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ポーリン、冒険する その5

 準備ができたわたしたちは、森の中へと出発した。

 森は危険度によってA区域からD区域に分けられているのだが、わたしたちは比較的弱い魔物しか出ないA区域とB区域は飛ばすことにした。

 

「では、行く」


「はい、お願いするわね、セフィードさん」


「黒影さん、よろしくお願いします」


 自然にわたしをお姫さま抱っこしたセフィードさんが、背中から黒い翼を出した。

 強靭なドラゴンの翼だ。

 わたしを横抱きに抱いた彼は、おやつを食べている時とは違ったキリッとした口元をして空中に飛び上がり、地面がはるか下になった。

 彼が腕に引っかけるロープの先には、一番下にはお菓子のバッグをくくりつけられたわたしの盾があり、その上にはロープの輪に足を掛けたジェシカさんが器用にぶら下がっていた。

 さすがは身軽な斥候職である。


 女性をふたりと、ものすごく重いはずの大盾(そして、大切なおやつ)を持ち上げて軽々と飛んでいる、力持ちのセフィードさんだが、彼いわく『この程度なら羽根のように軽い』のだそうだ。

 さすがは大だこをもぶら下げることができる怪力のドラゴンである、人化した姿でも身体の作りが人間とは違うようだ。


 A、及びB区域の空には飛行する魔物はあまり出てこない。

 出てもせいぜいスズメくらいの、手で叩き落とせそうな小さな魔鳥(食べるところが少ないので落とさないけれど)とか、小さなコウモリ型の魔物(身が硬くて筋張り、美味しくないから捕まえないけど)くらいである。

 これが一番危険なD区域ともなると、ワイバーンというかなり強い魔物が出てくることもあるため、用心が必要だ。まあ、ドラゴンに似ているけれどトカゲ寄りのワイバーンなんて、セフィードさんなら瞬殺だろうけれど。

 あと、ワイバーンのお肉は美味しいし、皮や骨は加工すると良い素材になるので喜ばれるから、むしろ見つけたら喜んで狩らせていただくと思う。


 一番広く、狩りやさまざまな種類の効果を持つ草の採取が行われる新人向きのA区域を越えると、木がまばらに生えるB区域になる。ここは、魔石よりもとれるお肉に価値があるA区域とは違って、魔物がそこそこ強いだけあって良い魔石が取れるので、もう少ししっかりした装備を揃えた中堅のパーティーがちらほら見られる。


 そして、わたしたちはC区域の前に着いた。

 ここから先は森になる。

 ここからが冒険者にとって本番の狩場だ…出てくる魔物も強くなるけれど、力のある魔物からは良い魔石が取れるし、解体した皮や肉や骨や牙も素材として上質なので高値で売れる。

 そして、この森の中では薬剤師に高く売れる植物なども採取できるので、ベテランのパーティーは皆この辺りまでやってくる。何日もかけて目当ての魔物を狩るために、魔物除けの道具を持ってきて野営をしたりもする。

 森を進み、D区域に近づくにつれて、木々には葉が繁り昼間でも暗い雰囲気になってくる。

 こんな場所でもセフィードさんひとりなら、なにも気にせずにどんどん進んでいくのだろうけれど、今日はわたしが一緒なので、余計な危険を避ける。まずは斥候のジェシカさんが先に進み、様子を確かめてから、安全第一で進んでいく。

 このD区域は、本気で危険な場所なのだ。

 本来ならば、わたしのようなか弱い新人女性が来るところではない。


 獣人のジェシカさんは身体能力が高く、素早さや耐久力が優れている。狼なので目もいいし勘もいいので、斥候という役割に最適なのだ。水場を見つけたり、任務中の食料の調達なども得意で、パーティーに斥候がいるかいないかで成功率がかなり変わってくる。

 そして、量を仕留める必要がある駆除とは違い、狩りというのは獲物に気づかれずに奇襲をかけて急所を突いて仕留めるのが基本なので、ワイバーンクラスの相手でなければ戦った時の強さはさほど関係ない。

 冒険者として長く働く秘訣は、命懸けの戦いをしないことなのだ。

 これが、熊系になると、イメージ通りの怪力を持つので、農作業に適している。うちの農作業班のチーフも優しくて力持ちの熊のおじさんなのだ。


 足音をさせずに、ジェシカさんが偵察から戻ってきた。


「この先にスケアルフの群れがいます。どうやらこちらの存在を認識しているようで、10匹ほど向かってきます」


「ありがとう」


 わたしが頷くと、セフィードさんが言った。


「10の群れか。ポーリン、ひとりで行けるか?」


「大丈夫よ、わたしに任せて」


「では、援護に回る」


 セフィードさんとジェシカさんが後ろに下がり、わたしは大盾を構える。

 経験を積むために、スケアルフ程度ならなるべくわたしが戦うようにしているのだ。

 森の奥から唸り声がして、弾丸のごときスピードで走るスケアルフの姿が見えてきたので「こっちよ、わんこちゃん!」と魔物に叫んで、わたしを狙うように誘導する。


「ほら、わんと鳴いてごらんなさい」


 馬鹿にする気持ちが伝わるのか、怒りに燃える魔物のターゲットはわたしに固定された。まんまと挑発に乗ったスケアルフが『グルァーッ!』と叫びながらわたしの方に向かってきたので、わたしは群れに向かって走り、盾を突き出した。

 魔物にもいくらか知性らしきものがあるので、わたしを格下と認定したスケアルフは隙だらけだ。舐めきった瞳でわたしを食い殺そうとする。


「シールドバーッシュ!」


 そう叫ぶと、盾から『燃える闘魂!』といった感じの神聖なる赤い光が溢れ出して、わたしを包んだ。

 魔物たちが異変を感じとっても、もう止まれない。

 わたしが構えた盾に向かって、吸い込まれるように飛び込んできたスケアルフたちは、『ギャウウウーン!』『ギュワアアアーン!』と悲鳴をあげながら吹っ飛んでいく。わたしは盾の角度を調節して、魔物が上手く同じ場所に落ちるようにした。バレーボールで、レシーブしたボールをセッターに集めるような感じでぽーん、ぽーんと重ねていくのだ。

 ちょっと離れた場所に、あっという間に魔物の山ができた。


「さすがです、ポーリンさま。凶暴なスケアルフを一撃で倒し、あっという間に全滅させるなんて。しかも獲物を一ヶ所にまとめてくださるという女性らしい心配りをありがとうございます! 闘神ゼキアグルの化身と呼ばれるだけある素晴らしい闘気でしたね、燃える闘魂に心が震えました」


「あら、畏れ入ります」


 わたしは聖女らしく、上品に微笑んでみせた。


 ジェシカさんはにこにこしながら「まとまっているから作業が楽だわ」とスケアルフを解体して、魔石を取り出してくれた。スケアルフの毛皮は売れるのだけど、今日は調査がメインなのでかなりの大物以外は持って帰らない。残念ながら魔石以外は破棄することにする。

 その脇で、無言のセフィードさんが、地面をガッガッガッと掘ってくれた(ドラゴンの爪って便利よね)ので、そこにスケアルフを落として綺麗に埋めてしまう。


 あ、ちょっと待って。

 今、聞き捨てならないことがあったような気がするんだけど。

 なに、わたしが闘神さまの化身? 闘魂?


「よし、埋め終えた。先に進もう」


 セフィードさんが言うと、ジェシカさんがまた先に行って様子を見てくれた。


「他に魔物の気配はありません」


「ありがとう、ジェシカさん。今日はたいした魔物はいないのかしらね。でも、危険度の高い魔物が生まれて、それを恐れて小物が逃げ出している可能性もあるから、しっかりと調べましょう」


 魔物調査の依頼は、ジェシカさんが大活躍なのだ。けれど、ベテランのジェシカさんでも単独ではここまで来ることができない。前衛を務める攻撃力抜群のセフィードさんと、守ることならパーフェクトな防御担当のわたしがいるからこそ、こうして自由に調査ができるのである。


「そうですね。D区域の奥にある山から、大物が降りてきている可能性もありますからね。ゆっくり進んでいきましょう」


 この山というのが強い魔物が棲みついていて、また難所なのだ。山の向こうには砂漠があり、その向こうには獣人の国があるという。

 

 ガズス帝国のキラシュト皇帝は、自分もかなりの腕を持つ剣士で、武力で各国を攻めて統一してきた。

 まあ、こちらの大陸はわたしの故郷のレスタイナ国が位置する大陸とは違って、強いものが認められる風潮があるということなので、今のガズス帝国内はキラシュト皇帝の人気が高く、なんだかんだ言ってうまくまとまっているらしい。見た目が抜群の男前だし、大剣を振り回す姿が勇猛だし、男性も女性もその心を惹きつけられてしまうようなカリスマ性があるということなのだろう。

 たくましい腕でお姫さま抱っこをされた時には、このわたしでさえ不覚にもドキドキしてしまったくらいだ。


 けれど、そのキラシュト皇帝でも、獣人の多い国に攻め込むことはしない。

 その理由のひとつが、この地形なのだ。

 国を隔てる山にはD区域と同じくらいかそれ以上に強い魔物が棲んでいるし、その向こうはカラカラの砂漠なのだ。もちろん、砂漠にもタチの悪い魔物がいるので、下手に軍隊を出したら全滅しかねない。

 腕力だけではなく頭脳も優れているキラシュト皇帝ならば、やろうと思えばできるのかもしれない。

 けれど、彼は別に全世界を支配しようなどと思っているわけではなく、小さな国々を統一して安定した強国を作りたかっただけなのだ。


「数は力だからな」


 そう言って、帝国に君臨するカリスマ皇帝は笑った。


「人は群れて生きる社会的な生き物なのだ。個々の力は弱くても、皆の力を合わせると大きなことができる。まあ、俺の場合は話し合いなどというまどろっこしいものは使わずに、剣を使って皆を束ねたがな。手段はどうあれ、良い国を作ろうという気概で事を進めれば、国民はついてくるものだ」

 

 青い髪のイケメン皇帝は、そう言って生まれたばかりの息子の柔らかな頬に指で触れた。


「余の子どもや孫たちが安心して暮らせる国を作るために、余はどんな手段を使ってでも国をまとめていくつもりだ」


 まあ、そんなことなので、ガズス帝国には獣人の国ガルセルを侵攻する予定はないらしい。


 わたしたちのパーティー、グロリアス・ウィングは戦力は充分なので、襲ってくる魔物を倒しては魔石を取り出して埋め、D区域を進んでいった。

 やがて、例の危険な山にたどり着いた。この山の半ばくらいまでは調査して欲しいという依頼内容なので、わたしたちはジェシカさんを先頭にして足を踏み入れた。


「偵察してきますね」


 素早い身のこなしで木が生い茂る山道を登っていったジェシカさんは、少しすると難しい表情で戻ってきた。


「この先で、血の匂いがします。それに……獣人の匂いも」


「獣人ですって?」


 顔をしかめて、ジェシカさんが頷く。

 オースタの町で活動する獣人は少なく、ほとんどがジェシカさんの知り合いなので、彼らのパーティーの動きは彼女が把握している。


「オースタのパーティーメンバーではないですね」


「そうすると……まさか?」


「『神に祝福されし村』の者たちのように、ガルセルから亡命してきた獣人の可能性が高いな」


 領主であるセフィードさんが言った。彼は保護欲の強い親切なドラゴンなので、頼ってくる獣人たちは全部村に迎え入れて守るつもりなのだ。


「そうね、ケガが心配だから急いで助けに行きましょう!」


「黒影さん、ポーリンさま、ありがとうございます」


 同胞の危機に向かおうとするわたしたちに、ジェシカさんは頭を下げてお礼を言った。

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