お食事は大切です4
「さあ、腹ごしらえも済んだことですし、行きましょうか?」
わたしはセフィードさんに声をかけた。
「動きやすい服に着替えて参りますから、少々お待ちになってください」
「……どこに行くんだ?」
食料を節約するためか、お茶しか飲まなかったセフィードさんは、首を傾げた。
彼は食事を摂る必要はないというのだが、軍艦に乗っていた時には結構ごはんを食べていたことを、わたしは知っている。
しかも、かなり喜んで。
いるのかいないのかわからない冒険者の黒影さんだったが、食事時には必ず食堂に現れて、隅っこのテーブルでもきもきとごはんを食べていた。アップルパイが出た時には、微妙に嬉しげな顔色になっていたのを、豊穣の聖女であるわたしは見逃さなかった。
だから、本当は彼もおなかが空いているのだと思う。
栄養は満たされても、魔素を吸収するだけの食事は胃も心も満たされないのだろう。わたしが打たれていた点滴と一緒で。
飢えた村人と、空腹のドラゴンに、美味しいごはんを食べさせてあげたい。
前世のわたしがそうしろと、この身の奥底から激しく要求してくるのだ。
ええ、そうよ、わたしは『豊穣の聖女』ポーリンなのですもの。
食べ物のことならお任せあれ!
「あなたの村の人々に、食事のお礼をしなければね」
わたしは、セフィードさんに向かってにっこりと笑った。
「で、なんで籠なの?」
「飛んだ方が早いからだ」
農作業用の服に着替えて、種の入った袋を持ったわたしは、黒い家畜用の籠の入り口を開けて「ほら、こーいこーい」と言うセフィードさんに向かって頬を膨らませた。
「……人間用の籠はございませんの?」
「人間を運ぶことはまずないから、用意がない」
「……ぶう!」
わたしは文句を言いつつも、おとなしく家畜用の籠に入った。
「奥方さま、そら、クッションを持っていってよ……ぶふっ」
「ありがとう、ディラさん。でも、吹き出すのはおやめなさい」
わたしは、ディラさんがくれたふたつのクッションを、お尻とおなかに当てて、居心地よく整えた。
「だって、なんだかこの籠にすごーくお似合いなんだもん、奥方さまってば。戻ってきたら、リボンとかレースを付けて可愛くデコってあげるからさ、楽しみにしてて」
……せっかくのディラさんの心遣いだけど……豚の籠にデコられても嬉しくないわ。
「籠にさ、奥方さまの名前も書いてあげるよ」
「結構です!」
わたしがお断りすると、ディラさんが身体をふたつに折って笑い始めた。
まったく、笑い上戸の泣き女って始末に負えないわね!
「行くぞ、ポーリン」
セフィードさんに、籠の入り口を閉められた。
『……おやつがないから、機嫌が悪いのか』
セフィードさんからの念話に「違いますーっ」と答えていると、籠がふわっと浮き上がった。
空を飛んで行くと、村にはすぐに着いた。
「セフィードさま、いらっしゃい」
「ご結婚されたというのは本当ですか?」
「おめでとうございます」
着陸すると、セフィードさんと籠は集まってきた村人たちに囲まれた。
「おや、これは豚ですか? もしや、婚礼のご馳走に?」
違います。
そもそも、結婚の話から違ってますよ。
「ポーリン、着いたぞ」
セフィードさんが入り口を開けたので、籠の中からわたしが出ると、おおっ、というどよめきが起きた。
「豚ではなく、花嫁さまでしたか」
すいませんね、白豚と間違えられがちな聖女でございますよ。
わたしは地面にすっくと立ち上がって、胸を張り「皆さま、ごきげんよう」と挨拶をした。すると、耳とか角とかあまり見かけないものが頭についたやけにスリムな村人たちは、なぜか瞳をキラキラさせながら口々に言った。
「これは……なんという福々しい方なのだ!」
「うわあ、あんなに丸々として……ぼよんぽよんのフワッフワだね、素敵だね」
「なんとも綺麗な奥方さまだねえ、さすがはセフィードさまだよ!」
「いいなあ、あのお姉ちゃんはあんなに丸っこくなって……羨ましいな……」
……え?
その目は憧れなの?
そして、この、ぽっちゃりを超えたポーリンのことが羨ましいの?
「きっと、たくさんごはんを食べているんだねえ……」
「いいなあ……」
わたしは、はっとした。
そうだった、ここの人たちは、満足にごはんが食べられないんだ。
セフィードさんが出稼ぎしてがんばって、森で狩りをして、それでも食料が足りていないんだわ。
だから、みんなこんなに身体が細いんだ……。
「……お姉ちゃん、とても綺麗な手ね。ちょっとだけ、触ってもいい?」
小さな、頭に三角の犬耳がついた女の子が、わたしを見上げて言った。見ると、細くなったその子の手はひび割れ、爪が汚れている。
わたしの視線を感じたのか、女の子は慌てて手を引っ込めた。
「あっ、さっき食べられる根っこ掘りをしていたから……汚くってごめんなさい」
「いいのよ、全然汚くなどありませんもの」
わたしは、女の子の手をとって、優しくさすった。
「あなたはお手伝いをしていたのでしょう。偉かったわね」
「うん、そうなの。今日はたくさん根っこが見つかったから、おかずが増えるの。うわあ、お姉ちゃんの手は柔らかくて、あったかくて、とても素敵な手ね」
女の子は頬を染めて、嬉しそうに笑った。
「ふわふわして、とっても気持ちいいな……あれ?」
女の子は、きょとんとした顔で自分の手を見た。
「あれれ? ……ねえ、お姉ちゃんの手を触ったら、わたしの手も綺麗になったよ? 痛いのもなくなっちゃった……すごい! お姉ちゃんの手はすごいね!」
どうやら癒しの力が発動したようだ。
「ふふふ。あなたのお名前はなんていうの?」
わたしは女の子の頭を撫でながら尋ねた。
「ミアンよ。犬族のミアンっていうの」
「わたしはポーリンよ。よろしくね、ミアン。この手はね、ミアンがとてもいい子だから、神さまが治してくださったのよ」
「神さまが?」
ミアンは不思議そうな顔をして、村人たちはざわめいた。
「神さまだと?」
「……ああ、そうかここは『神に見放されし土地』だということを、奥方さまはご存知ないのか……でなければ、こんなところにこんなに綺麗な奥方さまがいらっしゃるわけがない……」
「ここは、神さまの恵みも、食べ物も、無縁の土地だのになあ……」
肩を落とす村人たち。
いいえ。
皆さんは間違っていますわ。
わたしは言った。
「わたしの名はポーリン。レスタイナ国の『豊穣の聖女』ポーリンですわ。神さまは、どのような場所も見放したりなさいませんのよ。さあ皆さま、力を合わせて、この地に豊穣の実りをもたらしましょう! このポーリンに続くのです!」
「……豊穣の?」
「聖女さま、だって?」
わたしは力強く頷いた。
「豊穣の神さまが、この地に遣わした聖女ですわ!」
さあ、皆さまも、わたしのような飛び切りのコロッコロにして差し上げてよ!




