聖女、活躍する!2
セフィードさんのお屋敷にやってきて、1ヶ月程が過ぎた。
わたしたちは力を合わせて畑を耕し、今ではとても広くて良い土の畑に人参、じゃがいも、トマト、西洋ねぎ、そしてレタスやキャベツやほうれん草など青物や、カラフルなピーマンとパプリカ、そして豆類がすくすくと育っている。
麦畑も作ったし、小麦を挽くための臼も準備してある。
もう少し余裕が出たら、田んぼも作る予定だ。
最初に植えたりんごはおまけのようなもので、あっという間に実をつけたが、他の作物は(村のみんなで食べる分くらいはささっと育ったけれどね。神さま、ありがとうございます、ポーリンはとっても助かります)まあまあ常識的なスピードで育っている。
とはいえ、その味は非常識に美味しいけれど。
畑から取り除いた石は、手頃な大きさに金のクワで砕いてから(ええ、普通、クワでは石を砕けないけれどね、そこは不思議な聖女パワーということで)(違うわ、わたしが怪力だからではないわ! わたしはお淑やかな聖女なのよ……なの、よ)積んで、焼き窯を作っている。
これでピザとかパイとかを焼くと、1度にたくさん焼けるし、とても美味しいのよ。出来上がるのが楽しみだわ。
「さあ皆さん、額に汗して働きましょう」
古くなった聖女服をリメイクして作った農作業着に身を包み、今日もわたしは元気にクワを振るう。さっくさっくと耕した畑には、セフィードさんと一緒に町で買ってきた種を撒き、苗を植える。
多めに耕して牧草地にしたら、酪農も行いたいわね。
そうそう、鶏も飼いたいわ。
バターやミルクや卵を自給自足できると、美味しいものがたくさん作れるもの。
そんなわたしにとても懐いている、犬族のミアンが、いつものようにお手伝いをしにやってきて、突然黙り込んだ。
見ると、いつもは全力で振りまくっている可愛い尻尾が、今日は力なく垂れてしまっている。
「……奥方さま……」
「どうしたの、ミアン? なにか悩み事でもあるの?」
泣きそうな顔の幼女に、わたしは腰を屈めて目を合わせ、そっと尋ねた。
「………どうしよう……奥方さま、どうして……」
まったく意味がわからず、首を傾げながら、ミアンの言葉を待つ。
「奥方さま、奥方さまが……やつれてしまっていたなんて!」
はい?
「ここにいらした時は、ふわっふわのプニンプニンだったのに、いつの間にか奥方さまがこんなにやつれてしまっていたなんて、どうしよう、どうしよう、ご病気だったら……お母さんも、病気になって、細くなったから……」
ミアンがえぐえぐと泣きながら、わたしにしがみついた。
「こんなに……奥方さまが細くなっちゃった……うわああああああん!」
「え? ちょっと、ミアン?」
わたしは号泣する犬耳っこを撫でながら、戸惑った。
「わたしはとても元気だし、やつれてなんかいないわよ? 病気ではないわ」
「でもおっ、こんな、細く、なってる! 奥方さまあ、奥方さまあああああーっ!」
「どうした、ミアン?」
「奥方さまに、なんかありなさったのかい⁉︎」
「うわああああああああーっ」
激しく泣きじゃくるミアンの声で、村の人たちが集まってきてしまった。そして、すごい勢いでセフィードさんが飛んできた。
「奥方さまあああああーっ、前はこんなに、細くなかったもんっ、どうしよう、ご病気だったらどうしよう、嫌だよーっ、奥方さまあああああーっ」
「あ」
ミアンちゃん?
もしや、わたしのウエストサイズのことを言っているのかしら?
「ポーリンは病気なのか?」
「ひゃっ」
目の前にセフィードさんの顔が現れて、わたしはのけぞった。
「ミアン、こちらにいらっしゃい。奥方さまが困ってらっしゃるわよ」
「おがあざあああああん」
泣きじゃくる幼女が、母親に引き取られてほっとする間も無く、今度はセフィードさんに迫られる。
「ポーリン、大丈夫か?」
「わたしは元……」
「……なんということだ、毎日見ているから気づかなかったが……見ろ、こんなに服が余っている……」
「あら、本当だわ」
聖女服と同じで、農作業着もウエストがゴムなのよね。だから、気にしていなかったけど、言われてみると、ゆるゆるだわ。
「ポーリンは、こんな細くなかった! ほら、抱き心地も違うし!」
「ぎっ、ぎゃーっ!」
わたしは、いきなりセフィードさんに抱きしめられて、踏んづけられたカエルのような声を出してしまった。
「前はこんなにくびれていなかったぞ! あんた、病気になっていたのか? 働きすぎて、無理がたたったのではないか? ポーリン!」
「……」
違いますね。
毎日クワを振るって汗だくになり、よく身体を動かしているから、お腹が引っ込んだんですね。
「ほら、前はもっと肉が掴めたのに!」
セフィードさんの両手が、わたしの脇腹の余ったお肉を揉んだ……そうなのだ、『やつれた』なんて言われたけれど、やっぱりわたしはぽっちゃりなのである。
「これしか! これしか掴めない!」
激しく揉まれている。
公衆の面前で脇腹を揉むとは!
なっ、なんたる辱めを……。
「セフィードさんの、えっち!」
わたしは涙目になりながらセフィードさんの頬を平手打ちした。
「最低! 変態! もう知らない!」
「ポーリン⁉︎」
耐えきれずにわたしはその場から走り去った……軽やかにではなく、どすどすと。
村の外れには、小さな川が流れている。
わたしは川辺に座ると、小石を投げた。
「……セフィードさんの、ばか」
心配してくれたのは、わかる。
わかるんだけど。
スリムなセフィードさんに、村の人たちの面前で脇腹のお肉を揉まれて、わたしの乙女心は傷ついたのだ。
「うう……どうせわたしは、お姉さま方みたいにスタイル良くないもん」
わたしは豊穣の聖女だし、ごはんをお腹いっぱい食べられるありがたさを感じているから、いくら太ってもそれ程気にしなかったけど……なんでだろう。今日のはこたえたな。
他の聖女のお姉さま方みたいに美しかったら……。
そっと腹肉を触っていると、足音もなく背後にセフィードさんがやってきた。
「ポーリン……」
さすがは『黒影』さんだ。
気配を消すのが上手いわね。
「……済まなかった」
「……」
いいのよ、気にしないで、と言えないわたしは、聖女失格だ。
振り返らないわたしの隣に、セフィードさんが座った。
そして、黙り込むわたしの横で、ぽつりぽつりと話し始めた。
セフィードさんがその身に受けた『呪い』の話を。




