おまけ話 聖女が冒険者になったら
すみません。
本編とは関係ないのですが、
無性にポーリンのどすこいパワーを書きたくなってしまったのです。
「冒険者のパーティに、わたしが?」
オースタの町の冒険者ギルドで、わたしはギルド長のドミニクさんと話していた。その横には、アップルパイをもきもきと食べる食いしん坊ドラゴンがひとり。
どうしてお土産に持ってきたパイを一切れ食べずにいられないのかしらね。
おやつに夢中なセフィードさんのことは無視して、わたしは会話を続ける。
「ああ。と言っても、『神に祝福されし村』に近い森での、魔物狩り専門のパーティだが」
そう、セフィードさんのお屋敷の近所に自然発生した『神に見放されし土地』改め『神に祝福されし村』では、ほぼ自給自足の生活をしている。そして、お肉は近くの森で魔物を狩って、手に入れているのだ。
「農作物と酪農の方が落ち着いて、手が空いたんだろ?」
「はい。そちらは軌道に乗りました」
「アップルパイの販売も、担当者が他にいて、聖女さんの手を離れた。そうしたら、今度は肉だな。肉を一定の量手に入れれば、村で食べる分以外は加工して、それをオースタで売ることができるし、日持ちする加工にすれば、商業ギルドの商人に託して、さらに遠くに運んで販売することができる……聖女さん」
ドミニクさんは、にやりと笑った。
「あんたなら、誰も知らない美味しい加工肉が作れるんじゃないのかい?」
「ど、どうしてそれを!」
さすがはギルド長、鋭いわね。
確かに、村で育てているスパイス及び香味野菜を使って、特別に美味しい干し肉や燻製肉、そしてソーセージなんかを作ることが可能よ。
「菓子を売るのもいいが、手っ取り早く収入を得るなら需要の大きい肉に関わった方がいい」
「なるほど」
「……美味い干し肉なら、冒険者たちがたくさん買う」
SSランク冒険者であるセフィードさんのお墨付きもついた。
「わかったわ。神に祝福されし冒険者パーティ、『グロリアス・ウィング』を結成しましょう」
カッコいい名前でしょ?
わたしは笑顔で頷いた。
頷いたのだけれど。
「ちょっと待って! わたしの役割がおかしくない?」
「……おかしくない」
セフィードさんが言った。
「全然おかしくない。適任だ」
ドミニクさんも言った。
「ねえ、冒険者のパーティって、攻撃に特化したアタッカーが前に出て、魔法で攻撃したり、回復をしたりするメンバーが後ろにくるのではないの?」
「そうだな」
「そうしたら、か弱い癒し手であるわたしは、当然後ろに行くわよね?」
「か弱い癒し手?」
「わたしよ! ほら、か弱い聖女だし!」
「違う違う」
ドミニクさんはひらひらと手を振って、わたしが持つ大盾を叩いて言った。
「これを持てる段階で、聖女さんには『か弱い』なんていう形容はつかないぞ。これは、誰にも扱えないから冒険者ギルドに飾ってあった盾なんだからな」
「えーっ!」
そんなものを、か弱い聖女に持たせないでいただきたいわ!
「大の男でも、なかなか持てるものはいない大盾を、なんで片手で持てるんだ? なんてことは今更聞く気はない」
だって、神さまの祝福をいただきながら農作業をしてるから、腕力がついちゃったんだもん。毎日クワを振るっていたら、お姫さまだってこうなると思うの。
うんうんと頷きながら、セフィードさんも言った。
「ポーリンは、自覚がないかもしれないが、ものすごく重い」
ひどっ!
あと、重いのは自覚してるから!
「拳が」
……あ、そっちですか、そうですか。
「だから、こういう盾を持ったら、どんな魔物も押し返せる。最高の盾になれると思う」
「……」
乙女心をまったくわかっていないドラゴンが、真顔で言った。
「というわけだから、聖女さん、シールドバッシュをしてみろ。ほら、ここに盾を持ってぶち当たるんだ」
そう言われた素直なわたしは、ドミニクさんが示した、練習用の人形に向かってたたたたたと駆け寄って、盾で軽く殴りつけた。
「えーい、シールドバッシューッ!」
きゃあん、と可愛らしく声をあげようとしたその途端、どごぉん! と大きな音をたてて人形が吹っ飛び、冒険者の鍛錬場の壁にぶち当たった。
「……すごい……壁にめり込んでる……こんなことが……あり得ない……」
「……さすがだ、ポーリン……なんて破壊力のある……シールドバッシュだ……」
「あ、あら」
おかしいわね。
ちょっと盾をぶつけただけなのに。
あ、わかったわ!
この盾になにか仕掛けがあるんでしょ?
ね、ね、そうよね?
「冒険者が信仰する『闘神ゼキアグル』の大盾から、こんな力を引き出すなんて……さすがは聖女さんだな! 俺の目は確かだった!」
ほら、神さまの祝福のある盾だったじゃないの……って、ええっ? 闘神ゼキアグル?
わたしは『豊穣の聖女』なんですけれど。
兼任でいいの?
……大盾が金色に光った……どうやらいいらしい……ほほ……おほほほ……。
そんなわけで。
「ポーリン、ツインテールビルがそっちに行ったぞ!」
「任せて!」
前方から、土煙をあげて怒り狂った巨大な魔物が突進してくる。
わたしは、尻尾の先も二股だけど、頭の横にもツインテールが付いているふざけた姿の猛牛に向かって、大盾をぶつけた。
「シールドバアアアッシューッ!」
どごぉん!
まるで爆爆音のような大きな音をたてて、ツインテールビルが吹っ飛んだ。
横倒しになって身体を痙攣させる猛牛の首が、村人の斧で落とされた。
「ツインテールビルを、こんなに簡単に狩れるなんて……」
「さすがは聖女さまだな」
みんなに拝まれたけど……なんだか嬉しくないの。
乙女心がしくしく痛むのよ。
「さすがだポーリン。今夜は美味しい牛料理が食べられるな」
うちの食いしん坊ドラゴンさんは、どうやらウキウキしているらしい。
その姿を見て、わたしの心は癒された。
「ポーリンの料理は最高だ」
そう、美味しいものを皆さんにお届けするのが『豊穣の聖女』ポーリンのお務めなのよ!
わたしはにこやかに言った。
「さあ、獲物を持って村に帰りましょう。今夜はみんなで牛祭りよ!」
「おおーっ!」
「やったーっ!」
ふふふ、ローストビーフにステーキに、ビーフシチューにテールスープね。スパイスを擦り込んで燻製にして、オースタの町で売ったらいいお金になるし、食べられない皮も防具の材料になるから高値で引き取ってもらえるわ。
やがてわたしの腕はオースタの町で話題になり、セフィードさんと一緒に依頼を受けているうちに、『豊穣の聖女』ポーリンなのに、『大盾の猛牛殺し』ポーリン、なんていうふたつ名をもらってしまうのだった……とほほ。




