お食事は大切です2
わたしは、セフィードさんの顔を手のひらで覆い、全体的にグリグリしながら、神さまに祈った。
「この人は、少々デリカシーにかけていたりしますし、乙女の気持ちを逆撫でするような言動が見られますが、悪い方ではありません。神さまのお恵みで、素直で優しい心を育み、立派な青年として今後の人生を生きていけると思われますので」
「いや、俺は人ではなくドラ」
「お黙り。自称ドラゴンですがなんとなく人の範疇に思われますので、どうぞポーリンのお願いをお聞きくださいませ」
ふふふ、必殺、可愛いポーリンのおねだりよ!
「待て、俺は神に縋ろうとは考えていないし、この地に神の恵みを期待していないし」
「だからちょっと黙ってて。神さまから収穫させていただいた林檎で作ったアップルパイを、夢中で頬張っていたのは誰ですか」
「俺。いや、それはそうだけど」
「軍艦の中で、わたしのプランターを見たでしょ? 神さまのお力はすごいと感じていたでしょ? でなければ、大ダコにやられた頬の傷も治っていなかったはずよ」
「……そういえば……」
セフィードさんは、自分の頬に手を当てようとしたけれど、そこにわたしの手があるものだから結果的にわたしの手の上に手のひらを重ねた。
「というわけで、口でいろいろと言っていますが神さまの奇跡を信じているのです。そんなセフィードさんの抱える傷に、神さまの癒しをお与えくださいませ……」
わたしの祈りの言葉に神さまがお答えくださり、天より祝福の光が降り注ぐ。身体中に金の光を纏わせたわたしを見て、セフィードさんの赤い瞳が大きく開いた。
「『神に見放されし土地』であるこの地に、神の力を呼び寄せる……だと? あんたはいったい、どれほどの力を持っているんだ?」
「誤解なさらないで。わたしはただ、神さまを信じ、お恵みに感謝を捧げているだけなのですよ。さあ、目を閉じて暖かな癒しの光を感じてください」
「いや待て、俺は……」
「えい」
「おっ」
素直に目を閉じてくれないので、わたしが指をVの字にして目潰し(もちろん、寸止めよ!)をすると、さすがのセフィードさんの瞳もおとなしく閉じた。ダメ押しで、まぶたの上から手のひらで覆い、わたしは神さまに祈った。
「さあ、ひと思いにやっちゃってくださいませ」
「なんていう物騒な祈り方をする聖女だ!」
セフィードさんのクレームは無視する。
すると、わたしの身体の光はセフィードさんの左半身に移った。どうやら彼の身体の半分にケガとかなんらかの不具合があるようだ。
「ううっ」
セフィードさんは、うめき声を出して身動ぎした。しゃりん、しゃりん、と音がする。天からの光は眩く輝き、セフィードさんを包み込んでいる。
これほどの強い反応を初めて見た。
彼はどれほどの苦しみを抱えていたのだろうか。
「ううっ、くうっ」
わたしは、彼が逃げ出さないようにしっかりと身体を抱え込んだ。
大丈夫よ、この聖女ポーリンがついてますからね、気をしっかり持つのよ。
「……うぐっ、くるし、あんた、怪力だなっ、絞め殺される……」
「あら」
そっちでしたか、そうですか。
わたしが腕を緩めると、セフィードさんはぐったりと身体の力を抜いて「……海の魔物よりも……強い力なんだが……」と呟いた。
ちょっと、お年頃の乙女を大ダコと一緒にするの、やめてくださらないこと?
しばらくして、ようやく癒しの光が止まった。あまりにも長いこと光っていたので、もしかしたらセフィードさんは一生金色に光って暮らさなくちゃいけないのかしらと思ったほどだ。
「どうかしら? セフィードさん、身体の調子は? ちょっと立ち上がってみて頂戴な」
いつも癒しを行った後には、受けた者の体調のチェックをするのだ。神さまのお力はとても強いので、人によってはそのまま倒れて寝込んでしまう場合もある。セフィードさんは、輝きっぷりが特別大きかったので、よく観察しなければならない。
というわけで、わたしはソファから立ち上がってセフィードさんの手を取った。
「……なんか……凄かった」
そう言って、目をぱちくりさせながら、セフィードさんは素直にわたしの手を握り、立ち上がる。彼は綺麗な顔立ちをしている美青年なので、なんだかちょっとお姫さまっぽく思えるのが……悔しい。
わたしは『どすこい王子』の役回りなのね、ふんふん。
たまにはお姫さま側にもまわりたいですわ。
「顔を見せてくださるかしら……あら?」
彼の髪を耳にかけて、顔の左半分を撫でると、しゃりん、と音がして、そこからたくさんの黒い物がボロボロッと落ちてきた。ひとつ摘んでよく見る。
「これは……鱗だわ。前にどこかで……ああ、軍艦であなたの顔の傷を治した時にも、大きな黒い鱗が落ちていたんだっけ」
さっきしゃりんしゃりんといっていたのは、この鱗が肌から落ちた音だったらしい。
わたしはセフィードさんの顔を手のひらで擦った。
彼は、最初は「あんたの手は大丈夫か? ただれてないか?」とわたしを止めようとしていたが、わたしが平気な顔をしているのを見るとなんとも言えない泣き笑いの表情になって、おとなしくされるがままになっていた。
「……顔のひきつりが、だいぶ取れてきたわ。色も薄くなってる」
治りきっていなかったことに内心驚いたけれど、神さまの癒しはちゃんとセフィードさんを治してくれているのでほっとする。
「……そうなのか?」
「ええ。さすがは偉大なる神さまね」
わたしはもう一度「ありがとうございます」と天にお礼をしてから「さて」と言った。
「セフィードさん、あなたのこの不思議なひきつりと痣は、身体の左半身にもあるんでしょう」
「なぜそれを?」
「ふふふ、この聖女ポーリンの目はすべてをお見通しなのよ」
わたしは両手を腰に当ててドヤ顔を決めてから、セフィードさんに言った。
「というわけで、確認したいからお脱ぎになってね」
「……嫌だと言ったら?」
「問答無用! 逆らうことは神さまの名において許しませんわよ!」
「うわあっ」
孤児院で大勢のガキンチョたちを面倒みていたポーリンさんを、なめてはいけないわよ。着替えやお風呂を嫌がる子どもをくるんと脱がすことなんて造作もないことなんだからね。
というわけで。
くるんと脱がしました。
目の前には、下着1枚になったセフィードさんが、真っ赤な瞳と真っ赤な顔でこっちを見ています。
身体の左側は、黒い鱗で覆われています。
「……わあ、こっちも鱗が剥がれてくるわね」
しゃりんしゃりんと音を立てて、わたしが手のひらで擦ったところから黒い鱗が剥がれ落ち、しばらく床にあったかと思うといつのまにか消えている。そういえば、軍艦の時の鱗も、取っておいたはずなのに消えてしまっていたっけ。
「この鱗は元々あったものなの?」
「いや、違う。焼けただれた皮膚だったはずだ……」
「剥がされて痛くない?」
「痛みはまったくない。むしろ……いや、いい」
セフィードさんは、不自然に目を逸らした。
痛くないならば、取ってしまっていいわよね。
わたしはせっせと鱗を剥がし、その下の皮膚はまだひきつりと変色が残るものの、彼の話によると「ものすごく薄くなっている」とのことだった。首とか肩とか、背中もお腹も腕も脚もよくよく擦って鱗を剥がし……。
あ、あら。
……その、下着の中はどうしましょう?
わたしがじっと見ていると、セフィードさんが「そこはいい! いいから!」と逃げ出そうとしたので、その腕をしっかと掴んで引き止める。
「大丈夫です。わたしは聖女ポーリン。澄みきった清い心の聖女ポーリン。殿方の下着のひとつやふたつを脱がしたところで汚れはしませんし、動揺しません。それが神さまから課せられたわたしの務めとあらば、例え火の中水の中、ぱんつの中にも怯みませんとも! ええ!」
「そこは怯め!」
「怯みません! 突撃ーっ!」
「うわあ、やめろーっ!」
わたしが突撃しようとセフィードさんの下着を掴んだら「ちょっと待て、落ち着け、これは聖女に見せるもんじゃない」と彼がじたばた暴れた。
その拍子にしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんと下着の中から大量の鱗が落ちてきて、床に山を作り、そして消えた。
わたしたちは、黙って顔を見合わせた。
「……ふう、よかった」
セフィードさんは安堵して呟いた。
「擦らなくても大丈夫みたいでしたわね。じゃあ、皮膚の状態を少々観察させてくださいませ」
「それは自分でやる!」
セフィードさんは下着を引っ張ると覗き込み「よし!」と言った。
「大丈夫、良くなっている」
「……そうですか。信用いたしますわ」
「ああ、そうしてくれ。……その……」
セフィードさんは、真剣な表情で言った。
「あんた、ありがとう。まさかこの身の呪いが薄まるとは思わなかった」
「どういたしまして。すべては神さまのお恵みですわ。それから」
わたしは背伸びして、セフィードさんに顔を近づけて言った。
「わたしの名はポーリン、聖女ポーリンですわ。あんた、ではありませんのよ」
「……おう」
「今後はきちんと名前を呼んでくださいませね」
セフィードさんは、戸惑った顔をしていたが、やがて驚いたことに口元を綻ばせて言った。
「わかった。ありがとう、ポーリン」
「ひょっ」
わたしは思わず変な声を出してしまった。
は、破壊力がありすぎますね!
顔のひきつりが薄くなってイケメン力がアップしたところの、ギャップ萌え的なスマイルとか、これは乙女の心にズキュンときますね!
顔に血が昇ってくらりときたわたしは、ふらつきながらセフィードさんから離れようとした。
「おい、大丈夫かポーリン? 奇跡を起こした反動がきているのかもしれない」
離れるはずのセフィードさんに、ぐっと抱き寄せられてしまいましたよ!
下着1枚のセフィードさんに!
半裸のイケメンに!
「少し休め」
そう言うと、彼はなんと、なんと、このぽっちゃり聖女のポーリンを抱き上げてしまいましたよ!
イケメンによるお姫さま抱っこですよ!
「いややややや、下ろしてください、わたしの体重で腰を痛めますよ、重いですから」
「は? なにを言っている? 全然重くなどないが」
至近距離のセフィードさんは、不思議そうに首を傾げています。
そうですね、トカゲ……ではなくドラゴンのセフィードさんは、わたしをぶら下げて一晩中飛び続けることができる力持ちさんでしたよね!
その前は白豚さんを王宮まで運んでますし!
いや、この際豚さんはどうでもいいのですが!
「ディラ!」
「はーい」
わたしが脳内パニックに陥っている間に、セフィードさんはメイドのディラさんを呼んだ。
かちゃりと扉を開けたディラさんは、そのまま「ひいいいいいいーっ!」と凄まじい声を出した。
「ディラ、ポーリンの寝室の準備はできているか?」
「ひいいいいいいーっ! 寝室! そりゃあもう! バッチリできてるよ! ひゃあこりゃあ参ったね、昼間っからそんな熱々ぶりとは、さすがのディラさんも参っちゃったね、このこのー、新婚さんめ!」
ごっ、誤解よーっ!
確かに、半裸のセフィードさんにお姫さま抱っこされているけれど、これは違うの!
「どーぞどーぞ新婚さん、ラブラブベッドはこちらでございまぁすっ!」
うきききききと笑う美人メイドの陰で、すらりとしたイケメン執事がハンカチで目頭を押さえている。
「おお、セフィードさまがあんなにギンギンギラギラになられるなんて……ようございました……待ちきれずに居間でお脱ぎになるほど、おふたりは情熱的なご夫婦になられたのですね……本当に……ようございました……」
ちっ、ちーがーうーのーよおおおーっ!




