聖女、活躍する!1
さあ、村人ぽっちゃりコロコロ作戦の開始よ。
わたしはさっそく、手近な男性に尋ねた。
「この村には、畑はないのかしら?」
「はい、それが、畑を作ることが叶いませんのです、奥方さま」
なんだか熊っぽい男の人は、かぶっていた帽子を脱いで言った。
帽子の下から熊の耳が現れたので、わたしは心の中で(あら、当たりだわ)とちょっと嬉しくなる。
「この村は、行き場をなくした者たちが、セフィードさまのお屋敷の近くに住まわせてもらおうと集まってできたものですが、周辺は元々土地が痩せていて、農業に適さないのです」
「あら、そうなの。豊かな土地ではないのに、なぜセフィードさんのお近くを選んだの?」
あんな陰鬱なお屋敷の近くを、なぜわざわざ選んだのかしらね。
すると、セフィードさんが説明をしてくれた。
「……この辺りは俺の縄張りだからな。俺の気配で縄張りにうるさい程の強い魔物は近づかないんだ。普通の獣や小さな魔物は気にせずにいるが、その程度の奴らなら村の者たちでも余裕で狩れるから、むしろ好都合だ」
「はい。狩りをして肉や毛皮が取れますからね」
熊の村人が言った。狩りで得られるものがこの村の収入なのだろう。
「ふうん、そういうものなのね」
つまりこの辺りには、ボスキャラ的な魔物がいないってことなのね。
「しかしながら、森はあるのですが根が張っていて、そこから土を取ることもできず、なんとか切り開いた村の周辺は岩が多く、畑を作りたくても作れないのです」
「なるほどね。岩だらけの場所では水が留まらず、土に栄養がないから植物は育ちにくい。森から土を持ってくることもできない。それでは、肉があっても米や麦や野菜や果物を手に入れることができないわね」
「はい。家畜を飼おうにも牧草がなく……」
となると、ミルクもバターも手に入らない。
「そんなわけで、俺が町に出かけて不足した食糧を買い、なんとか暮らしている」
ふむふむ。
いくら『黒影』さんが手練れの冒険者でも、村ひとつ分の人々を養っていくのは大変だ。だから、村人たちも彼もひょろひょろしているのだろう。セフィードさんには魔素があるから動けているけれど、身体の栄養は足りていないわね。
「事情はわかりました」
わたしは村人たちに頷いた。
「それでは、畑を作りたかった場所に案内してくださいな」
わたしが連れて行ってもらった場所は、広さはあるが、なるほど農業には向かない土地だった。大きな岩がゴロゴロ転がっているし、土はかっちかちだ。この上に、森から腐葉土を持ってきたとしても、水はけが悪そうだから収穫は期待できそうにない。
「……そうね。まずは、大岩をどかしましょう」
「俺がやろう」
わたしとセフィードさんが動き始めたのを見て、村人たちが慌てだした。
「いや、お待ち下さい! セフィードさまも奥方さまも、この土地をご覧ください。とても畑として耕せるような場所ではありませんですよ」
「そうです、わたしらもがんばってはみたんでございますです。でも、固い岩を剥がしても、残念無念なことに、そこからは砂のような土しか出てきやしなかったんでございますですよ」
「そうでしたか」
わたしは皆に向かって言った。
「でも、もしもこの地を耕し、畑にすることができるとしたら、皆さんは共に働いてくれますか?」
「そりゃあもちろんでございますですよ!」
「わたしらの村のためですから、身を粉にして働きますです、そりゃあ人として当然のことです」
「ほほほ。それならば、ご覧なさいな。わたしは『豊穣の聖女』ポーリン。豊穣の神さまにお仕えする者ですわ」
わたしは両手の指を組み合わせて、天に向かって祈りを捧げた。
「豊穣の神さま、どうぞこの地に偉大なる神さまのお力をお貸しくださいませ。大地に実りを、豊かなお恵みを!」
すると、祈りを聞き届けてくださった神さまが、惜しみない光を降り注いでくれた。
「うわあ、こりゃあなんだ⁉︎ 奥方さまがあんなにお光りなすってる!」
「『神に見放された土地』と呼ばれるこの地に、金色に光るお恵みが降り注いでくるとは!」
「わーい、奥方さまがキラキラしてるー」
「綺麗ねー、奥方さま、綺麗ねー」
無邪気な子どもたちが喜んでぴょんこぴょんこと飛び跳ねて踊る前で、わたしは両手を掲げた。すると、わたしの手に金色に光るクワが現れた。
「なんだあれは! ……金のクワだと?」
「奥方さまがクワを……手になさっているが……」
「あんなもの、奥方さまに使えるのかな?」
ほほほ、このポーリンのクワ使いを知らないわね?
当然だけど。
わたしはクワを振りかぶる……ことなく、しっかりと両手で握ると腰を入れて、ストンと土に落とす。
そう、やたらと大きな動きで振るうと、腰や腕を痛めてしまうのよ。クワは刃の重さを利用して、土にさっくりと差し込むようにして使うといいのよ。
金色の刃を持つクワはわたしの手に馴染み、狙ったところに落ちた。そのまま岩に突き刺さると、その周辺の色が黒く変わり、固い岩がふわふわした土に変わった。
「なっ、なにが起きているんだ!」
「クワが岩に刺さって……良い土に変えちまった……」
わたしはクワを軽々と振るうとその周辺をさくさく耕してしまう。
「まあ、神さまはとても素敵なクワをくださいましたわ。これがあれば、どんなに痩せた土でも固い岩でも、畑に変えることができますわね」
村人たちは驚いた顔で、わたしとクワと畑を何度も何度も見ていた。
「……じゃあ、俺は岩を退かそう」
セフィードさんはそう言って、大きな岩を持ち上げた。
「お願いします。あっちの方にまとめて置いておいてくださいな。しっかりした良い岩なので、使い道がありそうだわ」
「おう」
セフィードさんの様子をぼんやりと見守っていた村人たちは「……俺もやります」「俺も!」と次々と岩の除去作業に取り掛かった。男性も女性も大変力持ちのようで、大きな岩がゴロゴロと転がされていく。
わたしは岩が取り除かれた場所に行き、せっせとクワを振るい、畑を耕していく。
「こいつはちょっとばかり難儀だぞ」
「こりゃあ、でっかいな」
「……俺が砕く」
さすがは自称ドラゴンのセフィードさんだ。手から光る爪を出すと、音を立てて大岩を砕いてしまった。
みんなが岩を相手に奮闘している間に、わたしはできたての畑の端っこに持ってきた黒い種をひと粒撒いた。
「ここに水をかけて頂戴。そして、お恵みくださったことにお礼申し上げて、神さまに祈るのよ」
わたしが声をかけると、子どもたちは「はーい」と良い返事をして、井戸から水を汲んできてそこに撒いた。
「神さま、ありがとうございます」
「ありがとうございまーす」
うんうん、信仰心が芽生えたわね。
わたしも神さまに祈った。
「神さま、いつもありがとうございます」
すると、天から再び金色の光が降り注いだ。光が畑に吸い込まれると、さっき撒いたばかりの種が芽吹き、すくすくと育っていく。
「うわあ、驚いた!」
「木だ、木が生えちゃった!」
膝の高さに育ち、肩の高さに育ち、そのままぐんぐんと育った木は大きく枝を伸ばし、緑の葉をゆさゆさと揺らして白い花をたくさん咲かせた。
うん、良い木陰ができたわね。
と思ったら花びらがはらはらと落ちてきて子どもたちを喜ばせ、その後には大きな赤い実がたくさんなった。
りんごだ。
真っ赤に熟したりんごがたくさん木になっている。
「奥方さま、あれは? 食べられるの?」
「もちろんよ。甘酸っぱくて美味しい、みずみずしいりんごよ」
わたしは手の届く所までたわわになっているりんごをひとつもいで、囓った。
「美味しい! もぎたてのりんご、最高!」
口の中がジューシーな甘い果汁でいっぱいになる。見ると、しっかりと蜜が入っているようだ。そしてもちろん、甘いだけではなくてさっぱりした酸味もあるし、りんご独特の芳しい風味も強い。
「とても美味しくできたわ。さあ、みんなも食べてご覧なさい……ええ、皆さんももちろんどうぞ」
木が伸びてきたあたりから手が止まってしまい、口をあんぐりと開けてこちらを見ていた村人たちにも声をかける。
「木登りをしなくても取れるのが助かるわ。ほら、まずは美味しいりんごをお腹いっぱい食べて、元気を出しましょうよ」
そして、そのままりんご祭りとなった。
「甘い! こんなに甘くて美味しいりんごは初めてだ!」
「お菓子みたい、ね、奥方さま。美味しいね」
みんな、大きなりんごを持って、しゃくしゃくと囓りついている。
「たくさんお食べくださいな、お代わりもなさってね。美味しいだけではなく、身体にも良い果物ですからね」
神さまのお恵みをたっぷり浴びて育ったりんごは、どうやら祝福の効果も高いようだ。
りんごを食べて元気を出したわたしたちは、一日中笑いながら、痩せて不毛だった土地をどんどん畑へと作り替えていったのだった。




