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【書籍化】転生ぽっちゃり聖女は、恋よりごはんを所望致します! ……旧タイトル・転生聖女のぽっちゃり無双〜恋よりごはんを所望いたします!〜  作者: 葉月クロル
第二章

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ポーリン、冒険する その8

「ポーリンさま、本当に申し訳ありませんでした」


 バラールたちがいなくなると、途端にしゅんとした様子になったジェシカさんが頭を下げた。

 わたしは「どうして謝るのですか?」と彼女の手を取った。


「ジェシカさんに非はありません。あなたはあのバラールの顔を知っているだけの関係ですもの、あの虎の言動になんにも責任を感じなくてよろしいのよ? それにね、わたしのことを彼から庇って、本気で怒ってくれたから、むしろ嬉しかったのです。ありがとうございました、ジェシカさん」


「ポーリンさま……」


「ふふっ、すごい迫力で驚きましたわ」


 普段は落ち着いて優しいお姉さんであるジェシカさんの、あの、渾身の力を込めた『ばーかばーか!』を思い出すと、なんだか胸の中にほっこりとした気持ちが湧いてくるわ。


「ジェシカさんの、今まで知らなかった一面を見ることができて、さらに仲良くなれた気がするし……さっきのバラールの、あの顔ときたら、傑作だったわね! もう、思い出すとおかしくって……」


 すると、ジェシカさんは両手で狼のモフモフ耳を押さえて、赤い顔で脚をバタバタさせた。


「うわわっ、恥ずかしいですぅ、どうか忘れてくださいね! わたしがあんなことを言うなんて……有名で、ちょっと尊敬もしていた剣士バラールが酷いことを言うから、頭にきて、つい子どもの頃に戻っちゃったんです」


 わたしがおほほと笑うと、ジェシカさんはさらに赤くなって「違うんですぅ」と可愛らしく身悶えた。


 ジェシカさんに怒られて、そのあとにセフィードさんに『にゃーごにゃーごばーかばーか!』とドラゴンの殺気をぶつけられて、一歩も動けないまま顔をヒクヒクさせる虎の間抜け顔を思い出すと……だめだわ、ツボに入ると本気で笑っちゃうから、これ以上思い出すのはやめましょう。


「ジェシカさんは、子どものように純真な心をお持ちなのよ。それは素敵なことだし、そんなジェシカさんはとても魅力的な女性だと思うわ」


「そんな……ありがとうございます、ポーリンさま。ポーリンさまは本当にお心が優しい、愛情深い方です! その上、獣人の仲間たちを救ってくれた恩人でいらっしゃいます。あの村で、命を救われて楽しそうに暮らすたくさんの同胞と会った時、わたしがどんなに嬉しかったか……。皆を助けてくださったそのお力も、誰もが驚くような素晴らしいご加護の力ですし、これほど聖女の名にふさわしい方はいらっしゃらないというのに、なのに、あの失礼な男は……あのバカ虎……」


 ジェシカさんの心の中にまた怒りの炎が灯ってしまったようなので、わたしは「さあさあ、それよりも、こちらの焼き菓子をいただきましょうよ。カスタードとチョコレートのタルトなのよ、セフィードさんが美味しいチョコレートを手に入れてくれたから、お菓子をいろいろ作ったの」と、とても美味しくできた小さなタルトを勧めた。


「バラールという剣士は思い込みが激しくて失礼だけど、ほとんどの獣人はそうではないことを、わたしはよく知っているわ」


 わたしの村の人たちは、みんな親切だし、とても気持ちの良い方たちばかりなのだ。


「わたしはジェシカさんが思うよりもずっと心が狭いから、バラールが謝罪してこなければ、彼を許さないつもりよ? それは、彼が獣人であることとは関係ないの。もしかすると、彼にはあんなことを初対面のわたしに言ってしまう事情があったのかもしれないけれど……でも、それを初対面のわたしにぶつけるのは見当違いだし、立派な男性の振る舞いではありません。もちろん彼のことと他の獣人たちへの気持ちは別よ。わたしは獣人の皆さんにとても良いイメージを持っているし、みんなのことが大好きなの」


 そうなのだ。『神に祝福されし村』に住んでいるみんなは、わたしの家族のような存在なのだ。


「ねえ、ガルセル国は、王政だったわよね。わたしはレスタイナ国出身だから、この大陸の国については詳しくないのです。村の人たちも、国でなにがあったか思い出したくない様子なので、聞いていないのだけれど、ガルセル国でどんな事件があったの?」


 ジェシカさんはタルトを食べながら、難しい顔をした。


「わたしが昔、このオースタの町に来たのは、見知らぬ土地を旅をしてみたかったのと、冒険者になりたかったからなんです。来た道も、砂漠を迂回するから時間はかかるけれど、さほど危険ではないルートでした。その頃は、ガルセルは住みにくい国ではなかったと思います。けれど、今は違うようなんです」


 ジェシカさんが、村の人たちから聞いたという、最近のガルセル国の様子を話してくれた。


 3年ほど前に、ガルセル国に異変が起きた。作物の収穫量が激減して、砂漠が広がってきたというのだ。


「『神に祝福されし村』の村に住む獣人たちは、皆、庶民です。ですからあまり情報がなかったみたいで、詳しくはわからないのですが、どうやら原因は聖霊の祠にあるのではないかと推測しています」


「聖霊の祠というのは?」


「ガルセル国を守る、神さまのお使いが聖霊で、国には3箇所の聖霊の祠があるんです。そのひとつが神官を名乗る人間に奪われて、そこに人間の神殿が建てられてしまったという話です」


「人間に?」


「はい。ガルセル国王都の祠が奪われたらしいです」


「まあ、なんて酷いことを……」


 人々の信仰の拠り所に、そんな仕打ちをするなんて!

 国民の皆さんの気持ちを考えると、聖女として許せないわ。


 それにしてもおかしな話だ。

 獣人の身体能力は高いし、戦闘にも長けている。

 それなのに、突然やってきた人間に大切な祠を易々と奪われるとは、いったいなにが起きたのだろうか。

 むしろ、どうやったら奪えたのだろうか?


「それからは、食べ物は足りなくなって皆飢え始めるし、他国への戦争のための徴兵が行われるし、とうとう獣人が奴隷として売られるという最悪な状況にまでなって……王家の人たちや貴族はいったいなにをしているのかと、民の間に不満が溜まっていたようですが、国の上層部に動きはなく、国は神官たちの思うがままだったらしいです。そんなある日、聖霊のお告げを受けた人がいて、それを信じた人が砂漠と山を越えてガズス帝国に逃げ込んできました。こんなお告げだったそうです、『月が満ちる夜、砂漠に道が開いてドラゴンが守る地に繋がるだろう』」


「ドラゴンが守る地って」


 うちの食いしん坊さんのことよね?


「みんなはそう言っていました。そして、聖霊に対する不信感までもが募る中で、お告げを信じた人々がガズス帝国にあるドラゴンが治める地を目指して亡命してきたんです。大変な旅でしたが、満月に合わせて砂漠にやってきたら魔物があまり出ない、山へ向かった道ができていたそうです。砂漠にオアシスもできていたとか。ただ、彼らが通って振り返るとその道は消えていたとのことなのです」


「なるほど、聖霊の導きがあったのね」


「そう思います。でなければ、ミアンのような子どもが強い魔物が出る砂漠や山を越えて、ガズス帝国に来ることはできなかったでしょう」


「そうね」


 わたしは両手の指を組んで『ガルセル国の聖霊さま、獣人の皆さんを導いてくださいまして、ありがとうございました』と祈りを捧げた。


 ガルセル国は聖霊に守られていたけれど、祠のひとつを奪われて力が弱まってしまったのだろう。

 その結果、作物が育たなくなり、聖霊の力で拡大を抑えていた危険な砂漠が広がってしまった。

 

 ガルセル国を治めていた王族たちがどうなったのかも気になる。


「こんな次第で、村の人たちにとっては、黒影さんは『聖霊からの紹介されたドラゴン』なんですよね。だから、皆、黒影さんのことを信頼して敬愛しています。わたしは以前から彼のことは知っていましたので、冒険者の黒影さんという認識なんですけどね」


 ジェシカさんは笑った。


「なんだか、他の人たちとは放つ力が違うな、とは思っていましたが。なるほど、ドラゴンと聞かされて腑に落ちました。そして、村とオースタの町の間の道は、オースタ側からはなぜか繋がらなかったので、こんな近くに獣人の村があったなんて『ハッピーアップル』のお店ができてみんなと出会うまで気がつきませんでした。まさか、凄腕だけどなにを考えているかわからなくて近寄れなかった黒影さんが、ひとりでせっせとお金を稼いで、獣人の仲間を食べさせてくれていたなんて……ふふっ、こんなにいい人だなんて全然知りませんでしたよ。知っていたら、わたしもお手伝いしたのに!」


「ありがとう。ジェシカさんがいたら百人力だから、とても頼もしいわ。これからも力になってもらえると嬉しいんだけど」


「もちろんですよ、わたしに協力できることならなんでもします」


 あー、うちのドラゴンさんはコミュ障だからね、村のことは町の誰にも話してなかったのよね。


「だからね、黒影さんもポーリンさまも、わたしたち獣人にとっての大恩人であり、守り手である聖霊のお導きで引き合わされた大切な方なんです。……それを、あの、頭空っぽのアホ虎め……」


「落ち着いてお茶を飲みましょうかジェシカさん!」


 わたしは、どうどう、という気持ちを込めて言った。


「あっ、ごめんなさい、つい興奮しちゃって。そうだ、これをポーリンさまにお伝えしなくちゃ」


「なにかしら? どうぞ教えて頂戴な」


 ジェシカさんの怒りよ鎮まりたまえー、と念じつつ、にっこりと笑って尋ねた。


「バラールが守ろうとしていた女の子ですけれど。彼女はおそらく、シャーリー姫だと思います。王家の末の姫君で、聖霊の聖女、シャーリー姫です」


「聖霊の、聖女?」


「はい」


 ガルセル国の聖女、シャーリー姫。

 やんごとなき姫君で、聖霊に愛される聖女が、あんなにぼろぼろになって弱っていたなんて……いったいガルセル国はどうなっているの?


『人間のくせに聖女を名乗るな、偽聖女め!』


 そう言って、血塗れの虎は牙を剥いた。

 目を開けることもできない、まだ幼い聖女を守るように抱きしめて。


「どうやら神さまの名を騙る不届き者が、とんでもない悪さをしているようですわね……神さまの名のもとで神さまを汚すような行いをして、愛すべき人々を苦しめる輩を……このポーリンは決して許しませんよ……」


「ひっ! ポ、ポーリンさまが……お怒りになられていらっしゃる!」


 身体中にめらめらと赤い炎を纏わせて、口に放り込んだチョコレートタルトをもきっ、もきっと噛み締めるわたしを見て、恐怖の表情を浮かべたジェシカさんが身体を震わせた。

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