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人質聖女

 他国に先駆けて軍艦を有したガズス帝国は、これを好機とばかりに、海の向こうの他国への牽制を始めたらしい。


 我がレスタイナ国はガズス帝国からの使者と話し合ったのだが、その内容はかなり脅しに近いものであった。

 彼らの話によると、どうやらカリスマ的な力のある皇帝の指導で、同じ大陸の周りの国を次々と落とし、帝国を築き上げたようなのだ。そして、今度は海を越えて、レスタイナ国を皮切りに属国を増やそうとしているらしい。


「なかなか頭のキレる指導者のようだな」


『戦の聖女』アグネッサお姉さまは、クールに言った。


「戦を仕掛けるのではなく、あくまでも自国に有利な『同盟を結ぶ』という手段は、直接の統治が必要ないから海を隔てていても可能だ。我が国は海を越えるだけの力がないため、反乱の恐れもない……今の所は、だがな」


「そうね。一国が海を渡る方法を見つけたなら、すぐに他国も後に続くでしょう。不可能だと考えるのと可能だと知って方法を探すのでは大違いですものね」


 知恵のセシルお姉さまも言う。


「その前に、できるだけ多くの国と同盟を結び、イニシアチブを取りたいと、ガズス帝国は考えていますね」


「レスタイナ国がガズス帝国と戦争を行った場合、現在は明らかに我が国が劣勢だとみなされている。なにしろこちらはガズスに攻め込むための船を持っていないのだからね。陸での防衛戦にならざるを得ないし、向こうは大海の魔物を下すなんらかの手段を持っているのだ、きっと陸地への大規模な攻撃も可能なのだろう」


 アグネッサさまの言葉に、知恵のお姉さまも頷いた。


「ええ、わたしもそう思うわ。軍事力を客観的に見て、レスタイナ国は不利よ。交渉して、少しでもこちらに有利な落とし所を見つけるべきね。国民のためにも、なるべく争いごとは避けたいし……過剰な反撃はせずに、ここはおとなしく話し合いをした方が良さそうなんだけど」


 セシルお姉さまはため息をついた。

 どうやら微妙な事態になっているようだ。





 ガズス帝国は、レスタイナ国の王女を自国の皇帝の第五妃として嫁がせるならば、とりあえずの友好関係を保つつもりだと要求してきた。

 よくある政略結婚である。

 王族同士が親戚関係になれば、絆が発生するため戦争は起こりにくいし、両国の国民感情においても『仲間意識』が生まれる。

 ガズス帝国でも、こちらの大陸の中でも大きく安定した力を持つレスタイナ国と最初に同盟関係になり、他の国との交渉の足がかりにしたいのだろう。


 ところが困ったことに、現在、王家の姫たちはすべて出払ってしまっているのだ。


 王家には、国王の娘である姫と、王弟殿下たちの娘である姫と、合わせると20人も姫さま方がいらっしゃる。

 しかし、神に愛されて安定した国情のレスタイナ国との関係を深めたいと、各国から話が次々に持ち込まれ、我が国の姫さま方は大人気なので、ほぼ皆さま生まれた時から婚約者がいるのだ。


 というわけで、年頃の姫たちはとっくに結婚してしまっている。


「ひとりも? 独身の姫がひとりもいないと?」


 ガズス帝国の使者が言った。

 海の向こうだけあって、どうやらそこまでの情報は掴めていなかったのだろう。


「はい、つい先日、ミラーリア姫さまがお輿入れされたばかりなのです。それも、まだ12歳にも関わらず、どうしても早く迎え入れたいと急かされまして」


 婚約状態では心許ない、どうしても結婚してしまいたい、もちろん成人するまでは手出しはしないからなんとか頼むと、粘って粘って押し切られてしまったのだ。


「実はひとりだけ、王弟殿下の末の姫さまがいらっしゃるのですが……なにしろラタリア姫はまだ、5ヶ月の乳児でいらっしゃいまして」


 レスタイナ国側の外交担当者は、申し訳なさそうに使者に説明したらしい。


「とっても愛らしい姫さまでいらっしゃるのですが、まだはいはいもできないお方なので、輿入れするにはまだまだ時間がかかります」


「ご、5ヶ月! さすがの皇帝陛下も5ヶ月の第五妃では……いささか無理が……」


「歳の差が35……名ばかりの王妃とするにしても、若すぎというか、幼すぎるな。育つのを待つにしても現在5ヶ月では……。だいたいそんな幼い姫を輿入れさせたとなっては、我が皇帝陛下が極悪人のようではないか」


「変態、と呼ばれる恐れもあるな……」


「変態! そ、それだけは避けたい……」


 ガズスからの使者たちは困った顔で話し合う。


「かといって、他国に嫁いで行った姫をひとり、無理矢理に離縁させて第五妃に据えるということでは皇帝陛下は嫌がるだろうし」


「そうだな。それも極悪人認定されそうだ。誰かの妻になった姫ではお怒りになるだろうし、無駄に他国の怨みを買うこともしたくないしなあ……」


「困りましたな」


「うむ、困りましたな」


 そうして、悩んだ末に使者が決めたのは、王女と同じくらいの格である聖女を、ガズス帝国の第五妃として連れ帰りたい、という結論だった。





 ……困った。

 お姉さま方は皆美しく魅力的だから……実は、みんな既婚者なのよね。

 そう、独身の聖女は、わたしと幼いクララだけなのだ。



 ……。

 べ、別に、わたしが行き遅れているってわけじゃないんだから!

 ない、ん、だから……。






 ということで。


 ただいまアグネッサお姉さまが荒ぶっていらっしゃいます。


「使者たちを牢に閉じ込め、速やかにあの船を乗っとろう。なに、このわたしが乗り込めば、たちどころに制圧できるだろう」


 戦闘意欲に燃えるお姉さまの赤い髪が、まるで炎のように輝いてたいそうお美しい。


「いきなり軍艦をつけてくるような野蛮な国に、ポーリンを嫁がせるなどと、絶対に許せることではない!」


 ああ、お姉さまったら素敵!

 ポーリンは感激でございます。


「ん〜、遠慮なくやっておしまいなさい」


 赤く染めた爪でフルーツを摘み、セクシーに口に入れながらミラージュお姉さまが言った。


「うちの可愛いポーリンを、野蛮な皇帝の何番目かの妻にしようだなんで、100年早くてよ。そんなオトコ、引っこ抜いてしまえばよろしいわ」


「なにを? お姉さま、なにを引っこ抜くの?」


 わたしはガクガクブルブルしながら尋ねる。


「んふふふ、ポーリンちゃんにはないものよ♡」


 ぱちんとウィンクする美のお姉さまは、うっとりするくらいに魅力的なんだけど、背筋がひんやりしてくるのはなぜなの?


「おおおおお、落ち着いてください、聖女さま方!」


 こちらもガクガクブルブルと腰がひけながら、宰相が言った。


「宰相よ、これが落ち着いてなどいられようか。日々献身的に神に仕え、祈り、レスタイナ国民の幸せのために務めている聖女を、人質として他国に送ろうなどと、神に仇なす行為だと思わぬのか? 神の聖女たる我らを政治の駒にするなどということを、偉大なる神が赦すと考えておるのか?」


 身体全体から迫力満点のオーラを放つのは、『光と闇の聖女』ベガさまだ。


 ベガお姉さまにはすでに成人したお子さま方がいて、おまけにお孫さままでいらっしゃるので、その見た目に反してかなりお年を召して……いいえっ、いいえお姉さま、わたしはなにも、なにも考えておりませんので、そのような鋭い眼光をこちらにお向けになるのはよして!

 ポーリンの心臓が止まってしまいますわ!


 いつでも臨戦状態のアグネッサお姉さまは、腰にはいた剣をシュッと抜いて言った。


「大丈夫だよ、聖女ベガ。このわたしがガズス帝国の不届き者たちをひとり残らず切り捨て細かく刻み、跡形もなくこの世から葬り去って仕舞えば良いのだから。みんなお魚たちの餌にしてしまおうね、可愛いポーリン」


「おやめくださいませ、アグネッサお姉さま! ポーリンは、ポーリンは、人を食べたお魚を食べるのはイヤでございますぅぅっ!」


 わたしは首をぶんぶん振りながら言った。


 え? そういう問題じゃない?


「ああら、血塗れになった船はどうなさるの? わたくし、そんな汚れたものを、レスタイナの美しい海に放置しておきたくなくてよ」


 美のお姉さまが眉をしかめた。


 でも、そういう問題でもないよね?


 すると、青みがかった銀の長い髪が美しい、まるで妖精の女王のようなアリアーナお姉さまが、草原に吹く風のように言った。


「ミラージュ、それならわたしが風にお願いして、船を粉々に砕いて仕舞えばいいのではなくて? 海の藻屑にしてしまいましょう」


 粉々!

 巨大なかまいたちで巨大な船を、一艘、粉々に!

 そして、海の藻屑に!


「ガズス帝国の船など、レスタイナ国には来なかった。それでよろしいのではなくて?」


 邪気のない笑顔で、そんな爽やかな声で、おっそろしい発言をするのはおやめください、天空のアリアーナお姉さまっ!



 ……あれ?

 聖女たちのいるうちの国、軍事的にめちゃめちゃ強くない?


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