聖女、活躍する!3
セフィードの過去にかなり凄惨な話が出てきます。ご注意ください。
「俺が生まれたのは、この世界のどこかにあったドラゴンの国だった」
セフィードさんが、ぽつりぽつりと話し始める。
「ドラゴンは身体も大きく、力がある種族だ。そして、美しい物を好む。宝飾や芸術品などの煌びやかな物を集めて、容姿もとても気にする。
俺は、そんなドラゴンの王の息子として生まれた。
プライドが高いドラゴンの中で、王家の家系は特に気位が高く、他人を見下す傾向があった。
『美しくなければ価値がない』
そう俺に教える父も母も、見た目はとても美しかった。
そして、その頃は非の打ちどころのない外見だと褒めそやされていた俺のことを、将来の王になる存在だと可愛がった。
そんな俺に、妹が生まれた。
身体が丈夫で長寿であるドラゴンの一族には、あまり子は生まれない。
妹は、最初は可愛がられたが、成長するにつれて鱗がくすんだ色合いになり、やがてブチになった。単色が普通のドラゴンの中で彼女の鱗は異端で、美しくないと蔑まれた。
しかし、妹はとても心優しい娘だった。
妹と暮らすうちに、他のドラゴンの言動が異常だと感じるようになり、見た目で優劣をつけるのはおかしいことだと、俺は薄々感じ始めるようになった。
そして、自然と妹のことを庇って暮らすようになったのだが、それが両親や取り巻きたちの気に入らなかった。
妹はいじめられ、毒を盛られた。
翼をもぎ取られたこともある。
俺は、このままドラゴンの国で暮らしたら、そのうち彼女の気が触れてしまうのではないかと心配になった。
成龍となった俺は、妹を連れてドラゴンの国から出て行こうとした。
しかし、俺たちはすぐに捕まり、実の家族から『矯正』という名の拷問を受けた。
あいつらは、妹の目の前で俺を責め苛み、妹の存在が悪なのだと繰り返し妹に言った。
俺は、自分のブレスで妹を焼くようにと責め続けられた。
あいつらは、悪魔の化身である妹の魂を救うことが、ドラゴンの王になる俺の義務なのだと言い続けた。
ブレスで焼くことが、妹への救いなのだと。
妹は、自分のせいで俺が責められるのを連日見続けて、とうとう気が触れてしまった。
涙を流しながら、一日中『ごめんなさい、ごめんなさい、お兄さま、悪魔であるわたしを救ってください』と泣き喚く妹の前で、妹を壊したのは義務を果たせない俺だとさらに責められた。
『ブレスを吐け』
『ブレスを吐け』
『ブレスを吐け』
みな、狂っていた。
そして、みな、醜かった。
今思うと、それは愚かなドラゴンへの呪いだったのではないかと思う。
『美しいもの』以外に対して冷酷なドラゴンは、虐げられたものたちから恨まれていたはずだからだ。
みなの狂気に包まれて、とうとう俺もおかしくなり、ブレスを吐いた。
すべてのドラゴンに向かって。
優しい妹が悪魔ならば。
ドラゴンの存在全てが悪なのだ。
すべてを焼きつくし、悪の一族は滅びなくてはならない。
俺も含めて。
自分の吐いた灼熱の炎で、俺も焼かれた。
頑丈で強大なはずのドラゴンたちは、焼かれてのたうち回って、「なぜだ、なぜだ」と叫び続け、やがてその身体が崩れていった。
妹も、ブレスに巻き込まれていた。心優しい妹は、悲しいことに炎の中で心を取り戻してしまい「お兄さまを助けて! お兄さまを助けて!」と叫び続けていた。
そして、炎の中から唐突にその姿を消した。
俺は妹を探し、その名を呼ぼうとしたが……なぜか、あの子の名前を思い出せなくなっていた。
俺は燃えた身体のまま飛び上がり、空高くはばたいた。
ドラゴンの国が燃えていた。
妹は確かに存在したはずなのに、今は名前も姿も思い出せない。
俺は燃えながら飛び続け、やがて火山の火口に降りた。火山の火に炙られて、ようやくドラゴンの炎が消えたが、俺の身体は小さく干からび、全身が焼けただれていた……そう、とてもドラゴンには見えないくらいにまで小さく干からびていた。
俺は混濁した意識のまま火口から飛び立ち、なにかに追われるようにひたすら飛び続け、そして、知らずにレスタイナ国に来ていたのだろう。力尽きて落下した俺を、あんたが受け止めて、傷を癒してくれた」
セフィードさんは、わたしを見た。
「呪われた俺の身体をあんたが癒した。瀕死の俺を助けてくれたんだ。神から与えられた力で……呪われたドラゴンを」
「セフィードさん……」
「ポーリンのおかげで再び飛べるようになった俺は、誘われるようにこの地にたどり着き、主人のいない屋敷の扉が開いた。仕える者がいないまま長く暮らしていた家付き妖精のグラジールが「お待ちしておりました、ご主人さま」と俺を出迎え、そのまま俺は『神に見放されし土地』の領主となった。
そして、居場所を失った者たちがここにたどり着き、いつのまにか村となっていた。
身体の半分が醜く焼けただれた俺を、村の者たちは長として慕ってくれた。
そして俺は、あの者たちが飢えないように、他国の冒険者として金を稼ぎ、食糧を運んできた。
醜い姿のままで、村のために働き続けることが俺の運命だと思ったが、それは嫌な生活ではなかった。ただ、村人たちの暮らしをもっと楽にしてやりたいのに、それができないことが辛かった。
そんな時、俺は再びあんたに会った」
セフィードさんは、軍艦でわたしと再会した。
「俺の呪われた皮膚に触れても、あんたは苦しまないし、人質となって他国へ送られるというのに、能天気に笑って、不思議な力で船の中で作物を育てて美味いものを食わせてくれる。あんたの笑顔が眩しくて、俺は隠れながらそっとあんたを見ていた。最初は幻のように消えた妹が現れたのかと思ったが、あんたは妹よりもずっと強かった。なにしろ、海の魔物まで食っちまうんだからな」
「……だって、美味しいんだもん」
「……確かに美味いが」
少し黙ってから、彼は話を続けた。
「あんた……ポーリンがガズス帝国の王宮に行ってからも、俺は気になって、村に食糧を運ぶ合間にあんたの様子を見に王宮に忍び込んでいた」
こうしてストーカーができたのね。
「そうしたら、あんたは妹のようにいじめられて、毒を盛られていた。これは絶対に見逃せないと思い、俺はあんたが壊れる前に王宮から連れ出したんだ」




