ポーリン、冒険する その2
「ポーリン、そろそろ出発しよう。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
仕事用の黒装束に身を包んだセフィードさんは……今日もカッコいい。
はあ、ヤバい。
家畜用の籠に片手を置いて、ちらっとわたしを見る姿は……尊い。
照れる!
乙女心が『いやーん♡』ってなっちゃう!
このセフィードさん、つまりわたしの婚約者は、実に見た目が良いのだ。
以前は、顔も含む身体の半分を、封印のための痣やひきつれで覆われていたし、自分のことを呪われたドラゴンだと思い込んでいた彼は常に人目を避けて行動していたから、あんまり素顔がわからなかった。
おそらく彼の好きな言葉は『物陰』とか『すみっこ』だったろう。彼はいつも、物陰からそっとわたしを見守っていてくれた……え、待って、ストーカーではないのよ?
そして、そんな彼を引きずり出して用事を言いつけ、なるべく他の人と関わらせようとするのがわたしのお仕事だった……違うの、下僕扱いではないの。
しかし、封印が解けて元の姿を取り戻したセフィードさんの顔は、正面から見て衝撃を受けない者はいないのではないかというレベルで美しかったのだ。
その肌ときたら白磁の如く透明感に溢れ、うら若き乙女の柔肌のようにすべすべ滑らかで、赤い瞳は宝石のように澄んで美しい輝きを放っているし、鼻筋はすっと通って高く、少し薄めの唇も綺麗に整っている。
まあ、ひとことで言うと『めっちゃくちゃとんでもなく美形』ってこと。
さすがは美しさを価値の基準としてきたドラゴン一族の中でも特に美貌だと言われた、ドラゴンの王子さまである。
その上彼は背が高く、身体は筋肉質でありながらスリムなので、若い男性として大変魅力的なのだ。
もしも日本に連れて行ったら、全世界のスーパーアイドルになっても不思議ではないほどに凛々しく美しい青年なのである。その手にエレキギターを持ってステージに立ったら、悲鳴をあげたバンギャが大口を開けたまま失神するほどのカッコよさである。
たとえギターを弾けなくてもね。
しかし、セフィードさんの真の素晴らしさはそこではない。
まず彼は、可愛いのだ。
セフィードさんは、自分の屋敷の近所に村ができたと知ると、土が痩せていて作物が育ちにくい土地に住む村の人たちが飢えないようにと、冒険者として出稼ぎに行っては報酬で食べ物を買い込んで、持ち帰ってくる親鳥のような人なのだ。
誰に頼まれたわけでもないのに、せっせと食べ物を運んできて「んっ」と渡すと去っていくセフィードさんは、村の人たちにものすごく愛されている。
そんな見た目はクールなのに優しくて思いやりがあるドラゴンさんは、最近人に懐き始めている。
わたしに餌付けされたのが発端だ。
今までは、あまり村とは関わらなかった(というか、村の人たちとどうコミュニケーションをとっていいのか知らなかった)セフィードさんなのだが、今はわたしにくっついて村の中を歩き回り、やっぱり無口にお手伝いに参加して、焼きたての大好物のアップルパイを受け取ると『ぱああああーっ!』と顔を輝かせてすみっこの方に行き(ああ、やっぱり今もすみっこが好きだったわね!)両手で大切そうに持ってもきもきと食べている。
口の端っこにかけらをつけて、食べている。
イケメンなのに!
くっつけてる!
彼に新作のおやつを渡すと、村の食堂のテーブルの端っこに座って、もきもきと食べる。
そして、気にいると口の端っこが少し持ち上がって、ひっそりと笑顔になっている。
お手伝いをしてくれた時に褒めたりすると、「ん……」と言って照れる。
ぽっと頬を染めて、ひそかに照れる。
ヤバい、可愛い、尊い。
見た目がイケメンなのに、オレさまにならずに、目立たないようにちょっぴり猫背になりながらすみっこにちんまりと座って、村の活動に参加できたとひっそり喜ぶドラゴンさんとか……最強すぎだろう! 萌えが溢れすぎてる! とわたしは天に叫びたい。
他人との関わりが苦手なコミュ障ドラゴンさんだけど、実はとても親切なことを知っている村の人たち(子どもたちを含む)は、そんなセフィードさんをそっと見守り「うちの領主さまは可愛すぎだろう……」と萌えている。
というわけで、彼を見るとついついわたしの鼻息がふんかふんかと荒くなってしまうのだ。
「どうしたんだポーリン、もうおなかがすいたのか? ディラ、おやつと軽食を……」
彼はわたしの鼻息の意味を勘違いしている。
無表情の(彼は長い間他人との関わりを避けていたので、表情筋のお休み期間が長く、あまり仕事をしないのだ)セフィードさんが出す指示を、ディラさんが遮った。
「旦那さま、籠いっぱいにおやつとサンドイッチを積んでありますよ、このあたしに抜かりはないっすから! 足りない分は、旦那さまが町の屋台で買って奥方さまにあーんしてやってくださいよ、旦那さまの務めっすからね、ヒューヒュー、お熱いねー、このこのーっ!」
「あーん、か。なるほど……あーんは務めなんだな……」
彼は頭の中にディラさんの言葉を刻み込んでいるようだ。
って、セフィードさんは素直すぎるし!
ディラさん、純真なドラゴンさんに変な教育をするのはやめて!
「ディラ、自分の主に向かってその口調はよしなさい」
イケメン家令のグラジールさんが、失礼メイドをいさめてくれた。
「それよりも、さっき不幸な事故で二階の廊下に置いてある花瓶が崩壊してしまったので、そのあと始末を……」
グラジールさん、また割ったんかい!
わたしは心の中で突っ込んでしまった。
ディラさんは、グラジールさんの言葉の途中で叫んだ。
「うええええー、嘘でしょ? あんたが壊せないように、すんごく重くて安定感がある花瓶をわざわざ帝都から取り寄せたっていうのに、絶対にぶつからないようにって、あたしが広い廊下の隅っこに置いたのに、グラジール、あんたまさか、あれを、やっちゃったわけ?」
「ふ、不幸な、事故、だから」
グラジールさんの声は震えていた。
「あー、やっちゃったんだね……まだ買ってひと月経ってないのにさ……」
この、銀のサラサラ髪が美しい、白皙の美貌を持つ家付き妖精であるグラジールさんは、果てしない粗忽者なのだ……家付き妖精としての使命を果たせないほどの。
とにかく、物が壊れる。
瓶を渡したら、間違いなく割れる。
割らないように全力で気をつけても、うっかり転んで割れる。
うまく置けたと思うと、テーブルを蹴飛ばしてしまい、落ちて割れる。ついでにテーブルの脚も折れる。
そのため、このセフィードさんのお屋敷には花瓶だの置物だの絵だのという装飾品を置くことができない。
先日などは、とうとう、カーテンを開けようとして破いてしまった。緑の髪が艶やかで美しい妖精のディラさんに「頼むから、あんたはもうなんにも触らないで!」と叱られてしょんぼりする姿はかわいそうだったのだが、カーテンのみならず窓まで勢いよく引いて壊してしまった時には、もうフォローのしようがないわ……と諦めた。
ちなみに、ディラさんは見た目とは違ってものすごく器用なので、カーテンは綺麗に繕い、蝶番がねじり切られた窓も元通りに直してくれた。素晴らしいメイドである。
発言は失礼だけど。
絶対に壊されないように細心の注意を持ってディラさんに置かれた花瓶を『崩壊』させてしまったグラジールさんが、小さな声で言い訳をした。
「その、埃が積もっていたような気がして……少し磨こうとしたのですが」
「埃なんか積もってるわけないっしょ、このあたしがピカピカに掃除してるんだからさ! わかったわ、あんた、家付き妖精らしい仕事がしたくなっちゃったんでしょ?」
今日もしょんぼりするグラジールさんは、家付き妖精の本能で、家の手入れをしたくてたまらないのだ。
しかし気の毒なことに、あまりにも不器用すぎて、手入れをするとそれ以上に家が壊れていくという哀しみを背負っている。
「……わかったよ、大丈夫、あたしが片付けてやるからもう触っちゃダメだよ。あと、奥方さま、町に出たら鋼鉄の花瓶をひとつ、買ってきてくれない?」
「鋼鉄……ええ、探してみるわ」
うん、鋼鉄ならば、グラジールさんでも割ることはできないものね。
売っているかどうかが問題だけど!
というわけで、わたし専用の旅行用の籠(元々は豚を運んだ家畜籠だけど、なかなか乗り心地が良いのだ。ディラさんがいろいろデコってくれたから今は家畜籠っぽさはかなり薄まっている……と思いたい)に乗り込んで、いつものようにセフィードさんに運ばれて、オースタの町の冒険者ギルドにやってきた。