お食事は大切です3
「こちらが奥方さまのお部屋になりまーす、むっふっふー」
やたらとニヤニヤしているディラさんに案内されて、わたしは自分に用意された部屋に来た。
セフィードさんにお姫さま抱っこされて。
セフィードさんにお姫さま抱っこされて!
大事なことだから2度言いましたよ!
そうなのだ、怪力の、自称ドラゴンの冒険者にして、この、メイドは無駄に明るいが、雰囲気はなんだか鬱々として暗いお屋敷の主であるセフィードさんは、このぽっちゃりを超えたぽっちゃり、言わば『オーバーザぽっちゃり』であるこのわたしを軽々と抱き上げたまま、なんと階段を上りさえしたのだ。
わたしはデ◯ではありません。
オーバーザぽっちゃりなのです。
え? 自称ドラゴンよりも図々しい?
ええい、お黙りなさい!
とにかく、明るい泣き女のディラさんがドアを開けて、わたしたちを部屋に入れた。
「んじゃまあ、ごゆっくりー。お邪魔虫はさっさとたいさーん」
「ちょっと、ディラさん!」
「このこのー、新婚さんめ!」
きひひひひという笑い声(せっかくの美女なのに、その笑い方は残念だと思う)と共にドアが閉められ、わたしは半裸のイケメンとふたりきりになった。
彼は、目を細めて腕の中のわたしに言った。
「あんた、じゃなくてポーリン、昨夜は籠の中でよく眠っていたようだが……聖女の癒しの奇跡を行って体力を消耗……しただろう……」
「してませんよ、元気ですよ、だから早く下ろしてもらえますか?」
「ダメだ。さっきふらついただろうが」
「……」
あれは、セフィードさんがちょっぴり笑ってわたしの名前なんか呼んじゃうから、乙女心がふらついたんです!
……とは、言えない。
いやいや、消耗しているのは、身体中のひきつりを癒しの力で治療されたセフィードさんの方ですよね。
だって今、3回もあくびをしましたものね。
「そら、とっとと休め」
ナイトウェアにガウンを羽織ったわたしは、ベッドに放り出された。
「セフィードさん!」
「脱げ」
さっきの仕返しとばかりに、わたしのガウンを剥ぎ取って椅子に投げるセフィードさん。見ると、目が据わっている。
え、待って。
これはもしや、乙女の貞操の危機再び、ってやつなの?
どうしよう、ポーリンはまだ嫁入り前の清い身体なのに!
わたしが凍りついていると、彼は素早い身のこなしでベッドにわたしを押し倒して、その横に自分も倒れ込むようにして横になった。
「セッ、セフィードさん! それはまずいです! いろいろと! 服を着てないし!」
「……ああ、掛け布団か」
むくりと起き上がったセフィードさんは、掛け布団を掴むと「これで寒くないだろう」とまた横になった。
いえ違うんです、全然寒くなんてないです、むしろ身体がかっかと熱いです!
「……眠くて気持ちが悪い」
「ええっ? ちょっ、マジ、待って」
「んー、ねむ……」
一晩中、わたしの入った籠をぶら下げて飛んでいたのだ。
しかも、そのあと神さまの癒しを受けたのだ。
眠いのは当然だと思うけど……わたしを巻き込まないで欲しい。
動揺して聖女らしい言葉遣いができなくなったわたしは、ベッドから降りようとしたが、セフィードさんにがしっと抱きかかえられてしまった。
嫁入り前の乙女が、半裸の男性にベッドの中で抱きしめられるとか、これは非常にまずい状況だ。
「セフィードさん! わたしはぜんっぜん眠くないので、離してもらっていいですか?」
「……眠いだろう……」
「眠くありませんってば、セフィードさん!」
「……ダメだ……」
半分白目を剥いたセフィードさんは、わたしを抱き枕にしたまま眠りに落ちていった。
「ちょ、離してから寝てってば、セフィードさん、この馬鹿力男子!」
逃げられない。
わたしはベッドの中でじたばた暴れた。
「はーなーせー! ああもう……神さま、ポーリンはどうしたらいいのですか?」
思わず天に尋ねると、わたしの言葉をお聞き届けになった神さまは癒しの光を注いでくださった。
ベッドの中の、わたしとセフィードさんに。
「神さま、これ……ちょ、ま……マジで……ヤバイし……」
その癒しの光は、なぜかいつもと違ってピンク色をしていた。
急激な睡魔に襲われたわたしは、やがて深い眠りの底へと意識を潜らせたのであった。
レスタイナ国の『豊穣の聖女』ポーリン。
神さまにお仕えする貞淑な聖女ポーリンは、なんと、なんと、一晩殿方と寝屋を共にしてしまいました!
ああ、神さま!
ポーリンは、もう、お嫁に行けないのでしょうか⁉︎
窓から朝日が差し込み、目が覚めたら、目の前にはサラサラした黒髪のイケメンがいました。
半裸で。
また鱗をしゃりんしゃりん言わせながら、身体から落として。
「おはようございまーす、いくらなんでも寝過ぎっすよー」
乱暴にノックされて、メイドのディラさんが入ってきた。
「まるっと一日中、寝ちゃいましたねー、ったく、これだから新婚さんは」
違うし!
「ハッスルするにも程があるっつーんですよ」
ハッスルしてないし!
「あれ? セフィードさま、顔が変わりました?」
左半分の焼けただれたひきつりはなくなり、皮膚が薄くまだらに変色しているだけになったセフィードさんを見て、ディラさんが言った。名前を呼ばれたセフィードさんが目を開ける。
彼は、自分がしがみついている相手、すなわちわたしの顔をじっと見てから、髪をかき上げて言った。
「……よく寝た」
おい!
全力で突っ込んでいいかな!
「そりゃ良かったっすねー。んじゃ、朝食の用意ができるんで、服を着て下に来てくださいね」
「朝食!」
わたしはセフィードさんをどんと押して、ベッドに起き上がった。押された勢いで、セフィードさんは大の字になる。
「村の者たちが、奥方さまにって、パンやら肉やら野菜やらを持ってきてくれたんですよ。良かったっすねー」
「ええ、良かったわ!」
わたしは大きく頷くと、寝起きでぼんやりしているセフィードさんを「ほら、起きて! ごはんよ!」と揺すぶった。
「そこはおはようのチューじゃないっすかー、きひひひひ」
違うわ!
「いただきます」
テーブルには、肉と玉ねぎとじゃがいものスープと、昨日の残りのチーズ、そして黒パンがあった。わたしはさっそく食べ始める。
「奥方さまの口に合うといいんだけどね」
ディラさんがお茶の入ったカップを出しながら言った。
「あたしたち妖精にとっては、食事は趣味みたいなもんだからね。セフィードさまもそうだけど」
「セフィードさんも妖精なの?」
わたしはもしゃもしゃとスープに浸したパンを食べて言った。
「いや、セフィードさまはドラゴンだよ。空気中の魔素で生きてるから、特に食事の必要はないんだ」
「あら、そうなのね」
ドラゴン、ねえ……。
トカゲの妖精……じゃないの?
わたしは向かい側に座っている、今日も黒ずくめの服を着ているセフィードさんを見た。食事の必要がないという彼は、難しい顔をしながらお茶を飲んでから言った。
「……ポーリンの食べる物と、村にも少し食糧を買ってきた方が良さそうだな」
「奥方さまはよく食べますからねー」
ふん、余計なお世話よ!
でも、なんで村にも食糧が必要なのかしら?
「奥方さま、あのさ、この屋敷の近くにはぐれ者が集まってできた村があるんだよ」
ディラさんが説明してくれる。
「行き場をなくした者たちが、セフィードさまを頼って来たんだけど……なにしろここは『神に見放されし土地』なものだからさ。大地が痩せ細って作物が育たないでしょ。だから、ろくに食べ物がないんだ」
「……食べ物がない、ですって?」
「そうさ」
ディラさんが、鼻にシワを寄せた。
「森があるから、そこで狩りをして、肉はなんとか手に入る。岩塩もある。でも、野菜や果物や穀物は手に入らない。だから、セフィードさまが出稼ぎに行って、稼いだお金で村のために町で食糧を買って、運んできてくれるのさ。セフィードさまがいなかったら、みんなたちまち飢え死にしてしまうよ」
飢え死に、ですって?
「セフィードさん、あなたが『黒影』の名前で冒険者をしているのって、もしかすると村人を養うためなの?」
自称ドラゴンは、肩をすくめてお茶を飲む。
「仕方がないだろう。ポーリンも村人も食い物がないと生きていけないんだからな」
もしかすると、この人ってものすごく親切ないい人なんじゃないの?
わたしは、まだうっすらと顔がまだらになっているセフィードさんを見た。




