ポーリン、冒険する その3
しばしの空の旅をしたわたしたちは、オースタの町の入り口に降り立つと、いつものように門番さんに籠を預けることにする。
「こんにちは。お役目ご苦労さまです」
「いらっしゃい、聖女さん」
わたしが挨拶すると、ちょいちょい美味しい物を差し入れしているせいか(もしかすると、最近彼女ができて機嫌がいいせいかもしれない)門番の若者たちが笑顔で出迎えてくれた。
「今日はどんな用事なんだ?」
「冒険者ギルド長からの指名依頼よ。魔物の調査に行ってくるわ」
「そうか。聖女さんも立派な冒険者になったもんだな」
「わたしは盾を持ってくっついて回っているだけよ」
「いやいや、その盾が普通じゃないからな」
門を通してもらったわたしたちは、今度は冒険者ギルドの建物に向かうと、受付カウンターの顔見知りの若い女性が声をかけてくれた。
「ポーリンさん、黒影さん、こんにちは。お待ちしてました、こちらにどうぞ」
「ありがとう。これ、よかったら皆さんで召し上がってね」
「まあ、嬉しいです。いつもありがとうございます」
受付嬢は、レーズンと干しりんごを焼き込んだパウンドケーキを笑顔で受け取った。
わたしはギルドに来る時には、たいてい美味しいお土産を渡している。
ギルドの受付嬢に案内されて、ギルド長室に入った。
わたしたちは『神に祝福されし村』の領主夫妻という立場だし、セフィードさんは数少ないSSランクの冒険者なので、一般のカウンターは使わずにギルド長から直接仕事を依頼されることが多い。
「ドミニクさん、こんにちは」
「おう」
筋肉ムキムキの元冒険者であるギルド長のドミニクさんは、わたしたちの姿を見ると手早く机の上を片付けた。
「これはうちの村で作った干し肉よ。こんな感じの仕上がりにして、これが量産できるようになったらこの町でも売り出すつもりだから、味見をして頂戴な。保存用に濃い味付けにしてあるから注意してね」
わたしはドミニクさんに、試作の干し肉を渡した。
うちの村の近所にも森があり、ツインテールビルを始めとする魔物が出るので、狩りができるのだ。そこで手に入れた肉は村の食糧となっているのだが、『多めにとれた分を干し肉に加工して売れば、村の特産品になるのではないか』というアイデアをドミニクさんから貰ったので、実現に向けて試行錯誤している。
「おお、できたのか。美味そうじゃないか、さっそく後で食べてみよう。アップルパイの店は順調なのか?」
「ええ。ティールームもオープンして、毎日賑わっているわ」
ポーリンプロデュースで、村で取れたとびきり美味しいりんごを使ったアップルパイのお店をオースタの町に開いたのだ。素朴だけど美味しいアップルパイは、毎日食べても飽きないと町の人たちに喜ばれ、売れ行きが好調なので、併設してティールームも開いた。
ちなみに、ギルドの受付嬢に渡したパウンドケーキは、新作としてこの店で売り出そうとしているものだ。ここで働く人が食べて、美味しいと話題にしてもらえるといい広告になるのである。
わたしがギルド長のドミニクさんと話している間、セフィードさんは壁を背に(どうしてもすみっこに行きがちなのだ)して黙ってこちらを見ている。
「……どうしたの、ドミニクさん?」
ギルド長が眉をひそめてわたしを見たので、不審に思って尋ねた。すると彼は失礼なことに「干し肉をたんまり試食しすぎたのか? 一段と大きくなってるぞ、ポーリン」とのたまった。
「なんですって? このわたしが干し肉ごときで太るはずがないじゃない……って、太ったの、わかる?」
「そりゃわかるに決まってるだろう」
「そう……」
わたしはぽっちゃりしたおなかを見下ろした。
うわあヤバい、胸より前に出てるわ。
毎日前にも横にも少しずつ盛り上がってきたから、気がつかなかった……。
「干し肉作りの研究のためにツインテールビルを狩ったから、ステーキにぴったりの霜降り部分がたくさん手に入ったのよ。ほら、干し肉は傷みにくくするために赤身を使うでしょ? だから霜降りの部分が余るのよね。で、いい感じにサシの入ったお肉を焼いて、お腹いっぱいに食べていたら……」
「こんなになったと」
指をさされてしまった。
村では連日のステーキ祭りが開かれたのよ。
みんなと楽しく食べていたのに、どうしてだかわたしだけが、この通り丸くなってしまったの!
ねえ、どうして獣人のみんなは太らないの?
引き締まった身体のままなの?
「どうせポーリンのことだから、料理して、食って、料理して、食ってたんだろ。『豊穣の聖女』だから一番脂の乗った美味い部分を薦められて、腹いっぱい食ってたんだろ。でもって畑仕事は全然してなかったんだろ」
ギルド長の言葉に、わたしはむうっとほっぺたを膨らませた。
「……その通りだけど」
「ま、太るわな」
うわーん、ドミニクさんにハートをサクッと斬られたわ!
「エネルギーの消費の多い獣人と同じ量を食べるのがまずおかしいし、食べた上に身体を動かさなかったというならそりゃあコロッコロにもなるだろうさ」
うわーん、さらに斬られたわ!
わたしのハートは木っ端微塵のミンチ状態よ!
「まあでも、『豊穣の聖女』のポーリンはいくら太っても健康に問題はないんだから、いいんじゃないか?」
「それはそうだけど」
「万一森で迷って食べ物が見つからなくても、それだけ身体についてりゃ長いこと生き延びられるぞ」
「迷わないし!」
ラクダのコブじゃないんだから!
乙女心が理解できないギルド長の言葉を聞き、わたしはさらにぷうっと膨れた。
「全然問題ない。ポーリンはまだまだ軽いし、可愛い」
背後に立つセフィードさんがぼそりと呟いたので、ドミニクさんは「旦那がああ言ってるんだから、いいじゃねえか」と言った。
よかったわ、可愛いんですって。
セフィードさん、大好き。
でもね。
セフィードさんは怪力のドラゴンだから!
大岩も持ち上げちゃうんだから!
『軽い』のレベルが違うのよー。
「……でも、これから魔物狩りに行くでしょ。いい運動になるから、きっと痩せると思うの」
わたしはそう言いながら、机の上にバスケットを置いた。
「おい、なんだこれは?」
「任務の前の腹ごしらえよ。ディラさんがサンドイッチを作ってくれたの。手作りのハムとトマトが挟まったとても美味しいサンドイッチと、森で摘んできたベリーを煮て作ったジャムとクリームチーズが挟まったとても美味しいサンドイッチなの。うふふ、わたしが作るものはみんなとても美味しいのはご存知の通りよ。でも、このふたつは特に、辛い、甘い、辛い、甘いで、もう止まらない美味しさなんだから」
これから森の中をさまよって魔物の生息調査をしなくちゃならないから、しっかりと腹ごしらえをしておく必要がある。
「お前さんは、こういうのがまずいんじゃないのか?」
「まずくないわ、美味しいの。じゃあ、ドミニクさんはお茶の手配をお願いね」
「お願いね、じゃねえぞ。毎度毎度、なんで俺の机で食うんだよ」
「美味しいものを分けてあげるんだから、文句を言わないの」
「そういう問題じゃないんだがな……俺、ギルド長だぞ?」
「わたしは『豊穣の聖女』ポーリンよ?」
「ぐぬぬぬ」
なーんて、ドミニクさんが文句を言うのもお約束なのよね。
現場にもちょいちょい顔を出す、フットワークの軽い体力勝負のギルド長は、お腹のすくお仕事なのよ。いつもわたしの差し入れをぺろりと平らげてくれるわ。
その時、ドアがノックされて、3人分のお茶が届けられた。どうやらバスケットを抱えているわたしを見て『今日もおやつタイムに飲み物が必要だな』と気を利かせてくれたようだ。冒険者の権利を守る冒険者ギルドの職員は、なかなかのキレ者のようだ。
「職員教育がしっかりできているみたいね」
わたしは職員用のサンドイッチをバスケットから取り出すと「これも皆さんで召し上がってね」とお茶を持ってきてくれた青年に手渡した。彼は嬉しそうに会釈して、扉を閉めた。
「おう、ありがとう。うちの奴らはすっかり餌付けされてるよなあ……俺もだけど。まあ、ゆっくり食ってくれ。どれ、味見させてもらおうか」
なんだかんだ言いつつ、食べっぷりがいいギルド長は素早くサンドイッチに手を伸ばした。そして、ひと口かじってもぐもぐごっくんしてから「くううううーっ!」と顔をくしゃくしゃにした。
「どうしたの? 辛子が効きすぎていたのかしら」
「んんんんんんんんんまい! 美味いなこれは! なんだ、なんて食べ物だって言ったっけ?」
「サンドイッチ、よ」
そう、サンドイッチはこの世界ではまだ普及していない。これはわたしがディラさんに頼んで作ってもらった特注品なのだ。
しかも、ハムは森で捕まえた豚(ちょっと、共食いじゃなくてよ!)を捌いて良い香りのする木で作ったチップで燻した村独自のジューシーな手作りハムだし、トマトも太陽の光と神さまのお恵みをたっぷり浴びてできた味の濃いとびきりのフレッシュトマトだし、パンだって『神に祝福されし村』で育てて粉にした小麦粉をこねて石窯で焼いたもちっとしてコクのある強い味のパンなのだ。
控えめに言って『絶対美味しいやつ!』なのである。
ちなみに、ジャムとクリームチーズが挟まった方は、ふんわりして甘みのあるおやつっぽいパンにしてある。
「聖女さんや、これもあんたの開発した新しい食べ物なのかい?」
両手にサンドイッチを持ったドミニクさんが尋ねたのでそうだと答えると、彼は「できるなら、これもアップルパイの店で出すといいぞ」と言った。
「あら、そう? なるほど、男性の口に合うみたいね」
「ああ、ちょっと摘むのにいい食べ物だから、パイが苦手な男もこれならいけると思うぞ。って、ここは冒険者ギルドなのに、なんで俺は商売のアドバイスばかりポーリンにしてるんだろうなあ……美味いなあ……これは、美味いもんを持ってくるポーリンのせいだろうな……こっちも甘すぎなくて美味いなあ……」
ドミニクさんは、わたしのサンドイッチを遠慮なく食べて、ふうっ、と満足のため息をついたのだった。