危機、または、過保護な人々3
冒険者ギルド長の部屋は、大きな仕事用の木の机と、来客用らしいテーブルと椅子が置いてある、広い部屋だった。
書類が綺麗に棚に並べられている。部屋全体が意外に片付いているのは、ギルド職員のおかげなのだろう。目の前に立っているがっちりしたおじさんは、整理整頓が上手いようには見えない。
「おう、黒影」
おじさんは気さくに声をかけてきた。
「連れがいるとは珍しいな」
「……」
対するセフィードさんが返事もしないで部屋に入るのを見て、ギルド長らしいおじさんは「お前は相変わらず愛想がないな……」とため息まじりに言い、それからわたしを値踏みするように見た。
「……そのお嬢さんは、黒影とパーティを組んだ新しい冒険者か?」
「違う」
セフィードさんはそう言いながら、テーブルにアップルパイの包みをふたつ乗せた。
「これはうちのが作ったアップルパイだ。ギルドのみんなで食べるといい」
「おう、すまんな」
「ひとりで全部食うなよ。ギルド長の権限とか言って、独り占めするな」
「お前は俺をなんだと……は? 『うちの』?だと?」
セフィードさんは、わたしのことをちょんと指差して「うちのポーリン」と言った。わたしは頭を下げて「初めまして、ポーリンといいます」と挨拶をした。
「それは、つまり……ええっ?」
「ポーリンはこれからこの町でアップルパイを売る商売をする。そのために、この後商業ギルドへ行く」
「商売?」
「ああ。じゃあ」
セフィードさんは、これで話は済んだとばかりに、部屋を後にしようとした。
「待て!」
おじさんは慌てて止めた。
「マイペースも大概にしろ。まだお前を呼び出した用事は終わってないし、その子は誰なんだ? うちのってどういうことだ?」
「……あ」
さすがのセフィードさんも、おじさんを放置したらまずいと思ったのか、部屋の中に引き返した。
「これは、うちのポーリン。菓子を作るのが上手いから、アップルパイの店を出そうかと考えている」
「おう。とにかく座れ。それから、お嬢さんもどうぞ。……しかし、よくもまあ、こんなのと付き合ってるな」
『こんなの』と言われてしまったセフィードさんだが、まったく気にしていないようだ。
おじさんはわたしたちの関係を間違いなく誤解をしている。けれど、このままでは話が進まないので、わたしたちは勧められた椅子に腰かけた。
「忙しいから、手短に」
「お前なあ……」
おじさんは、扉を開けて誰かを呼ぶと「黒影からアップルパイをもらったから、切って配ってくれ。あと、お茶を3つな。みんなも交代で休憩にしていいから」と、冒険者ギルドにアップルパイタイムを設けたようだ。
「その、仕事関係の話をしても良い関係ってことで大丈夫なのか?」
「かまわない」
「そうか」
おじさんは向かい側に座るとわたしに「俺は冒険者ギルド長のドミニクだ」と名乗った。
「初めまして。黒影さんのお屋敷でお世話になってます、ポーリンといいます。この度、うちの村で採れたアップルパイをオースタの町で販売したいと考えて、こちらに連れてきていただきました。よろしくお願いいたします」と挨拶をする。
「おお、しっかりしたお嬢さんだな」
「いや、『奥方さま』だから」
「セフィードさん!」
またしても誤解を生じる発言をしたセフィードさんを軽く腕で突くと、彼は腕で防ぎ「あんたの拳は重くていい攻撃だ」と頷いた……って、違うわよ!
ドミニクさんが「やっぱり冒険者なのか⁉︎ そして、嫁なのか⁉︎」って呟いてるじゃないの!
「よくわからんが、おめでとう」
「ありがとう」
「そっちの話はおいおい聞くことにして……黒影、確か先日、ガズス帝国からの指名依頼をこなしていたな」
「ああ。海軍の護衛依頼だ。成功させて報酬も受け取ったが」
「いや、依頼には問題はない」
ドミニクさんは、真剣な表情で言った。
「お前に指名依頼を頻繁に出してくるガズス帝国で、問題が起きているという情報が入ったから、耳に入れておく。もしかして知っているかもしれないが、レスタイナ国からガズス帝国に聖女が輿入れしたらしいんだ」
わたしのことだわ!
思わずセフィードさんを見ると、彼はまったくのポーカーフェイスで「ああ。俺が護衛任務に就いていた軍艦で輿入れしたが。それがどうかしたか?」と尋ねた。
「その件で、レスタイナ国側に不満があったらしくてな。レスタイナ国から、今聖女が数人、ガズス帝国にやって来ているとのことなんだ」
お姉さま方が?
「ほう。レスタイナ国に、大型船を造る技術と、海の魔物を退ける攻撃力があったのか」
さすがはセフィードさんだ。ポーカーフェイスをまったく崩さない。
「驚いたことに、そうらしい」
うわあ……なんか、トラブルの予感がするんですけど。
それに、聖女のお姉さま方が、海を越えていらしたの?
そうですわね、お姉さま方が本気を出したら、船もあっという間に造れるし、海の魔物も倒してしまわれるでしょうね。大型帆船を設計なさる知恵の神さまと、魔物を屠る戦の神さまと、風を操る天空の神さまと……まさか、光と闇の神さまが、大海にブラックホールを作られたりとかしてませんわよね?
「とにかく、レスタイナ国から聖女たちが来たらしいんだが、なんでも輿入れした聖女の行方がわからないとかで、いざこざが起きているらしい。確認は取れていないんだが、聖女の姿が金の毛の生えた青い目の豚に変わってしまったとかなんとか、怪しい噂があってだな」
お茶を飲んでいたら、きっと噴き出してしまったわ!
いやだ、本当にあの豚が身代わりになっているの?
「それは、摩訶不思議な話だな」
すり替えた本人は、まだポーカーフェイスで言っているんですけど。
「最悪、戦争が起きるかもしれないから、心しておけ。もしかすると、ガズス帝国から依頼が入るかもしれないが、国同士の問題に一冒険者が関わることは、俺は勧めない」
「ああ」
いやいや、問題を起こした張本人が、ここにいるんですけどね!
それにしても、お姉さま方がいらしたなんて……。
子作りに巻き込まれるのは困るけれど、ガズス帝国の皇帝も、第一王妃のロージアさまも、良い方たちなのよね。なんとか穏便に済ませたいわね……。
「わかった。俺はガズス帝国に関わるつもりはないから……」
と、その時扉がノックされた。
「お話し中に申し訳ありません。ギルド長に緊急の連絡があります」
「入れ」
この部屋に案内してくれた、冒険者ギルドの職員のお姉さんが部屋に入ってきた。
「ガズス帝国の沿岸に、巨大な海の魔物が複数体現れて、陸地に上がろうとしているそうです。ガズス帝国の冒険者ギルドから、うちにも緊急依頼が入りました」
「なんだって⁉︎」
「非常事態宣言が出されています」
ドミニクさんが立ち上がった。
「黒影、海の魔物を見たことがあるか?」
「この前の依頼の時に戦った。手強い魔物だ。触手が多数あり、力も強い。あれが上陸したら、Aレベルの冒険者が多人数で戦わないと倒せないだろう」
「それが複数体か。まずいことになったな」
「いや、美味いことになった」
「なんだって?」
「あの魔物はとても美味いんだ」
セフィードさん、またの名を『食いしん坊ドラゴン』さんは、わくわくした顔でわたしに言った。
「ポーリン、ガズスに行ってひとつもらって来よう」
「お、おいおい、黒影! いったいなにを言ってるんだ?」
ドミニクさんは、ぎょっとした様子で言った。
「黒影、気が変になったのか?」
しかし、ドラゴンさんは聞いていない。
「たこ焼きもカルパッチョも、とても美味かった。あと、たこ飯も食べてみたい。この町で米を買って帰ろう、そしてみんなでたこ飯を作ろう」
たこ飯!
わたしも食べたいわ!
「村でたこ祭りを開こう」
「まあ、素敵だわ!」
わたしは立ち上がった。
「『豊穣の聖女』ポーリンの出番ですわね! ええ、たこのお料理ならお任せあれ! そういえば、キラシュト皇帝もたこ料理を食べたいって言っていたし、レスタイナ国からはるばるいらっしゃった聖女のお姉さま方にも美味しいたこを食べさせて差し上げたいわね。さっき町で、お醤油を売っているのを見たし、串に刺してこんがりと炙り、お醤油をかけた香ばしい焼きだこもぜひ作りたいわ!」
「俺もそれ、食べたい」
「ほほほ、たくさん食べさせて差し上げ……て……あ、あら?」
ドミニクさんが、わたしを指差しながら、プルプル震えている。
「お嬢さん、あんた、まさか、今なんて……」
「……おほほほは」
わたしは、笑ってごまかそうとしたけれど。
「『豊穣の聖女』ポーリンだと? なんで、なんでここに、そんな……黒影、お前はなにをやらかしてくれたんだーっ!」
「……ドミニク、聞かなかったことにしてくれ。あと、たこは本当に美味いからな」
どうやらドラゴンさんの心には、美味しいたこ料理のことしかないようですね、そうなんですね。




