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わたしは聖女2

 さてさて、神殿のアイドル(自称だけど)『ぽっちゃりポーリン』こと、わたしの事情であるが。


 まずわたしは、レスタイナ国の『豊穣の聖女』である。

 豊穣とは、五穀の豊かな実りのことなんだけど、わたしは食べ物全般を司る神の聖女である。まあ、呼びやすいからか、なんとなく豊穣ってことになっている。


 で、豊穣の聖女に選ばれただけあって、食べることが大好きだ。年がら年中飲み食いのことを考えているので、当然ながら体型はコロッコロのムッチムチのぷにっぷにである。


 ダイエット? 

 なにそれ美味しいの?


 こんなわたしが聖女の儀式に参加すると、背が高くスタイルの良いお姉さま方に混ざって、ひとりでコロコロなので大変目立つ。


 けれど、わたしがこんな体型をしているということは、大地の恵みが豊かで飢饉の恐れがないということのあかしなので、レスタイナ国でわたしの容姿を貶めるようなことを言うものはいない。むしろ、ぽっちゃりしたこの姿をありがたがってもらえる。


 痩せ細った聖女では、豊穣のシンボルにはなれないのだ!


 でも、これがもしも日本だったら……。


 そう、日本。

 実は、わたしの前世は日本人なのだ。


 若くして亡くなったわたしは、病魔に蝕まれ、物を食べることができずに死んでいった。その悲しみがとても大きかった(食い意地が張っていた、とも言えるが)ため、わたしは食べ物への熱い思いを抱いたまま転生し、前世の記憶が残ったままレスタイナ国で産声をあげたのだ。


 転生したわたしは、まだ幼い頃に両親が馬車の事故で亡くなってしまったため、教会の孤児院で育てられた。

 孤児院というと、お金がなく、ろくに食べ物もないイメージがあるが、レスタイナ国は神に愛された国なので他国に比べたら福祉も充実しているし、孤児院自体、教会が後ろ盾だし、シスターもわたしたち子どもたちもできる限りお金を稼ごうと努力していたので、贅沢はできないけれど、それほど食べ物に困ることはなかった。


 そして、そこで大きくなったわたしは、どうせ働くならと教会の畑で作物を育てることにして、その楽しさにハマった。

 なにしろ、手をかければかけるほど収穫率がアップして、美味しいものが採れるのだ。

 わたしは前世の記憶を辿って(こと食べ物に関しては、知識がありありと蘇るのだ。そう、学んだ覚えがないことまでもが!)腐葉土や堆肥を作り、それらをよくすき込んだ畑からは、面白いように立派すぎる程の作物が収穫された。

 やがて、もぎたての真っ赤なつやつやトマトを頬張ったわたしが『甘い、甘過ぎる! こんなにもトマトが美味しいなんて……いくらなんでも、この事態はチートすぎるのでは?』という疑いを抱いた頃に、神殿からの使いがやって来た。


 畑で土に塗れてクワをふるっていた12歳のわたしの元に、聖女出現の神託を受けた若い神官がやって来て、挨拶もそこそこに彼が天に祈りを捧げると、空からキラキラしたものがたくさん降ってきて、わたしの身体を包んだ。


「こっ、この光は⁉︎ なにが起きているの?」


 驚くわたしが手に持っていたクワから、ものすごい勢いでキラキラが噴き出して、さっき種芋を植えたばかりのジャガイモ畑に降り注ぐと、そこから緑の芽が吹き出し、みるみる育ってから葉がしんなりと下を向いた。


「そんな、まさか、もうじゃがいもが掘り頃になっているってことなの?」


 叫びながらわたしがひとつじゃがいもの苗を引っこ抜くと、がごごごごとものすごい手応えと共に引っこ抜かれ、なんとそこには大きなじゃがいもがゴロゴロとぶら下がっていたのだ!


「うわあ、これはすごいわ!」


 ずっしりとしたじゃがいもは、心なしか輝いて見える。


「これぞまさしく神の奇跡です! 神は新しい聖女の誕生を祝福なさっているに違いありません!」


 これでもかと育ったじゃがいもたち!


 しかも、その数約30個!


 なんという促成栽培!


 しかも、丸々と大きく重く、なんて美味しそうなじゃがいもたちなの!


 植えたばかりのじゃがいもがあっという間に育ったのみならず、ひとつの苗から大きないもが30個も採れたということに驚愕するわたしの横で、感極まった神官が両手を天に掲げて叫んだ。


「おお、ありがたき神のわざを目の当たりにし、改めて深く心を打たれました! 偉大なる豊穣の神よ、大いなるお恵みを感謝いたします! そしてポーリンさま、あなたさまはまさしく『豊穣の聖女』でいらっしゃいます!」


「わたしが? 聖女……なの?」


 畑仕事用の粗末な作業着に身を包んだ泥だらけのわたしは、どうやら聖女だったらしい。


 ……うん、やっぱりチートだったね。

 できたお野菜、美味しすぎたもんね。


 まだ若い神官のお兄さんは「新たなる聖女さまがこのレスタイナ国にお生まれになったことを感謝をいたします」とわたしに向かって両手の指を組み、頭を下げた。

 

 右手にクワを持ち、左手には取り立てのじゃがいもをぶら下げたわたしはどうしたらいいかわからず、とりあえず天を仰いで「ええと、神さま、いつもこのポーリンをお引き立てくださいましてありがとうございます。なにをどうしたらいいのか、まだよくわかりませんが……とりあえず今夜のおかずは、偉大なる神さまを讃えるために、じゃがいものコロッケにしたいと思います」と、豊穣の神に向かって厳かに誓った。


 その日の夜に、「うわあ、すごいや! 大きくて美味しそうなじゃがいもがいっぱいできているよ!」「嬉しいね、楽しいね」と大騒ぎする子どもたちとじゃがいもを掘り出し、笑顔で作ったコロッケは、炒めた玉ねぎとほんのちょっぴりの挽き肉(ほら、ここは財政的な事情ね)を入れただけなのに、めちゃめちゃ美味しくできた。

 外はカリッとサクサク、中はほっこりした熱々のコロッケを食べた神官は「これは、とびきり美味しいだけではなく、神気に溢れたコロッケです。食べると身体の中に清々しい気が溢れてきます!」と感激していたので、ここにもなにか祝福があったのかもしれない。


 それでもって、あまりにも大量にじゃがいもが採れた(豊穣の神さまは、豊穣を司るだけあってかなり気前が良い神さまなのだ)ので、わたしは聖女として神殿に上がる準備をそっちのけで、孤児院の仲間やシスターたちと力を合わせてコロッケを作った。


 手が足りなかったので、やって来た若い神官を孤児院に引き留めて「さあ、共に神の僕として収穫を料理しましょう! そして大いなる神に感謝を捧げましょう!」とかなんとか言って上手いことこき使……お手伝いいただいた。


 出来上がった山のようなコロッケは、まだ揚げたてでチリチリいっているのを教会から近い市場の一角にある『孤児院からの愛の贈り物』という直売コーナーに持っていき、「今夜のおかずに揚げたてコロッケはどうですかー? おひとつかじっていきませんかー? 神さまのお恵みをたっぷり受けた教会のコロッケですよー」と売ってみた。


 当然のことながら『神気に溢れた』特別に美味しいコロッケはめちゃめちゃ売れた。

 たぶん、売っている横でわたしたち(神官を含む)が美味しがってハフハフ言いながら、できたてのコロッケを食べていたせいもあるだろう。


 豊穣の女神からの祝福を受けた畑は、その後も美味しいじゃがいもを(常識的な範囲で)産出したので、このコロッケは孤児院の大きな財源となった。


 そして、「『豊穣の聖女』監修のじゃがいものコロッケを食べると、その1年間は食べ物に困らないらしい」という噂が流れた。

 それからは、普段はもちろん、毎年の豊穣祭りの時にはコロッケをたくさん作り、さらに孤児院の収入が増えたのであった。


 ありがたき神のわざのおかげで、わたしがいなくても孤児院の畑からはたくさんの良質な作物が採れるようになったので、わたしは安心して神殿へと向かった。


 わたしは一番年若い、新米の聖女だったし、元々他の聖女たちのように背が高くなかった……正直、かなり小柄であった。そんなわたしをまだ幼い子どもだと思ったお姉さまたちは、すぐにわたしを受け入れて、なにかと世話を焼いてくれた。


 そして、豊穣の神の加護を受けているのと、食べ物への執着が人一倍あること、それに前世の記憶があったことで、わたしが神殿の厨房にある豊富な材料を使って美味しいお菓子や食べ物を次々と作り出して、お姉さま方や神殿で働く神官やメイドたちに振る舞うと、「新しく来た聖女は、神からの祝福を惜しげもなく皆に分け与える素晴らしい聖女だ」と、わたしの評判はうなぎ上りになった。


 ついでに、わたしの体重もうなぎ上りになってしまったのだが……。


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