魔物との闘い3
意外なことに、ドラゴンに乗るのは、籠で運ばれるよりも快適だった。
彼が『乗るものは落とさない』と言ったのはドラゴン側の心構えなのかと思ったら、本当に落ちないのだ。なにか魔法的なものが働いているらしく、どんなに速く飛んでも身体が傾いても揺れひとつ感じないし、風も吹きつけたりしない。
おまけに、首の付け根にはふわふわした銀の毛が生えていて、リビングのソファに座っているような快適さなのだ。
これは、乗り物のファーストクラスと言えるわね!
このままころんと寝転がって、お昼寝をしたくなるほどの心地良さよ。
しかし、今はドラゴン飛行を楽しんでいる場合ではなかった。
「まずは、闘っている人たちを引き上げさせないとね」
兵士さんたちが『大だこ一網打尽作戦』に巻き込まれたら大変だ。
わたしを乗せたセフィードさんが海に向かうと、下からうわあっ、ドラゴンだ!」「なんてことだ、この状況でさらに魔物が増えるとは!」「……いや待て、ドラゴンなんてこの世にいたのか? 伝説の魔物だろう⁉︎」と叫ぶ声が聞こえた。
敵だと誤解されて彼らに攻撃されたら困るので、わたしは身を乗り出し、手を振りながら叫んだ。
「皆さーん、落ち着いてくださーい。聖女ポーリンがやって参りましたよー。このドラゴンさんは、皆さんがご存知の黒影さんですわよー、味方ですので、どうぞご安心をー」
わたしの姿を見て、皆は身体から力を抜いて言った。
「なーんだ、聖女さんか」
「尻の下にドラゴンまでひいちまうとは、さすがだな」
「黒影は、人間離れしていると思っていたが、人間ではなかったのか」
「聖女さんは相変わらずやることがぶっ飛んでるなー」
「なー、今日は空をぶっ飛んでるし」
「あははは、お前、上手いこと言うな」
「わはははは」
ちょっと、あなた方は力を抜きすぎよ!
わたしはお腹に力を入れて、腹式呼吸の全力全開な大声で叫んだ。
「全員ーっ、速やかに撤収うううううううううーっ!」
「うわああああーっ!」
「耳が、耳がああああーっ!」
ドラゴンの真下にいたのんきな兵士たちは、両手で耳を押さえながら身体をふたつに折ってのたうち回った。
「なんでえげつない……超音波攻撃なのか⁉︎」
「聖女さんは、なにをやるかまったく予想できないが、とにかく強いのは確かだ」
「だが、攻撃するのは敵だけにして欲しいな!」
……海上では、大だこたちの動きが止まっていた。
いえ、違うわ、これは偶然、そうよ偶然なのよ!
わたしは気を取り直して、みんなに告知した。
「今のは攻撃ではありませーん、これからですわーっ! これからドラゴンによる魔物の料理……違った、討伐が始まりまあああああーすっ! 危険ですのでえええーっ! ただちに全員退避してくださいあああああああーいっ!」
「ポーリイイイーン! 相変わらずーっ! そなたの声は大きいなーっ!」
大声の返事が返ってきたので、声の主を見た。
「あら、キラシュト陛下ーっ」
わたしはこっちに向かって大剣を振り回す皇帝に言った。
陛下は相変わらず力持ちね!
「陛下ーっ、どうやら美味しいたこ料理が食べられそうですわねーっ! ちなみに、海軍の皆さんがたこの料理法を知ってますから、お任せして大丈夫ですわよーっ!」
「ポーリイイイーン、そなたは余の海軍にーっ、なにを教えたんだーっ!」
わたしは笑顔でキラシュト陛下に手を振った。
すると、今度は凛々しい女性から声がかかった。
「ポーリイイイイイイーン! 無事だったのかああああああーっ!」
「きゃあああーっ、アグネッサお姉さまあああああーっ! 素敵いいいいいいーっ!」
やだもう、戦装束に身を包むお姉さまったらかっこ良すぎますわ!
ポーリンの胸が、憧れでキュンキュンしてしまいます。
「そのドラゴンはあああああああああーっ! どうしたあああああああああーっ!」
「あ、あら、どうしましょう?」
お姉さまになんて紹介したら良いのかしら?
『……夫だと言えばいい』
前方を向いたまま、セフィードさんがぼそりと念話で言った。
心の準備ができていなかったわたしは、思いきり動揺した。
「お、夫、ですか? セフィードさんが?」
わたしとは絶対に目を合わせないで、ドラゴンは続ける。
『……ポーリンはうちの『奥方さま』なんだから、それはつまり、俺が夫……ということになると思うのだが……その、いやか?』
「そんな、いやだなんて言ってませんわ!」
わたしは照れて熱くなった頬を押さえて言った。
『それじゃあ、あんたは俺の嫁だ』
「嫁……いやあんっ、そんな」
なんて嬉し恥ずかしな響きなの!
前世も合わせて彼氏いない歴=年齢のわたしなのに、いきなり彼氏をすっ飛ばして、妻?
妻なの?
美人若妻ってやつになっちゃうの?
照れるーっ!
これは、めちゃくちゃ、照れちゃうーっ!
わたしはドラゴンの上でもじもじと身をよじり、やんやん言いながらふわふわの毛をモフりまくった。
そんなわたしの態度を誤解したセフィードさんから、不安を孕んだ念話が伝わってきた。ついでに飛ぶスピードが落ちていく。
『……もしや、い、いやなのか?』
「違います、照れてるんです! いやじゃないって言ってるでしょ!」
わたしは慌てて言った。
シャイな乙女心をわかってよ!
しかし、引きこもりがちでコミュ障なドラゴンさんに、ウブな乙女心を理解しろというのはハードルが高い要求であった。
彼は、俯きながら力ない念話を送ってきた。
それにつれて高度も下がってきてしまう。
『……わかっている……ポーリンみたいに可愛くて気立てがいい娘が……俺なんかのところにそう簡単に、来てくれるはずなんて……ないってことは……』
「なんでそんなに自信がないんですか!」
こんなにもキラッキラしいドラゴンで、人の姿になったら(痣もひきつりも消え去ったから)どこのイケメン王子かってくらいの見た目も最高な男性だというのに、セフィードさんの自己評価は低いままらしい。
いや、いきなり性格がイケイケになったら嫌だけどね。
「セフィードさんみたいに、優しくて可愛くて頼りになって強くてカッコよくて素敵な人のお嫁さんになれるなんて、夢のような嬉しい話ですよ」
『……え? 強くてカッコいいとか、本当か? ポーリンは本気で俺のことをそんな風に思っているのか?』
ドラゴンが少し上昇した。
「……んもう、恥ずかしいわ……あのね、本気、ですから! セフィードさんのことを、そう思ってますから!」
『……ポーリン……俺……あんたを大切にするから……』
「……セフィードさん……」
くいっと頭を後ろに向けたセフィードさんと見つめ合おうとした時。
「お前ら、いい加減にしろおおおおおーっ!」
「聖女さんは声がでかいんだよおおおおおーっ!」
「黒影の念話も全部丸聞こえなんだよおおおおおーっ!」
「このバカップルがあああーっ、爆発しやがれえええええーっ!」
海岸まで退避した一同(主に海軍兵士)から、激しい抗議の声が湧き起こった。
「聖女さあああーん、本当にそいつでいいのかーっ⁉︎」
その中でも、一際大きな声で叫ぶのは、ディアス艦長だ。
「考え直せーっ! 今ならまだ間に合うぞーっ!」
親切な艦長さんは、わたしのことを心配してくれているみたいね。
『……ポーリン、あの男をちょっと焦がしてみてもいいか?』
わたしは不機嫌そうに言うドラゴンに向かって、優しく「ダメですよ。たこも焦がさないようにしましょうね。味が落ちるから」と言ったのだった。




