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帝国からの使者

 こうして、聖女となったわたしは、12の時から18歳になる今までの間、神殿で優しい人々に囲まれて幸せな暮らしをしていた。

 先輩聖女のお姉さま方は皆とても美しく優しく、美女たちに囲まれたわたしは生きながら天国に来たような気持ちだった。


 孤児院で暮らしていた時は、最初のうちは飢えはしなかったものの、なんとかその日を生き延びるくらいの食べ物しか食べられなかった。

 でも、わたしが成長して多くの畑を耕せるようになるにつれて、孤児院の食糧事情は良くなっていった。そして、収穫物が孤児院で消費しきれない程に増えると、教会の大元に直訴して街の一角に孤児院の販売所を作ってもらい、余った農作物を売るようになった。


 豊穣の神さまの加護があるのはもちろんだが、教会の孤児たちは「社会に出た時に困らないように」とシスターにしっかりとしつけられて育つので、皆真面目に畑仕事をする。すると、それを神さまが見逃すはずもなく、さらに美味しい作物が採れる。


 そのようにしてできあがった美味しい野菜や果物を売るわけだから、食にうるさい食堂のオヤジさんからは「毎日うちに卸してくれよ。ここんちの材料で作ると、とびきり美味い料理ができるからな。いつもありがとうよ!」などと滅多にない笑顔で頼まれるし、かなり安定した収入が増えて、暮らしがどんどん楽になっていったのだ。


 そしてとうとうこの美味しい野菜や果物が神殿に納められるようになり、それを口にした神官の元に『聖女誕生』の神託が下ったのだ。

 食事中に、若い神官が突然「おお!」と叫び、両手を天に上げたので、最初は「食当たりか!」と勘違いされて救護室に運ばれそうになったらしい。


 神殿からのお迎えとしてその誤解された神官が来た時に、じゃがいも畑に特別な加護の力が降り注いでからは、コロッケを毎日作れる程のじゃがいもの収穫が続いているのだ。シスターと孤児の子たちが力を合わせて働き、コロッケを毎日売っているお金で、肉や卵も充分に買えている。


 前世で、死ぬ数ヶ月前から点滴で生きていたわたしは、孤児院暮らしの時でも口から物が食べられるありがたみを充分感じながら暮らしていたが、聖女となってからのわたしの食事は日に日に豪華なものとなっていた。

 これも『豊穣の神』の加護だったのだろう。

 わたしが食に関わることで、豊穣の聖女としての務めを果たすことになるのだ。


 新しいレシピを考えて(というか、記憶を元に作り)レスタイナ国に広めると、天からの祝福が神殿に降り注ぐ。

 畑に出かけて天に祈りを捧げ、農民たちと神さまに感謝すると、祝福の光が降り注ぎ豊作となる。

 というわけで、自然と美味しい物に囲まれた暮らしになっていくのだ。


 転生して本当によかったな、と神さまに感謝して過ごしていたわたしは、栄養をたっぷり摂取して横に大きく育っていた。

 でも、誰もわたしにそれを注意しなかったから気にせずに過ごしていたのだけれど……。


 ある日突然、そんな幸せな生活が一変する事件が起きたのだ。





 その一報は、聖女たちが集まってお茶会という名の情報交換会をしている時に来た。


「他国からの船がやって来たって?」


「はい。しかも割と大きな……軍艦のようなのです」


「軍艦……攻撃力を有する船、ということか。まさか、そのような物が存在するとは……」


 アグネッサお姉さまは真剣な顔をすると、「ごめん、席を外すよ。ちょっと将軍に会ってくる」とレスタイナ国の軍部へ向かって走って行った。


「船……他国からの漂流者が着いたのではなくて?」


 今日も輝くばかりに美しいミラージュお姉さまが、クッキーを上品に口に入れながら言った。


 この世界には大陸がいくつかあるらしい。

 らしい、というのは。

 レスタイナ国のあるこの大陸の国では、まだ大型の船が建造されていないし、海には恐ろしい魔物がいて、通る船を沈めようと襲ってくるため遠くの大陸には行けないのだ。せいぜい小さな帆船が、沿岸に沿ってちょこちょこと行き来しているくらいだ。

 だから、他の大陸の様子はほとんどわからない。


 そのため、ミラージュお姉さまは近くの国からの大型の難破船が岸についたのだと考えたようだ。


「海を越えて攻めてくる酔狂な者たちならば、放っておいて構わないでしょうけど、もしも善良な漂流者でお怪我をされていたら、わたくしたちの出番ですわね。こちらに待機して報告を待ちましょう」


「はい、ミラージュお姉さま」


 海には強い魔物がいて、あまり沖に出ると小型の船ごと食べられるというのは常識だ。


 詳しい噂を聞いてみると、前世の知識があるわたしは魔物の正体がわかり『巨大なイカやタコのお化けが出てるんだ……焼いたら美味しいのかな?』などとのんきに考えてしまうのだが、タコやイカの美味しさ……ではなく、存在を知らないこの国の人々にはグニャグニャしたあれらが悪魔の手先に見えるようで、あえて危険な航海に挑戦しようという者はいない。






『戦の聖女』であるアグネッサお姉さまは、なかなか戻って来なかった。


「様子がおかしいわ」


『知恵の聖女』セシルお姉さまは「状況を宰相に確認してくるわね」と席を立った。


 残されたわたしたちは、なんとなくそのままお茶を飲む。

『美』『芸術』『光と闇』『豊穣』なので、戦専門の聖女と違って有事にはあまり役に立てないのだ。

 かなり年上で落ち着いた『天空の聖女』アリアーナお姉さまは、ベランダに出て空を見上げている。


「風が騒いでいるわ……これはもしや、本当に」


 とそこで、部屋の中には小さなクララがいることに思い当たったらしく、アリアーナお姉さまは言葉を切った。聖女見習いのクララには、あまり心配をさせたくなかったのだろう。


「……ポーリンお姉さま。なにか大変なことが起きたのでしょうか?」


 わたしは不安げに問いかけてくるクララを膝の上に乗せて抱きしめた。わたしの身体はぽよんぽよんと柔らかいため、こうしてやると、まだ幼いクララはお母さんに抱かれているようだと言って落ち着くのだ。


「大丈夫よ、クララ。なにがあっても、わたしやお姉さま方がなんとかするからね」


「はい、お姉さま」


 しっかりと聖女見習いの仕事を務めているクララだが、何事かを感じ取って怯えているようだ。そういうわたしも、心の中に不安を押し込めるのに必死なのだが……。


 やがて、わたしたちが待つ部屋に神官がやってきた。


「聖女さま方、至急会議室にお越し下さい」


 わたしたちは無言で立ち上がった。





「ガズス帝国? 他の大陸から船が来たのですか?」


 わたしたちは、聞いたことのない国名に首を傾げた。


「あの大海原を越えて、船がやって来るなんて……」


 部屋には、宮殿内にいた王族と宰相、そして軍部の責任者、隠密の責任者に我々聖女全員プラス見習いのクララ(知らない方が怖いからと、同席を願ったのだ)が勢揃いしていた。


「はい、驚くべき事態です。そして、困ったことに、我々は海の向こうの大陸についての情報をほとんど持っていないのです」


 表情がほとんど変わらない隠密のリーダーが言った。


「現在、風の力で進む大型の船はレスタイナ国の沖に停泊し、小舟に乗った使者がスクラール海岸から上陸しました」


「スクラール地方の警備兵が海岸を護り、領主が使者と接触しています。相手国からの申し出の内容が、こちらです」


 宰相はそう言うと、手に持った文書を読み上げた。


「『偉大なるガズス帝国の皇帝キラシュト陛下より、レスタイナ国の長たる者への伝言。我が国は大海を渡る手段、及び戦闘船を保持している。しかし、我々は戦いを好んでいるわけではない。友好関係を築くため、話し合いを行いたい』と。この後詳しい内容が書かれております」


「なるほど。戦は好まないが、攻撃手段を持っているから言うことを聞け、というわけなのだな」


 アグネッサお姉さまが目を細めた。


「どうやら、ガズス帝国なる国は、我が国の情報をある程度得ているようですね。すでに密偵が送り込まれていると考えた方が良さそうですわ」


 知恵のセシルお姉さまも、難しい顔をして言った。


「海を渡る手段を、こちらは持っていません。戦争になったら不利ですわ。それにしても……」


 セシルお姉さまは「大型の船を作る技術力はまだわかるのですが、海の魔物からどうやって身を守ったのでしょうね? そちらの方が不思議ですし、ガズス帝国軍が魔物退治ができる戦闘力を持っているとしたら、我が国はさらに不利な状況になりますわね」と言って、難しい顔をした。


 そうなのだ。

 ガズス帝国の造船技術よりも、海を渡ろうとする船を片っ端から沈めてしまうお化けイカとお化けタコからどうやって逃れてレスタイナ国にやって来たのかが気になる。


 巨大な魔物を倒すだけの火力が船に積んである武器にあるのか、それとも、魔導力を使って魔導士が攻撃魔法で魔物をやっつけたのか。


 人間の魔導士にそれ程の力はない筈だ。

 少なくとも、レスタイナ国ではそうだ。


 武器でも魔導士でもどちらにしても、その攻撃力がレスタイナ国に向けられたら、被害は甚大になること間違いなしだ。





 会議の結果、ガズス帝国とは友好関係を築く方向で国交を行なっていくという結論に達した。

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