危機、または、過保護な人々2
今日は、一番近くの大きな町であるオースタでのアップルパイの販売準備(商業ギルドへの登録だ)のために、わたしはセフィードさんと一緒に町へ行くことになった。
移動手段は、例によって、お姫さま抱っこによる空中飛行である。
地上を行くよりもずっと速いし、あの豚の運搬用の籠に入っていくと置き場所に困るし……人前であの籠から出たくないということで、この方法にしたのだが、なによりセフィードさんが抱っこする気満々なのだ。
「んっ」と言いながら手を広げて待っているのだ。
なんだか照れくさいのでわたしがためらっていると、セフィードさんが「んっ?」「んっ?」と首を傾げながら、わたしを捕獲しようと両手を広げたまま近寄ってくるので、お屋敷の前で怪しい追いかけっこ状態になってしまった。
「あはははは、牧羊犬に追い詰められるぶ……羊みたいだねえ」
それを見ていたディラさんが大笑いした。
失礼な言い間違いをしているけど……あれは絶対、わざとだと思うわ!
だいたい、羊を追うから牧羊犬であって、豚を追いかけるなら牧豚犬になるのですよ!
わたしがじろりと睨むと、彼女は「だーいじょーぶ、豚も羊もヤギも牛も、みんな可愛いんだからね。セフィードさまは、奥方さまが一番可愛いみたいだけどさ。もう、お熱いんだから、このこのー」とわけのわからない言い訳をした。
仮にもお屋敷のメイドなんだから、もっと『奥方さま』を敬って欲しい。
というか、笑いのネタにするのはやめて欲しい。
とはいえ、彼女は笑い上戸で首になった妖精という、歩く不謹慎と呼んでも良いくらいの存在だし、最近はわたしが持ち帰ってきた食材を美味しく料理してくれるのだから、多少の無礼は目をつぶろうと思う。
わたしは、心の広い聖女なのだ。
「それにしても、奥方さまったら痩せちゃったよねー。せっかくいい感じの霜降りだったのに……」
むうっ!!
霜降りってなによ!
ディラさん、あなたはわたしの肉のなにを知っているのかしら、ええっ⁉︎
「このあたしがお料理をもっともっと覚えて、奥方さまに美味しいものを作ってあげるからさ、たんと食べなよ。セフィードさまだって、嬉しそうにごはんを食べる奥方さまのことが大好きなんだからさ。奥方さまがやつれちゃったら、こっちが悲しくなっちゃうんだよ。ふくふくした可愛い奥方さまのことを、あたしも大好きなのさ」
……ま、まあ、目をつぶるわ。
なんだかんだ言っても、ディラさんはいい妖精なのよ。
というわけで、焼き立てのアップルパイの包みを持って出発だ。
セフィードさんに「町でお世話になっているのは誰?」と尋ねたら「……門番」と悲しい返事が返ってきてしまった。
セフィードさん……最近、村の子どもたちの遊びに混ぜてもらえてるみたいで……良かったね……。
というわけで、門番の皆さんへひとつと、仕事でお世話になっている冒険者ギルドの皆さんと、これから訪ねる商業ギルドの皆さんへのお土産ふたつずつ、合計5つのアップルパイを抱えて出発した。
町の入り口に空から舞い降りるセフィードさんの姿を、オースタ町の門番さんたちは見慣れているみたいで、片手を振って合図をした。
そしてすぐ「おおっ?」と大きな口を開けた。
「黒影……その子はどうした?」
セフィードさんに抱っこされているわたしが怪しかったようだ。
「ギルドの依頼を受けて保護しているのか? そんな連絡は受けていないんだが」
「あと、顔つきが変わっている気がするぞ?」
そうそう、黒影さんこと、セフィードさんの顔のあざはかなり薄くなってきたのよね。相変わらずサラサラの前髪で隠しているからわかりにくいけど。
セフィードさんはわたしを下ろして立たせてくれると、彼らに言った。
「……これはポーリン。一緒に住んでる。身元は俺が保証するから入れてくれ。……保証金はいくらだ?」
「銀貨5枚……だが、ええっ? 一緒に住んでるって……」
武装した門番たちが、わたしのことを上から下までまじまじと見た。
「まさか、嫁なのか?」
もうっ、セフィードさんの説明の仕方! ダメダメじゃない!
わたしは、正しいコミュニケーションのお手本を見せるべく、革の鎧に身を包む門番さんたちに笑顔で言った。
「初めまして。セフィードさんのお屋敷に身を寄せております、ポーリンと申します」
「おや、初めましてお嬢さん。オースタの町にようこそ」
「なんだ、やっぱり依頼があったのか。って、黒影は屋敷持ちだったのか?」
「さすがは腕利きの冒険者だな」
気の良さそうな門番さんたちは、笑顔で言った。
「……ポーリンは、うちでは『奥方さま』と呼ばれている」
すると、門番さんたちの顔色が変わった。
「やっぱり嫁なんだなっ!」
「嫁なら嫁と言え! 別に、俺たちは、抜け駆けしたとかそんなことは思わないからな!」
「悔しいとか、思わない、からなっ」
「……くそっ、いつの間に……」
「愛かよ! 愛で変わったのかよ!」
「無愛想で暗くても、影が薄くても、金があれば勝ちなんだな……うう……」
もうもうっ、セフィードさん、だから、説明の仕方!
「あの、これ、良かったら召し上がってください。アップルパイなんです」
わたしがアップルパイの入った包みをひとつ差し出すと、門番さんのひとりが「これは……婚礼の菓子なのかな……うん、ありがとう、俺たちもあやかるよ」と弱々しい笑顔で受け取った。
ううむ、もはや誤解を解ける気がしないわ。
「黒影、いい嫁さんじゃないか。健康的で」
「お前はひょろっとしすぎだから、バランスがいいな」
ちょっ、軽くディスってるの?
「美味い飯を作ってくれる」
ふっと笑いながら、黒影さんが言った。
「美味い飯だと? こ、この野郎、爆発しろ!」
「保証金は金貨5枚にするぞこらぁっ!」
荒っぽく言っているが、彼らは涙目である。
「……ポーリンは菓子を作るのも上手いから、この町で店を開こうかと思って連れてきた」
「うおおおおお、旦那面しやがって!」
「菓子も作るのかよ! 飯も作るし子どもも作るんだな!」
作りません!
わたしは内心の突っ込みを抑えて、にこやかに言った。
「お店を開いた暁には、ぜひご来店くださいね。妙齢の女性もたくさんいらっしゃると思いますので」
「……妙齢の」
「女性が、たくさん」
門番さんたちは「銀貨5枚でよし!」と言って、わたしたちを通してくれたのだった。
「結構大きな町なんですね」
「ああ」
キョロキョロと市場の様子を見ながら歩いていると、アップルパイの包みを持ったセフィードさんに「買い食いしたいなら、あとで買ってやる」と言われてしまった。
違うわ、町の雰囲気を探っているだけよ!
マーケティングリサーチよ!
……買い食いも、マーケティングリサーチだから、必要ですけどね?
やがて、わたしたちはがっしりとした木の扉のある建物に着いた。剣と杖のマークが浮き彫りにされた木の看板があるので、ここが冒険者ギルドなのだろう。
わたしは、セフィードさんに続いて建物の中に入っていった。奥の方にカウンターがあり、左の壁には掲示板とメモくらいの紙がたくさん貼られた場所がある。右側には椅子とテーブルがあり、なにやらそこで相談している人たちもいる。依頼人と冒険者なのか、パーティの仲間なのだろう。
セフィードさんがまっすぐにカウンターに向かい、「こんにちは」と出迎えたお姉さんにアップルパイの包みをふたつ渡した。
「うちのポーリンが焼いたアップルパイだ。そのうち店を出すから」
「えっ? あ、あら、ごちそうさまです、『うちのポーリン』さん?」
「そうだ。うちのだ」
お姉さんが、わたしとセフィードさんを見比べるので、わたしは「セフィードさんがお世話になっています」と頭を下げて言った。
「まあ、黒影さんの奥様なのかしら? こちらこそ、お世話になってます」
お姉さんも頭を下げた。
ああ、また誤解を……。
しかも、セフィードさんたら、なんだか得意そうに「ふふっ」て笑うし!
「そうだわ、黒影さんが来たら連絡するようにって、ギルド長に呼ばれていたの。ちょっと待っててね」
ギルドのお姉さんは、ギルド長のところから帰ってくると、わたしたちを奥に通してくれた。ギルド長室のようだ。
「……」
「えっと、失礼します」
わたしも一緒でいいのかなと思いつつも、無言で進むセフィードさんに続いて中に入った。




