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おまけ話 みたらし団子を作りましょう

「今日も平和でごはんが美味しいわ」


 サラダもベーコンもジャムとクロテッドクリームを添えた焼きたてのスコーンも野菜たっぷりのスープも、そして食後のフレッシュジュースも、ぜーんぶ美味しかったので、わたしは満足して口元を拭いた。


「ごちそうさま。今朝もとっても美味しかったわ。いつもありがとうね、ディラさん」


「うひひひひ、今日も完食っすね! さすがはこのあたし、奥方さまの好みの把握に抜かりはないっすよ!」


 美人なのに顔をくしゃくしゃにして笑うディラさんがピースサインを出したので、わたしも「ええ、抜かりはないわね!」ピースサインで応えた。


 メイドのディラさんは、彼女自身は食事の必要がないバンシーという妖精なのだが、わたしのために料理に挑戦してくれているのだ。元々が手先が器用で凝り性なので、日に日に料理の腕を上げているため、彼女の料理を食べるのがわたしの楽しみになっている。


 今朝も心づくしの朝食を満喫した後、婚約者であるセフィードさんに言った。


「セフィードさん、今日は町へ買い物に行きたいんですけど……」


「食べ物が足りないのか?」


 サラサラの黒髪に透明感のある肌、そしてルビーのように輝く赤い瞳を持つドラゴンの末裔は、昨日わたしが焼いたアップルパイを両手で持ち、もきもきと口を動かしながら言った。

 ドラゴンなので彼も食事の必要はさほどないのだが、わたしの作る料理やお菓子が大好物になってしまい、嬉しそうに食べてくれる。


「……お口の中が空になってからお話しましょうね」


 うっかり『いい子だから』とつけそうになり、慌てて言葉を飲み込む。わたしは孤児院育ちで『ポーリンお姉ちゃん』として(お母ちゃんじゃないわよ、お姉ちゃんよ)歳下の子どもたちのお世話をしていたから、ついついマナーに疎い冒険者のセフィードさんにも指導をしてしまいそうになるのだ。


 彼は手にしたアップルパイを少し下げ、もきもきしながら頷いた。彼にはアップルパイを手放すという選択はないようだ。


(ふぐううう、可愛い! 超美形なのに可愛いとか、神かよ!)


 あまり表情のないセフィードさんなのだが、美味しいものを食べていると目尻が少しだけ下がって、ほっぺたが赤くなる。

 かなり可愛い。

 朝から可愛い。


 わたしは右斜め下に顔を向けてバレないようにこっそりと萌え、それから心の中で『神さまを引き合いに出して申し訳ございません』と天に謝った。

 

 わたしの婚約者は、諸事情でずっと身体の半分がまだら模様だったのだが、最近それが(神さまのお恵みのおかげで)綺麗に治って、今は単なる『神々しいほどの超絶ものすごい美青年』となってしまった。

 あ、単なるとは言わないかな。

 とにかく、美しい顔立ちをしてすらりと背が高い、ロックバンド系アイドルとしてデビューしたら山ほど貢がれそうなくらいのワールドワイドなカッコよさなのだ。


 いまだにコミュ障気味だし、用事があっても目で語るばかりであんまり喋らないし、表情筋は相変わらず仕事をしていないけれど。

 いや、表情筋はむしろこのまま仕事をサボっていて欲しい。

 この美女も裸足でランナウェイするような顔でにっこりと笑われたりしたら、わたしはその場で腰を抜かす自信がある!


 わたしは息を整えてから言った。


「あのね、足りないのは食べ物ではなくて、お醤油なのよ。今度は樽で買って来ようと思うの」


 ガズス帝国で大だこを狩った時に、こんがり炙ってお醤油をかけた焼きだこが大好評で、瓶で買ったものはもう残りわずかになってしまったのだ。

 ディラさんにはぜひ和食にもチャレンジして欲しいし、村にもお醤油ファンが増えているので、何樽かゲットしたいのよね!


「……わかった。じゃあ、町へ行こう」


「お醤油を買うから、籠で行きましょうね」


「え?」


 お口ぽかんのドラゴンさんの可愛さといったら……いやいや、聖女ポーリンよ、落ち着くのだ。


「奥方さまの専用の家畜籠っすね! しっかりデコって消臭もしてありますからバッチリっすよ! セフィードさまとしたらこう、お姫さま抱っこして行きたいところでしょーけどね、ヒューヒュー!」


「ディラさん、ヒューヒューはやめましょう。あと、『家畜』つけるのもやめましょう。セフィードさんは、あからさまにがっかりするのはやめましょう」


「……」


 上目遣いでじとっと見てくるドラゴンさん、かわゆす!





 と、いうわけで。

 町に買い物にやってきた。


「お醤油を樽で3つくださいな。……あら、この粉はもしや、米粉かしら」


「さすがはポーリンちゃん、可愛いだけじゃなくて目もいいな! それは米の粉さ。そら、それがサラッとしたやつで、こっちがもちっとしたやつだよ」


 お兄さんが威勢よく言った。

『可愛い』と言ったあたりで、ちょっぴりやきもちを焼いたドラゴンさんがわたしの背後にぴったり貼り付くのもデフォルトである。


「もちっとしたのもあるのね!」


 日本で言うなら、上新粉に白玉粉ね。


「両方ともくださいな」


 もちろんゲットよ!


「セフィードさん、この米粉を使って美味しいお団子を作りますね。お醤油を使った甘辛のタレをつけると、元気が出るおやつになるのよ」


「……新しいおやつ」


 ドラゴンさんの顔が、微妙に嬉しそうになる。

 可愛い。

 尊い。


「黒影さんは幸運だなあ、こんなに可愛い奥さんに美味しいものを作ってもらってさ! あー、羨ましいねえ」


 なにも言わずにこくこくと頷くドラゴンさんを見て、お店のお兄さんはにこにこした。





「というわけで、みたらし団子を作ります!」


「はーい!」


 買い物が終わったわたしたちは、『神に祝福されし村』に飛んで行っておやつ製作部員を招集した。

 少し離れたところでは、おやつ味見部員たち(村の子どもたちで構成されている)がワクワクしながらわたしたちを見守っている。ちなみに、そこにはセフィードさんも加わっている。

 ……彼は一応、この村の領主なんだけど……ま、いいかな。

 村の大人と話すよりも子どもたちと話す量の方がずっと多いし。


 さて、今日の材料は、米粉にお醤油、砂糖、そして同じ店で買ってきた葛粉だ。葛の根っこからとれるでんぷんがこの世界では普及していて、むしろじゃがいもから取れる片栗粉の方が少ないのだ。


「こっちの赤い印の袋がもちっとした米粉で、青い方がサラッとした米粉なのです。これを半分ずつ混ぜます」


 わたしは米粉をボールにあけて混ぜて、少しの砂糖を加えた。そこに水を加えて練っていく。


「ひと口大にちぎって丸めて、お湯で茹でますね」


 お馴染みのお団子の出来上がりだ。ふたつの米粉を混ぜたことにより、もっちりとした仕上がりになる。


「あらかじめセフィードさんが作ってくれた串に、茹で上がったお団子を3つずつ刺して、火で炙ります。軽く焦げ目がつくことで、香ばしい風味になるのです」


 串の作製者を讃える声が上がり、少し照れながら片手を上げて、セフィードさんが応えた。


「お団子を焼いている間に、みたらしダレを作りますね」


 わたしは鍋にお醤油、砂糖、水、葛粉を入れた。葛粉は絶対に水から混ぜないと、だまだまになってしまうので要注意だ。

 材料がよく混ざったら、鍋を火にかけてかき混ぜ続ける。やがて白っぽかった鍋の中が透明になり、ぷつぷつ沸いてきたら、とろりと滑らかなみたらしダレの出来上がりだ。


「さあ、焼けたお団子にタレをつけて、いただきましょうね」


 こんがりと焼けたお団子にみたらしダレをつけて、ぱくりとほおばる。


「まあ美味しい! もっちもち!」


 口の中で甘辛くて優しい味のみたらしダレが広がる。


「うわあ、うわあ!」


「すごく美味しいおやつだね!」


「わたし、この味はとても好みだわ」


 子どもにも大人にも大人気である。


「……」


 ドラゴンさんは両手に串を持ち、もきもきと無言で食べている。片手の串の団子がなくなると、子どもが新しい串を持たせるものだから、わんこ蕎麦ならぬわんこ団子状態だ。

 わたしの作るものに対して食欲旺盛なドラゴンさんのことを、みんな面白がっているのだ。

 愛される領主のセフィードさんは、コミュ障だけれど、村ではとても楽しそうに過ごしているので微笑ましい。


 たくさんみたらし団子を作ったので、農作業をしていた大人たちも狩りに行っていた者たちも、たっぷりのおやつを食べることができた。


「うちでお留守番をしているグラジールさんとディラさんにも、お団子を届けて……グラジールさんに、串に気をつけるように言わなくちゃ」


 家令を務めてくれているグラジールさんは、『家付妖精』という家事が得意なはずの妖精なんだけれど、とんでもなく不器用なのだ。とんでもなく美形だから釣り合っているのだろうか?


 彼の分は、串でケガをしないように、外してから出すようにディラさんに頼もうかしら。


「……王都が近ければ、ロージアさまにも食べさせたいんだけどな。みたらし団子は妊婦にも良いおやつなのよね」


 そんなわたしの呟きを聞きつけた耳の良いドラゴンさんは「……俺が届ける」と言った。


「セフィードさんでも半日かかるから、大変よ?」


「いや、ポーリンと行く時よりもずっと上空の、空気が薄くて寒い場所を飛べば、あれよりも短時間で着くから大丈夫だ。団子が冷たくなるかもしれないが……」


 おお、ドラゴンジェット便なのね!


「布でくるんで、食べる時に炙ってタレをつけるように言ってもらえるかしら? 説明のお手紙も書くわ」


「そうしてくれ」


 


 詳しい手紙を付けたのは正解だった。

 セフィードさんは、ものすごい勢いで上空を飛びガズス帝国の宮殿に着くと、キラシュト皇帝のいる部屋のバルコニーに着陸して、出てきた皇帝に直接みたらし団子の入った包みを「んっ」と手渡し、そのままUターンして帰ってきたのだ。


 なんというコミュ障っぷりなの! 

 一国の皇帝に向かって「んっ」だけよ?

 さすがの皇帝もお口ぽかんになっていたって、あとから来たロージアさまのお手紙に書いてあるわよ!


 でも、みたらし団子はとても美味しくて、夫婦で仲よく食べたって書いてあるから……ま、いいかな。

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