に入ると、そこには階段から落ちたらしいグラジールさんが横たわっている。彼は「タオルが……脚に絡みまして……」と言いながら、半分破れたバスタオルをわたしに差し出した。


「ケガはない?」


「こう見えても家付き妖精ですので、家の中でケガをすることはございません」


「そう、なら良かったけれど……」


 シャーリーちゃんを肩車したディラさんがやってきて、ため息をついた。


「あーあ、階段の手すりをもぎ取ってくれちゃったね! あたしがあとで直しておくから、グラジールはもう触んないでよ。それ以上細かく壊されると、修理するのが大変なんだからさ」


「……わかりました」


 グラジールは立ち上がり、身体についた木屑(階段の手すりの成れの果て)をはたき落とした。


「うわあ……すごく綺麗な男の人だけど……残念……」


 シャーリーちゃんが呟くのが聞こえた。

 

 そうなのよ、グラジールはとっても綺麗な美人さんでしょ?

 どこから見ても、完璧な美形青年なんだけどね。

 この通り、とっても残念だから、割れ物を……割れなくても、物を渡してはダメなのよ。


 彼は、美しく響く声で言った。


「いらっしゃいませ。お部屋に案内いたしますが、よんどころない事情がございまして、一部手すりが使用不能になっておりますので、お気をつけくださいませ」


 いやいや、今あなたが壊したのよね?


 お客の前で突っ込むのもなんなので、わたしはなにも言わずに玄関の外で待つバラールのところに戻り、破れたタオルを手渡した。


「あのさ、聖女のポーリンさん。世話になっておいてこんなことを言うのもなんだけど」


 頭をわしわしと拭きながら、バラールが言った。


「あんたんちって、大丈夫なのか? うちのシャーリーさまに危険はないのか?」


「大丈夫よ」


 わたしは笑顔で言った。


「この屋敷は神さまに守られているのです。ですから、とても安全な場所なのよ」


「とても安全な……のか?」


 バラールは、ディラさんに肩車されて階段を2階へと向かうシャーリーちゃんを、心配そうに見た。


「ほら、虎の人ー、こっちだよ、頭拭いたら早く来なよー」


 バラールはため息をひとつつくと、「シャーリーさまを落とすなよー」と言いながらディラさんの後を追いかけて、客室へと案内されたのであった。


セフィードさんは、

人が普段よりもたくさんいるのでなんだか照れてしまい、

身を潜めていますw

自分のうちなのに……安定のコミュ障ドラゴンさんですね。

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