わたしは聖女1
「ポーリン、おはよう。今日も元気そうだね。お肌がつやつやプニプニしているよ」
「おはようございます、戦のお姉さま。今日も朝の鍛錬ですか?」
わたしは、神殿の廊下で会うなり、わたしのほっぺたを揉んだり撫でたりして遊び始めた美女に言った。
「おねえひゃま、ひっはりふぎれごりゃいまひゅー」
わたしのほっぺたは、大変よく伸びるのだ。
だからといって、戦のお姉さまは、大変潔い性格が素敵なんだけど、少々思いきりが良すぎると思う!
ちょっと伸ばし過ぎ!
「ふふふ、気持ちいいなー。わたしは朝一番に身体を動かさないと、調子が出ないんだよね。今朝もいい汗をかけて良かったよ」
戦のお姉さまこと『戦の聖女』アグネッサさまは、わたしのほっぺたを両手で包むようにしてふにふにとこねながら言った。
だから、わたしのほっぺたはパン種じゃないし!
長い赤毛を後ろでひとつにくくったアグネッサさまは、鍛錬の帰りなので騎士が着るようなシャツとパンツの簡素な服装をしている。
しかし、どんなに質素な服を着ていても、生命力が溢れ出てくるようなお姉さまの美しさは隠せないのだ。
「それは奇遇ですね! 実はわたしも、起き抜けのフルーツジュースを飲まないと調子が出ないんです」
わたしは解放されたほっぺたをさすりながら言った。
「フルーツジュース?」
すらりと背が高く、引き締まった身体付きの麗しいお姉さまは、わたしの頭を子どもにするようにくりくりと撫でながら「そうか、それは美味しそうな習慣で良いね」と優しく言った。
戦を司る神の聖女であるアグネッサさまは、剣でも槍でもあらゆる武器に精通し、『知恵の聖女』であるセシルお姉さまと戦術の研究もなさる、文武両道に秀でた素敵なお姉さまなのだ。
ちなみに、知的でお美しい『知恵の聖女』セシルお姉さまだが、普段は凛とした隙のないお姉さまなのに、頭を使うと甘いものが欲しくなるらしく、時折わたしのところにやってきては「ポーリンたーん、なにか甘い物をおくれー」とごろにゃん状態になるギャップがたまらなくお可愛らしい。
もちろんそんな時には、とびきり美味しい砂糖菓子をお出しして、瞬間的に脳を活性化していただく。
「生の果物には、身体を活性化させる酵素がたっぷりと入っているんですよ」
「ほほう。さすがはポーリン、『豊穣の聖女』だね」
「はい、食べ物飲み物のことなら任せてください」
「わたしも爽やかなフルーツジュースを飲んでみたいな」
「ただちに!」
わたしは片手を上げて「誰か、アグネッサお姉さまに、朝の飲み物『シトラスミックス』をお持ちして!」と叫ぶ。すると、気の利く侍女のひとりが「しばしお待ちを!」と叫んで厨房に走り、よく冷えたポーリン特製フルーツジュースを持ってきた。
「さあ、搾りたてのフルーツジュースでございます。今朝わたしが飲んだのは、とろみのあるピンク系の濃いジュースですが、お姉さまのこれは、柑橘系の果物をメインにしたあっさりとした酸味のあるジュースです。鍛錬でお疲れの身体に、良いエネルギーが入ると思いますよ」
アグネッサさまは、グラスを受け取るとジュースを一気に飲み干した。
「ぷはっ、喉が乾いていたから美味しかったな! 瑞々しい果物の香りで気分もすっきりしたよ。それに、果肉の粒がたっぷりと入っているのがまた美味しいね」
お姉さまは、手の甲で口を拭いながら笑顔で言った。
まるで殿方のような荒っぽい仕草も、アグネッサお姉さまがすると魅力的に見えるのが不思議だ。
「お姉さま、このジュースはお肌にも良く、毎日飲むと艶々の色白になるんですよ。日焼けした場合も、これを飲むとお肌がくすみません」
「ああら、お肌に良いの? それなら、ぜひともあたくしにも一杯いただきたいわね、ポーリンちゃん」
やってきて会話に加わったのは『美の聖女』ミラージュお姉さまだ。
いつもわたしのほっぺたと二の腕をこね回しては「ああん、癒されるぅ」と感触を楽しむ、お茶目で色っぽい、魅力的なお姉さまなのである。
美の女神に愛されているこのお姉さまは、わたしと同じ長い金髪に青い瞳を持つのだが、背が低くて全体が丸っこいわたしと違って、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、たいそう美しいプロポーションをされた女性なのだ。
庭園の薔薇の中にたたずむその姿のあまりの美しさに魅惑されて、国内外を問わず、一流の画家たちが何枚もお姉さまをモデルにした絵を描いたため、国の美術館にはミラージュお姉さまを題材にした芸術作品のコーナーまでできている。
そして、お姉さま自身も美しい物が大好きなので、『芸術の聖女』リリオラお姉さまとはとても仲良しさんであり、おふたりで楽器を演奏したり歌を歌ったりなさってみんなをうっとりさせている。
この『芸術の聖女』リリオラお姉さまは、あらゆる芸事に秀でていらっしゃって、特にその歌は聴くものの心を洗うような素晴らしく感動的なものなのだ。
愛情深くお優しいリリオラお姉さまは、わたしが聖女として神殿に上ったばかりの頃は「まだここに慣れていないポーリンが寂しがるといけないから」と、毎晩ベッドの脇で子守唄を歌ってくださり、『美少女ママ』というふたつ名を付けられていた。
毎晩国一番の歌声を聴きながら眠ったせいで、わたしの耳はすっかり肥えてしまった。少々才能の無駄遣いをされている様な気もする(でも、お姉さまの子守唄は『おやすみポーリン』という曲になって、レスタイナの国内で定番の子守唄になったから、無駄じゃないのかな?)が、大変お優しい方なのだ。
わたしが属するレスタイナ国は主に人間の住む国で、様々な神に守られている。もちろん、国民たちの信仰心も篤い国だ。
レスタイナの神殿には、現在7人の聖女がいる。
そのひとりであるわたしは『豊穣の聖女』ポーリンだ。
そんなわたしよりも先に聖女としての神託を受け、神殿で働いている美しいお姉さま方が6人いらっしゃる。
『戦の聖女』アグネッサさま。
『美の聖女』ミラージュさま。
『知恵の聖女』セシルさま。
『芸術の聖女』リリオラさま。
そしてさらに、
『光と闇の聖女』ベガさま。
『天空の聖女』アリアーナさま。
どのお姉さまも、神に愛されているので見目麗しくお優しい。
一応、お気に入りの神さまの聖女ということになってはいるが、レスタイナ国の神は『幾多にして唯ひとつ』、つまりすべての神さまは実はひとつの存在であるため、聖女としてのお勤めの内容はほぼ一緒だし、聖女特有の能力である癒しの力を皆ある程度は持っている。
聖女の主なお仕事は『レスタイナ国のシンボル』なのだ。
それからもうひとり、わたしの後からこの神殿にやってきた『豊穣の聖女』見習いの小さなクララがいる。見習いがいるのは『豊穣』のところだけなので、わたしは先輩として可愛い妹分にいろいろと教えている。
聖女たちは、ファンタジー小説のヒロインみたいにものすごい力をふるったりしないし、神官たちもいい人ばかりだ。神殿ではみんなで仲良くほのぼのと暮らしている。
レスタイナ国は、神に愛された国と呼ばれるだけあって、国民性も穏やかで平和主義だ。国を治めるのは王家だが、王族は並外れた贅沢をするわけでなく、国民に慕われている。
しかし他国の中には、もっと戦闘的な考え方であったり、欲を追求することに重きを置くような所もある。そのため、国を守るために、レスタイナ国にも軍部があり、騎士団もある。その辺りはアグネッサお姉さまの管轄だ。