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【書籍化】転生ぽっちゃり聖女は、恋よりごはんを所望致します! ……旧タイトル・転生聖女のぽっちゃり無双〜恋よりごはんを所望いたします!〜  作者: 葉月クロル
第一章

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お食事は大切です1

「ところで黒影さん……じゃなくて、セフィードさん」


 オレンジも食べ終わり、ようやく人心地のついたわたしは、眠そうな真紅の瞳に向かって言った。


「あなたの勢いに乗せられて、わたしはここに来てしまった気がするのです。軍艦にいた時から、ろくに会話もしていないわたしを、あなたがなぜ王宮から連れ出したのかがわかりません」


 そうなのだ、気がついたら豚とすり替わってここに来てしまっていた。この有無を言わせずに物事を運ぶ点で、冒険者『黒影』の実力がわかる。わたしは『ノーと言える聖女』なのに、彼の考え通りに行動してしまったのだから。


 あの豚を見たあたりから、感覚が麻痺してしまったのかもしれない……うん、乙女心をえぐられたからね!


「なぜって、あんたはあの皇帝の嫁になるのを嫌がっていただろう? それに、他の嫁どもからも意地悪をされていただろうが。毒も何度か盛られていたしな。毒味役が倒れたのを見たぞ」


「……なんですって? 毒を、わたしの食べ物に?」


 いきなり話が物騒になってきたので、セフィードさんにならってゆったりとソファに寄りかかりリラックスしていたわたしは、素早く身体を起こして、その勢いでコロンと転がり落ちそうになった。

 落ちそうで落ちないのがわたしの運動神経の良さなのだ。


「ああ、そうだ」


 ソファにだらりと寄りかかったまま、わたしの姿を目で追っていたセフィードさんは、だるそうに頷いた。


「毒の強さまではわからないが、あの手のことを仕掛けてくるやからはやり方をエスカレートさせる傾向がある。放っておいたら大事になったかもしれない」


 わたしは暗殺された可能性もある、ということか。

 改めて、自分がずいぶんと危険な立ち位置にいたのだと実感する。


「そうそう、あんたの部屋の前に、釘を打たれた小動物の死体が置かれていたこともあったな。あんた付きの侍女たちが泣きながら片付けていたが。単なる死骸が置かれていたなら、可愛らしい嫌がらせで済むかもしれないが、釘を打たれていたなら話は違ってくる」


「『釘を打たれた』小動物の死体ですって?」


 全然可愛らしい嫌がらせではないが、彼の言う通り『釘を打たれた』という点は大問題だ。

 それはつまり、わたしに対する呪いの行為だからだ。


 魔法や奇跡がこの世界ほどあからさまにない日本でも、藁人形や写真に写った姿に釘を打ち込むことは呪いの行為であり、効き目があるとかないとかいう話もある。

 だが、そのような『意志』が具現化しやすいこの世界であったなら……。


 神さまが、そのような悪しき行いの結果を聖女であるわたしに伝わらせるわけがない。呪いは霧散するか、呪った本人へと返ったはずだ。

 けれど、あからさまな悪意にわたしは背筋がぞくりとした。

 そしてなにより、気がつかないうちに、明るくて親切な侍女たちにそんなことをさせていたことを知り、のんきな自分と犯人に対する怒りで身体が熱くなった。


「なんてことを……知らなかったとはいえ……」


「あんたには気取らせるなと、侍女たちは懸命に隠していたからな。あの国にも、あんたのことを親身になって守ろうとする者がいたってことだ。あんたは聖女であり、レスタイナ国からの人質であり、あの皇帝に認められた女なんだ。当然、味方もできるし敵もできる」


「そう、だったのですね。ありがたいことです。……でも、セフィードさんは、どうしてそんなに詳しいんですか?」


 そう、セフィードさんの冒険者としての仕事は、軍艦が無事に海を渡るように護衛することだったと聞いている。

 別の仕事で、王宮に顔を出していたのだろうか?


「まあ、それは、あんたがどうしてるか様子を見ていたから」


「え?」


「だから、王宮に着いてからも、ずっとあんたのことを見ていたから、俺はほとんどのことを知っている」


 わたしの脳裏に、真紅の瞳を光らせて、廊下の暗がりからじっとこちらを見ている黒ずくめのセフィードさんの姿が浮かんだ。


 それって、限りなくストーカーに近くありませんか?


 わたしが無言でセフィードさんを見ると、かれはまったく表情を変えずにこちらを見返してくる。


 おかしい。

 そこには、可愛いぽっちゃり聖女ポーリンへの熱い想いなど感じられない。


「なんだ、もう腹が減ったのか?」


 感じられない!


「違います!」


 わたしは鼻息も荒く答えた。


「なぜそのような行動を取ったのかと、不審に思っているだけです! 誰かから、わたしを見張るように依頼を受けていたのですか?」


「いや、違うが……」


 セフィードさんは、左手で頭をわしわしとかき回した。そのはずみで、変色して引き攣った顔の半分が見える。


「少し気になることがあって……その……あんた、前にドラゴンに関わったことがないか? 7年くらい前に」


「はい? ドラゴンですか? 特にそのような記憶はありませんが……」


 突然なにを言い出すのかと思った。7年くらい前だと、わたしはまだ孤児院のお世話になっていたし、日々の食料を確保することで忙しく、せっせと畑仕事に勤しむ孤児がドラゴンに関わるなんてありえない。


「もちろん、レスタイナ国にいたんだろう?」


「はい。レスタイナ国の孤児院にいました。ドラゴンとはまったく関係のない環境ですね」


「孤児院、だったか……」


 赤い瞳がわたしを射抜くように見た。


「その時はまだ、ほっそりしていたな」


「ぐぬうっ、そうですがなにか⁉︎」


 孤児院にいた頃は、コロコロに太るほどごはんを食べられませんでしたからね!

 ポーリンちゃんは、細いけど鍛え上げられた(農作業のおかげでね!)ナイスバディの美少女でしたよ!


「思い出せ。あんたは空から落ちてきたドラゴンの介抱をしただろう。このくらいの大きさのドラゴンだ」


 セフィードさんは、肩幅くらいの大きさを示した。


「空から落ちてきた……あ」


 思い出した。


「ボロボロになったトカゲが空から落ちてきたことがありました」


「ドラゴンだ」


「いえ、あれはドラゴンではなく、トカゲでしたよ? 半分が燃えてしまったような、羽の生えたトカゲ」


「ドラゴンだ」


「トカ」


「ドラゴン」


「……」


「……ドラゴン、なん、だ……」


「……はい、ドラゴンですね」


 目を逸らしてそっと呟くセフィードさんが、なんだかかわいそうになり、わたしは優しく言った。






 そう、孤児院にいた時、わたしは半分焼け焦げたトカゲ……もとい、ドラゴンを保護したことがある。

 空から落ちてきたそれを、わたしは両手を伸ばして受け止めた。


「……あら、食べるところが無さそう」


 今晩のおかずになりそうもなかったし、とても苦しんでいるように見えたので、わたしはその大きなトカゲ……小さなドラゴンを桶に入れて、農作業に使う井戸の水で洗った。

 かけた水がなぜかシュワシュワと音を立てていたので、これは変だと思って何度も水をかけて手のひらで身体を洗い流すと、やがてのたうちまわるのをやめて目を閉じた。


 今考えると、身体に呪いのようなものが纏わりついていたのかもしれない。まだ聖女として認定されていなかったが、その頃から神さまの加護を受けていたわたしは、癒しの力を持っていたようだ。


「かわいそうにね。痛いの痛いの飛んで行けー」


 わたしがそう言いながら、乾いた布でよく拭いたドラゴンの身体を優しくさすった。


「痛いの痛いの、飛んで行けー」


 そう言いながらドラゴンの身体を撫でると、そこから黒いものが剥がれ落ちる。


「なんだろうね、これ」


 剥がれるとそのまま消えてしまう不思議な黒いものを、しばらくの間落とし続けると、ドラゴンの目が開いた。

 そして、真紅の瞳でわたしをしばらく見つめていたが、やがてわたしの膝の上に立ち上がり、羽ばたいて空へと飛び去ってしまったのだ。





「あのト……ドラゴンは……」


「俺だ」


「わあ、びっくり」


 セフィードさんは、目を逸らしたままで「事情があって……翼を出せるくらいで、もうドラゴンの姿にはなれないが……」と言った。


「いえ、背中から翼を出して飛べるなんてすごいですよ。そうだったんですね、あの時の子がセフィードさんだったんですね。ご無事で良かったです」


「子……」


 セフィードさんは、少し赤くなった。


「まあ、その……あんたには世話になった。あんたのおかげで、瀕死だった俺はこの通り、まだ生きている。だから、あんたには恩があるし……あんたが危ないから、連れ出してここに連れてきた、それだけだ」


「そうだったんですか。わかりました」


 セフィードさんがストーカーじゃなくて良かったわ!


「あの時は、セフィードさんを治しきることができなかったけれど、今ならもう少し治せるかもしれませんね」


 わたしはソファから立ち上がると、セフィードさんに近づいてその痛々しい色合いの頬に手を伸ばした。


「お、おい、なにをするっ⁉︎」


「神さまの加護を受けて、治せるかもしれませんよ」


「あんたの手が……」


「大丈夫ですって」


 わたしは逃げ出そうとするセフィードさんを抑えこみながら、顔に触れた。


「いや待て、俺はそんなつもりでは」


「おとなしくしてください」


 暴れると、治療できませんよ!


 ソファの上で揉み合ってると、ノックもなくドアが開いてディラさんが顔を出した。


「ひょおおおおおおおおーっ!」


 変顔のディラさんが、叫んだ。


「こりゃあまたお熱いことで! 奥方さまったら積極的ーっ! でもそういうの、嫌いじゃないよー、いいよいいよー、このこのー、新婚さんめ!」


「……」


 わたしは、ディラさんの顔と、ソファの上で押しつぶされたセフィードさんの顔を見た。


 違う!

 お熱くない!

 これは違うの!


「待って、ディラさん、違うのよ!」


「あはははは、お邪魔虫はたいさーん!」


 ……ディラさんに誤解されたまま、退散されてしまった。


「ど、どうしよう」


「別にどうでもいい。……それより重い」


 どうでもいいんですか、そうですか!


 わたしはおしりの下のセフィードさんににっこりと笑うと、彼の顔を両手で押し挟んでぐにゅぐにゅとこね回しながら「さあ、神さまにお祈りしましょうねー、セフィードさんのお顔が治りますように」と言った。


「い、痛い」


「大丈夫ですわよ、痛いの痛いの、飛んで行けー」


「飛んで行かない、痛い痛いいーたーいー、あんた、力強すぎー」


 聖女ポーリン、私情は挟まずに全力でお祈りさせていただきますわよ!

 

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