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ポーリン、冒険する その4

「ポーリン……そろそろ盾を受け取って、待ち合わせの場所に行こう」


 あまり会話に参加せず、私の隣でもきもきとサンドイッチを食べていたセフィードさんが、お茶を飲み干すと言った。彼は必要以上に喋らないコミュ障ドラゴンさんなのだが、ドミニクさんには比較的慣れている。たぶん。

 でも、ギルド長室でのおやつタイムでは、たいていはギルド長と会話するわたしの隣りにちょこんと座って、なんとなく話を聞きながら美味しいものを満足そうにもきもきしている。

 今日も安定の、可愛い食いしんぼドラゴンさんなのだ。


 ドミニクさんの話によると、彼は腕は確かだけれど、以前はいつも俯いて顔を隠している上に猫背だし、着ているものは真っ黒で、なんだか暗殺者のような雰囲気だし、他人とはろくに口をきかない無愛想な態度だった。そのため、胡散臭く思う人たちに遠巻きにされたり、下手すると露骨に避けられたりしていたそうだ。

 けれど今は、ドミニクさん曰く「飼い主を見つけて餌付けされたご機嫌なわんこみたいだな、はっはっは」という感じでわたしにくっついて回っているため、このオースタの町にかなり溶け込んできていて、屋台から「黒影さん、いい肉が入ったから嫁さんに串焼きを買っていきなよ!」なんて声をかけられることすらあるのだ。


 あ、あと、セフィードさんの素顔を改めて目にして、女性たちがぽっとなるということも……これはモヤモヤするわね!

 この人はわたしの婚約者ですので、手出しは無用にございますわ。


 サンドイッチを食べ終わってお茶を飲みながら、ドミニクさんが言った。


「おお、もう行く時間か。確か今日は斥候のジェシカと回るんだったか?」


「そうよ。困った魔物が生まれていないか、ぐるっと見てくるわ」


 わたしは「ポーリンの村で、ぜひ美味しい加工肉を作って欲しい」というドミニクさんの勧めで冒険者登録をしてからすぐに、セフィードさんと『グロリアス・ウィング』という名のパーティを組んでいる。

 パーティの主な活動は、わたしたちの村で使う肉の確保だ。

 オースタの町の冒険者ギルドに飾られていた闘神の加護付きの大盾をわたしが試しに持ってみたら、軽々と持ててしまい、闘神ゼキアグルさまに気に入られてしまったらしく、加護までいただいてしまった。

 そのためわたしは、まだ新人だというのに、『豊穣の聖女』でありながら攻撃力がそこそこ高く鉄壁の防御力を持つ大盾使いになってしまった。そして、わたしの腕前を知ったギルド長からは「黒影と組んで、肉以外の仕事も受けてくれると助かる」とお願いされている。

 こんなわけで、グロリアス・ウィングはこの町を代表する強いパーティとなり、ギルド長からの特別な依頼も受けているのだ。


 今日は、魔物狩りを行う冒険者たちのリスクを減らすための、魔物の森の見回りの仕事を受けている。時々異常に強い個体が発生するという、森のかなり奥まで入って調査してくるのだ。

 危険度が高いので、我々グロリアス・ウィングと、時々一緒に組む斥候のジェシカが、ギルド長から指名されて請け負った。

 これは、魔物の討伐とは違って地味だけれど、定期的に行わなければならない大切な仕事だし、ついでに美味しい魔物を数匹倒してお土産にするのもOKなので、わたしとセフィードさんは何度か快く引き受けている。


「ポーリン、今日も美味いもんをありがとうな。ぜひまた頼む。あ、そういえば、お前たちの結婚式はいつやるんだ?」


 ドミニクさんの言葉に、わたしはぎくっとした。


「結婚式、ですか」


「そうだ。アレか、ポーリンは聖女もやってるからなんか結婚式に特別な取り決めとかがあるのか? 俺はそういうのはあんまりわからんのだが、挙げるつもりがあるんなら、早いとこ式は挙げといた方がいいぞ。冒険者なんて職業は、いつなにがあるかわからんからな」


「待ってください、わたしの本業は冒険者じゃなくて聖女の方なんですけど」


 そうなの、わたしは『豊穣の聖女』としてのお務めが1番のお仕事なの。決して『猛牛殺し』の方ではないのよ。


 そして、冒険者の黒影さんはドラゴンの姿にならなくてもSSランクの凄腕なので、なにかあるとも思えない。


「聖女の仕事が牛を吹っ飛ばすことか? まあポーリンが気にしないのなら、結婚式は別にいいんだろうがな。女ってそういうのにこだわるって聞いたことがあるから」


「……そうなのか?」


 上目遣いのセフィードさんが、ぼそりと尋ねた。


「そうだぞ。女は綺麗な格好をしてみんなに祝われて、男は『他の女に目移りしたらボコボコにされるぞ』って脅される儀式だ」


 ドミニクさん、あなたの結婚式ではなにがあったの?


「女は結婚式を挙げたがる……つまり、ポーリンも……」


 セフィードさんは、そう言いながらわたしをチラッと見た。

 せっかくのイケメンなんだから、正面からがっつり見つめてもいいのに。


「そりゃあね。一生に一度のことですからね。わたしだって、ウェディングドレスを着たいなあ、なんてことは思うけれど……」


 わたしは言葉を濁した。

 だって、確かにわたしは奥方さまとしてセフィードさんのお屋敷に住んでいるし、彼とは婚約しているんだけど。


 ……わたしたちはまだ、キスしただけの関係なのよね。

 しかも、最初は大だことの戦いのために、セフィードさんに神さまの加護を渡した時で、2度目はセフィードさんからの、夜の川辺のプロポーズ確認の時よ。

 それ以来は、甘い雰囲気になんてならないから、あのプロポーズは夢だったのかしら? なんて思ってしまうけど。

 結婚式、かあ……。

 わたしはちらっとセフィードさんを見て、彼が白いタキシードを着た姿を想像した。

 ヤバい。

 にまにましてしまう。

 わたしは両手で熱くなった顔を押さえた。


「どうした? 歯でも痛いのか?」


 んもう、デリカシーのないドラゴンね!




 わたしたちはギルド長の部屋を出ると、冒険者ギルドから少し離れた所にある防具屋に行った。

 そこにはわたしの『闘神ゼキアグルの盾』を預けてあるのだ。

 武器や防具は、使ったらきちんと手入れをしなくてはいけない。『闘神ゼキアグルの盾』は神さまの祝福が付与された盾だけど、やはり『物』なので手入れは必要なのだ。そこで、防具屋と契約をして毎回預かってもらっているのである。

 防具屋の方も『闘神ゼキアグルの盾』を店内に飾っておくのは信用がある店だという証だから、喜んでくれている。

 ちなみにこの盾は、闘神に認められた者……すなわち、わたしにしか使えない盾なので、盗難に遭うこともない。さらに、この盾の表面には、ゼキアグルさまの名前が彫刻されているのだ。こんな畏れ多い盾を盗んだりしたら即座に天罰が下るだろうから、誰も手を出そうとは思わないだろう。


 あ、何度も言うようだけど、わたしは『豊穣の聖女』ですからね!

 冒険者はアルバイトのようなものだし、まだ『闘神の聖女』だという正式な信託は受けていないのよ、本当よ。




 聖女服に盾を持っただけのわたしと、黒ずくめの服装で武器を持たないセフィードさんという、冒険者にしては身軽な姿のわたしたちは、斥候という、いわば偵察のプロ職のジェシカさんと待ち合わせている『ハッピーアップル』というカフェに向かった。


 ええ、この店はわたしがプロデュースして出している、アップルパイの専門店なのよ。味はもちろんとびきり美味しいし、カフェは男性にも気軽に入りやすいカジュアルな雰囲気だから、デートの待ち合わせなんかにもよく使われているわ。

 そうだわ、ドミニクさんのアドバイスを取り入れて、今度メニューにサンドイッチを加えなくっちゃね。


「あっ、ポーリンさま!」


 店に入ると、狼の獣人であるジェシカが手をあげて合図をした。

 このスレンダーな美女は腕利きの斥候で、わたしたちの『神に祝福されし村』の人たちと知り合いなのだ。


 実は、この獣人たちで構成された村には秘密がある。

 村人となった彼らは、遠く離れたガルセル国から逃げ出してきた亡命者なのだ。

 この村はガズス帝国の一部なのだが、元々『神に見放されし土地』と呼ばれる神様の恵みが届きにくい場所にあり、帝国の人々に認識されていなかった。

 そこへ、世捨て人のようなセフィードさんが住み着き、彼のドラゴンとしての覇気を嫌って強い魔物が逃げて、そこそこ安全な場所になったところに獣人が集まって村ができたのだという。

 わたしがやってきて神さまにお祈りしてからは、心優しい獣人たちの信仰心が育ったこともあり、今では『神に祝福されし村』となったのだが、やっぱりキラシュト皇帝もこの村の話をすぐに忘れてしまうし、オースタの町の人々がやってくることもない不思議な村のままなのだ。

 神さま公認の隠れ里、ということなのだろうか。


 そして、ジェシカさんもやっぱりガルセル国から逃げてきた女性で、彼女は才能を生かして冒険者となり今日に至っている。村の女性たちが働く『ハッピーアップル』がオープンして、この店で同郷の人々と再会したジェシカさんは、涙を流して喜んでいて、今はこの店の常連なのだ。


「ジェシカさん、今日はよろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 動きやすそうな装備の彼女は、わたしに頭を下げた。


「そろそろ大物が生まれていてもおかしくない時期なので、D区域は要注意です……と言っても、黒影さんとポーリンさまの敵ではありませんけどね。そうそう、もしかすると、スリーテールビルが見つかるかもしれませんよ」


「あら、それは耳寄りの情報だわ! 見つけたらぜひゲットして、うちの村に持って帰らないと」


 森には、なかなか手強いツインテールビルという魔牛がいて、このお肉はとても美味しいのでうちの村の加工肉の材料にしているのだ。そして、スリーテールビルともなると、巨大なツインテールビルの倍以上も大きく、お味はそれ以上に美味しいらしいのだ。

 ツインテールビルでさえ、かなりのいいお肉の牛で、食べると力が湧いてくる。強い魔牛であるため本来ならばそう簡単に倒せないから、干し肉にするといい値段で売れる。

 スリーテールビルともなると、高級な中でも最高級の貴重なお肉なので、なかなか手に入らないのだが、どうやらチャンスが巡ってきたようである。

 ギルドへの報告は、魔物の体内から取れる魔石を見せればいいから、もしもスリーテールビルが狩れたらそのまま村に持ち帰ってしまおうと、わたしは心を弾ませた。


 ご機嫌のわたしを見て、ジェシカさんは「……そのいい笑顔、さすがポーリンさまです。普通の冒険者なら、スリーテールビルが出るなんて聞いたら恐怖で顔を引き攣らせるのに」と笑った。


 ふふふ、美味しいもののためならどんな障害も体当たりで粉々にしていく、『豊穣の聖女』ですからね。美味しいお肉ちゃん、待っていらっしゃいな!

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