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【書籍化】転生ぽっちゃり聖女は、恋よりごはんを所望致します! ……旧タイトル・転生聖女のぽっちゃり無双〜恋よりごはんを所望いたします!〜  作者: 葉月クロル
第一章

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閑話・りんごの効果

「お母さん、ただいま」


「お帰りなさい、ミアン」


 大きな布の袋を抱えて家に戻った犬耳の少女を出迎えたのは、やはり頭に犬の耳がついた女性だった。


「お母さん、寝てなくちゃダメだよ」


 慌ててミアンが駆け寄ると、粗末な椅子に座った女性は力なく笑って「ミアンが帰ってくる時くらい、起きていたかったんだもの」とミアンの頭を撫でた。


「それにね、今日は少し調子が良いのよ」


「ミアンがたくさん根っこを掘ってきてくれたから、肉の切れ端と一緒に柔らかく煮込んで、お母さんに食べさせたんだよ。それで元気が出たのかもしれないね」


 病気がちな母親に代わって、家事をしているミアンの姉が言った。


「ねえミアン、なんだか村の中が騒がしかったけど、なにかあったの?」


「あっ、そうなの! 今日ね、セフィードさまの奥方さまが来たんだよ。とっても綺麗で優しくて、ふわふわしていい匂いのする方なの。不思議な奥方さまでね、ミアンの手を撫でてくれて……そしたらほら、こんなに手がすべすべになっちゃったの。見て、お母さん」


「まあ……」


 娘の手を撫でて、ミアンの母は驚き、そして笑った。


「本当にすべすべね」


「そうなの、根っこを掘るときに擦りむいたところも全部治っちゃったんだよ。奥方さまはね、ミアンがいい子だからすべすべになったのよって言ってね、頭を撫でてくださったの」


 ポーリンのことを思い出したミアンは、激しく尻尾を振りながら言った。


「すごーくすごーく優しく撫でてくださったの! もうね、ミアンは奥方さまが大好きでね、今日はとても嬉しかったの、だからずっと奥方さまのことを見ていたのよ」


 妹の懐き具合に、姉は驚いて言った。


「……ミアンがそんなに好きになるなんて……その奥方さまもドラゴンなの?」


「ううん、人間なんだって。人間の聖女さまよ」


「聖女さま、ですって?」


「そんなことがあるかなあ。だって、ここは『神に見放されし土地』って呼ばれているんだよ。なのに、聖女さまがセフィードさまの奥方さまになりにやってくるなんて……」


「本当に聖女さまだもん!」


 首をひねる母と姉に向かって、ミアンは耳と尻尾をピンとさせて言った。


「すごいんだから! 畑を作ってくださったんだから!」


「は、畑を?」


「聖女さまが? なんで畑?」


 もっともな疑問である。


「こうね、金の光がばーっとなって、クワが出て、さっくさっくってしたら木がすごいの! でね、美味しいのがばーっとできて、もうね、もうね、聖女さまはすごいんだから!」


 身振り手振りで必死に説明したが、ミアンの興奮が高まり、母と姉の困惑は深まるばかりである。


「ええと……あっ、そうだ、これ!」


 ミアンは、説明するために床に置いていた袋の口を開けると、中から見事なりんごの実を取り出して、姉に渡した。


「とっても美味しくて元気になるりんごなの。たくさんなっているから、食べたいだけ食べていいって言われたんだよ」


 真っ赤で大きなりんごを見て、母と姉は「なんて素晴らしいりんごでしょう! これを、いただいていいの?」「ちょっと、こんな立派なりんごを見たことがないんだけど……ねえ、高くない?」と目を見張った。


「奥方さまが、みんなの畑でできたりんごだから、みんなで食べましょうって言ってくれたから、大丈夫だよ。お母さん、食べてよ、元気になるよ」


「あ、すりおろしてくるね」


 あまり物が食べられない母のために、姉はりんごの実を皮ごとすりおろして器に入れた。


「まあ、いい香り。リアンとミアンの分は大丈夫なの?」


「たくさんあるから大丈夫だよ、お姉ちゃんも食べなよ」


「うん。さあ、お母さん、食べようよ」


「そうね」


 おろしたりんごをスプーンですくい、娘たちが見守る前で母は口に入れた。


「……なんて……美味しいの……」


 食の細くなった母親が、すりおろしりんごを喜んで食べているのを見て、姉のリアンもりんごを嚙った。


「美味しい! すっごく甘くて美味しいよ!」


「でしょ? たくさん食べてね」


 ミアンも、大きなりんごを抱えるようにして持ち、しゃくしゃくといい音を立てて食べた。


「お母さん、もっと食べて」


 器が空になったのを見たミアンがりんごをもうひとつ渡すと、病気の母は「いただくわね」と丸かじりし始めた。

 そんな母の様子に姉のリアンは驚きながらも、りんごを嚙るのを止められない。


 しゃくしゃくといい音を響かせて、母娘は美味しいりんごをおなかいっぱいに食べた。





「本当に、元気が湧き出てくるような美味しさだね、お母さん」


「ええ。……とても気分が良くなったわ……あら?」


 犬族の女性は、首を傾げながら立ち上がった。


「あら? どうしたことかしら?」


「お母さん、どうしたの?」


「あら? あら? ……」


 女性の目から、涙がぽろぽろと溢れた。


「お母さん!」


 心配した娘たちが駆け寄ると、母はふたりをぎゅっと抱きしめた。


「ああ、リアン、ミアン! お母さん、病気が治ってしまったみたいなのよ! とても調子がいいの、このまま駆けっこができそうなくらいに元気になったの! ……ああ、神さま!」


「お母さん、本当なの? 本当に病気が治ったの?」


「やったあ、奥方さまのりんごでお母さんが元気になったよ! ほらね、奥方さまってすごいでしょ! あははは、わーいわーい!」


 ミアンは尻尾を振りながら、家中を飛び回った。


「わーいわーい! 神さまがお恵みをくださったよ! わーいわーい!」



 その日、『神に見放されし土地』にあった村は『神に祝福されし村』となったのであった。

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