大団円
大だこは、すべて茹で終えた。
じゃなくって。
ガズス帝国を襲った災厄は、ドラゴンの姿を取り戻したセフィードさんの力で払い除けることができた。
そして、幸運なことに、わたしを探してレスタイナ国から『戦の聖女』アグネッサお姉さまと『天空の聖女』アリアーナお姉さまがいらしていたため、けが人は出たものの皆、即治療された。おまけに大だこバーベキューを楽しんで食べたせいで、あっという間に回復して、結果的には死傷者ゼロという結果に終わった。
どうやら、わたしがお預かりしていた神さまの加護を、一時的とはいえセフィードさんに渡していたため、彼が仕留めたたこは、豊穣の神さまの祝福をいただいていたらしいのだ。
ただでさえ栄養満点で、疲労回復効果が高いのに、神さまの祝福まであるたこ料理を食べたせいで、皆さま元気いっぱいになったみたい。
たくさん獲れたたこは、ガズス帝国の王都の皆さんの口にも入り、湧き上がるマンパワーで、闘いの後片付けも捗ったようだ。
聖女のお姉さま方には、バーベキューの片隅できちんと裏事情をお話申し上げた。
「ええと、つまり」
アグネッサお姉さまが言った。
「モテてモテて仕方がなかったポーリンが、惚れた男と結ばれた、ということでいいのかな?」
「アグネッサ、省略しすぎよ」
アリアーナお姉さまはため息をつき「でも……結果的にはそういうことなのね」とにこりとわたしを見た。
「さすがは我らが妹分ね。おめでとうと言わせていただくわ」
吹き渡る風のように爽やかなアリアーナお姉さまの隣で、わたしは頬を火照らせながら、わたわたと手を振って言った。
「えっ、やっ、そんな、惚れた男と、だなんて、いやあん、もうっ、恥ずかしいですわ、アグネッサお姉さまったら!」
「ふぐぉっ!」
照れたわたしが思いきりアグネッサお姉さまの肩をどついてしまったので、不意を突かれたお姉さまは数メートル吹っ飛んでしまった。
「ああっ、申し訳ございません!」
地面に片手をついて、空中でくるりと回転して華麗な受け身を披露したアグネッサお姉さまは、カッコよく髪をかき上げると「魔物だこの群れにさえ体勢を崩されることがなかったこのわたしを、ここまで揺るがせるとは……恋の力というものは偉大なのだな、ふふっ」と呟き、アリアーナお姉さまに「アグネッサ、そこ違う違う」と突っ込まれていた。
「とにかく」
アリアーナお姉さまは、こてんと頭を倒しながら可愛らしく言った。
「問題なのは、ガズス帝国の王宮内で起きた、ポーリンを害する者の存在ね。そこはキラシュト皇帝に厳重に抗議して、責任を持って処罰していただきましょう」
「処罰、ですか」
「まあ、国家反逆罪……ってことで、磔獄門かしら」
ポーズは可愛いのに、恐ろしいことを言うアリアーナお姉さまである。
「可愛いポーリンに辛い想いをさせるなんて、とんでもない所業よ。わたしが風の隙間に閉じ込めて『天空を彷徨う亡者』にしてしまっても良いのだけれど」
「怖い怖い怖い怖い、お姉さま、それは怖すぎますから!」
美しいお姉さまの瞳の奥にブラックホールが見えたのは、わたしの気のせいですわよね!
「今回の騒ぎで、ポーリンの重要さを再認識したことを期待して、とりあえずキラシュトに任せてみようと思うの」
「とうとう皇帝陛下が呼び捨てになりましたね、お姉さま!」
「こちらが納得できる後始末が出来ないのなら、このわたしが直々にお仕置きをして差し上げるわ」
「どんなお仕置きだか想像がついてめちゃくちゃ怖いですわっ!」
「あら、坊やに『めっ』ってするだけよ」
「『めっ』っていいながら、他国の皇帝をお空の果てで振り回すのはやめてくださいましね!」
「うふ」
聖女、怖いわあ……。
そんな頼りになるお姉さま方が、後のことは自分たちで片をつけておくから、お土産のたこを持ってお家にお帰りなさい、とおっしゃってくれたので、わたしは大きなたこの頭をはむはむしているドラゴンさんに声をかけて、帰ることにした。
「あっ、ディアス艦長」
「聖女さん……」
わたしはレスタイナ国からの船旅でお世話になった、親切なイケメン艦長さんに言った。
「焼きだこを作るのに使ったお醤油ですけれど、オースタの町に行けば手に入ります。陸路だと数日かかりますが、これを機会に街道を整備していただけると経済の発展にも良いかと思いますので、皇帝陛下にお伝えくださいね。あの方は絶対にお醤油を欲しがると思いますわ」
キラシュト皇帝は、たこ料理の中でも、こんがり炙った焼きだこがお気に入りだったみたいなの。
「そのうち、ロージアさまの所に遊びに寄りますわ。そうですわね、みたらし団子という美味しいおやつをお持ちしようかしら? お醤油を使って作る、とても力の出るおやつですから、妊婦さんに良いと思うの」
「それを、この俺が陛下に直々に話すのか? ……まあ、聖女さんからの伝言ってことでならイケるかな。それよりも」
ディアス艦長は、キリッとした顔で言った。
「聖女さんは……あの黒影ドラゴンとくっついて、幸せになれそうなのか?」
「はい」
わたしは親切な艦長さんに笑顔で言った。
「黒影さん……セフィードさんは、とても良い方なんです。わたしはこれから彼を慕う人々が集まった村を盛り立てていこうと考えているんです。『神に祝福されし村』といって、住んでいる方は皆さん働き者で良い方なんですよ。ここからは少し距離がありますが、いつか遊びに寄ってくださいね。美味しいアップルパイをご馳走しますわ。みんなで石窯を作ったんですよ」
「石窯焼きのアップルパイか。それは美味そうだ」
ディアス艦長は笑顔で頷いた。
「まあその、黒影は少し変わってはいるが、信用できる男だ。でもまあ、もしもなにかあったら、俺……俺たち海軍を頼ると良い。いつでも手を貸すからな。それは覚えておいてくれ」
「はい。ありがとうございます」
ディアス艦長は、本当に良い人だわ。
そうね、わたしにお兄さまがいたら、あんな感じなのかしら?
わたしとセフィードさんは皆に別れを告げて、うちの村へのお土産のたこを持って帰路についた。
来る時は家畜用の籠に入って半日くらいかけてきたんだけど、ドラゴンの背に乗ると驚くくらいに早く村に着いてしまった。
そうね、新幹線とジャンボジェット機との違いくらいはあるかしら?
しかも揺れがないし、風の抵抗もないし、とても快適な空の旅だったわ。ドラゴンの爪はたくさんの物が掴めるし、『ドラゴン便』として配送業務を始めても良いかもしれないわ。
うちの村で取れた物を王都で売ったら儲かりそうよ。
なんてことを考えているうちに、懐かしの我が村に到着した。
「うわあっ、ドラゴンだ! セフィードさまがドラゴンの姿でお帰りになったぞ!」
一目でセフィードさんだとわかるなんて……さすがだわね。
「セフィードさまが、魔物を掴んでいるぞ!」
「なんだあれは、見たことのない凶悪そうな魔物を……3匹も?」
ドラゴンよりも大だこを警戒する村の人たちは、遠巻きにして茹でだこを見た。
「皆さま、大丈夫ですわよ。これは海で獲れる『たこ』というとても美味しい魔物ですの。たっぷりありますからね、みんなでたこ祭りを開きますわよ! さあ、このお醤油を使うとよろしくてよ!」
わたしがお醤油の入った大瓶を掲げると、村の人たちの間から歓声が湧き起こった。
村の人たちに料理の指導をして、わたしとセフィードさんはようやく一息ついた。
彼はもう自在にドラゴンになったり人化したりできるので、今はいつものひょろっと背の高い、少し猫背で無表情なセフィードさんに戻っている。
「今日はお疲れさまでした」
わたしたちは、たこ料理を食べたりお酒を飲んだりして祭りを楽しんでいる人たちから少し離れて、川沿いにやってきていた。
もう夜もふけたのだが、空には満月が輝き、かなり明るい夜だ。
「いや、ポーリンこそ……その」
だから、そう言ったセフィードさんの顔が赤くなったのもわかってしまう。
「……その、いろいろと……大変だったし……世話になった」
彼は、わたしから目を逸らすと、あーとかうむとか謎の声を出してから、わたしの方をちらりと見た。
「……これからも、ずっと俺と一緒に……いてもらえる……んだな?」
段々と声が小さくなっていったけれど。
「俺は……ドラゴンだから……番は絶対に離さないから……覚悟してくれ」
きっぱりと言ってくれた。
「はい、セフィードさん。……わたしも離れませんから、覚悟してください」
「そ、そうか」
無表情なセフィードさんだけど、一緒にいるうちに彼の気持ちがわかるようになってきたわ。今はね、とても嬉しい気持ちなのよ。だって、目が優しく細まって、口の端っこがちょんと持ち上がっているもの。
「……あ」
「本当に、離さないんだから、な」
セフィードさんの右手が、わたしの左手を握った。
少しだけ震えている。
あら、プロポーズされたのに、こんな風に手を握ってもらったのは初めてね。
黒影さんの手は、お姉さまたちの手と違ってとても大きいわ。
わたしの手をすっぽりとくるんで、温かい。
すごく温かい。
わたしの心の中までが、ほっこりと温かくなるわ。
「……はい。離さないでください」
もう一緒に住んでいて、奥方さまと呼ばれていて、村の人たちにも夫婦だと思われているのに……手を握ってもらって、ふたりで月の下で真っ赤になっている。
ディラさんが見たら、また大笑いされそうね。
「セフィードさん……ずっとずっと仲良くして、美味しい物を食べて、楽しく暮らしましょうね」
「ああ。……ポーリンに会えて、俺は生きていることが楽しくなったから……ずっと仲良くして欲しい。俺は……俺は」
セフィードさんが、わたしの手を引いた。
そのまま抱きしめられて、息が止まりそうになる。
「俺は、ポーリンを愛している」
どうしよう。
嬉しくて、腰砕けになりそう。
胸の鼓動が激しくて、ドキドキが止まらなくて、なんだか苦しいくらいなのに、とても幸せで。
なんだか涙が出てしまうの。
わたしはやっとの思いで小さく言った。
「大好きです。わたしも愛してます」
そんなわたしを、セフィードさんは軽々と支えて、そして……。
涙目になりながら。
月の光の中で、そっと口づけをしてくれた。
これが、シャイで可愛いドラゴンさんと、わたしとの、本当の恋の始まりだった。
fin.
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
これでポーリンのお話は終わります。
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ありがとうございます。




