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まさかの事態3

「聖女の癒しというのは、医術でも魔法でもないの」


 わたしはそう言うと、砂糖菓子をコリコリと噛んで、香り高い紅茶を飲んだ。


 ああ、美味しいわ!

 ポーリンはね、飲み物は甘くない派なのよ。

 甘いお菓子をいただきながら、甘くないお茶の香りを楽しみながら飲むの。

 そして、たまにサンドイッチやカナッペなどの塩気のある物を摘まみ、また甘い物に戻ってくるの。

 これがエンドレスパラダイスよ。


 と、しばし美味しいパラダイスをさまようわたしを待ちながら、横たわったロージアさまはわたしの言葉をよく考えていたようだ。


「……それは、医術や魔法は人を選ばずに病やケガを治癒するものだけれど、聖なる癒しはそうではない、ということなのでしょうか?」


「さすがはロージアさま、おおむね当たってますわ」


 フルーツとカスタードクリームがどっさり乗ったケーキを食べて、またお茶をいただいたわたしは、第一王妃に頷いてみせた。このお姫さまは、美しいだけではなく頭も良く、しっかりしたところが聖女のお姉さま方に似ていて、好感が持てる。


「神さまの癒しは、信仰心と生き様に対して与えられるものなんですのよ。その人なりに懸命に生きて、自分の使命やお仕事に向かい合っている者が真摯に祈ることで、わたしを通して神さまがお恵みをくださるの」


 そう、例えば軍艦で仕事している時に負傷した、気の毒なニックもそうだ。


 彼は海軍の兵士として真面目な仕事ぶりで、仲間や上官にも評判が良く、おまけに人懐こいところもあってわたしともよく関わった。その時に、わたしと神さまのお話をしたり、プランターに育つ素晴らしい野菜や果物を収穫するのを手伝ったりして、神さまの御技みわざに感銘を受けていた。


 そのため、二ヶ所の骨折という負傷をした時も、まあ痛みから救って欲しいという強い気持ちもあったのだろうけれど、神さまとわたしを信じて祈ってくれた。

 そのため、スムーズに治癒を受けて、あっという間に治ることができたのだ。


「先ほどのロージアさまのお話をお聞きして、ロージアさまのお祈りならば神さまが叶えてくれるのではないかと思うのよ。どうかしら?」


「わたしに、治癒のお恵みを? でも……いいのかしら? レスタイナ国の神さまが、ガズス帝国のわたしに……」


「大丈夫。だって、神さまは『幾多にして唯ひとつ』の存在なのですもの。このすべての世界を見守ってくださっていますのよ」


「『幾多にして唯ひとつ』……そうなのですか」


「はい」


 わたしは、無意識のうちに胸の前で手を合わせているらしいロージアさまに、優しく言った。


「共に神さまに祈りましょう」


「はい、ポーリンさま」


 ロージアさまは目をつぶり、神さまに祈り始めた。すると、神さまの加護がわたしの目に宿る。


 第一王妃の身体を見ると、頭のあたりにモヤモヤしたものが見えた。

 どうやら、脳に腫瘍ができて、ロージアさまの体調を乱しているようだ。


「神さま、ロージアさまに元のように健康なお身体をお授けくださいませ」


 ロージアさまの頭にそっと右手をかざすと、天からわたしの身体に光が降り注ぎ、それがわたしの右手のひらからロージアさまの頭に吸い込まれた。


「あっ……?」


 奇妙な感覚がしたのか、ロージアさまは小さな声を漏らす。


 光がどんどんロージアさまに吸い込まれ、やがてふっと消える頃には、さっきまで蝋人形のように真っ白だった彼女の頬がピンク色に染まっていた。


「どうぞお目をお開けになってくださいな」


 わたしが声をかけると、ロージアさまは子どものようにこくんと頷き、目を開いた。


「……なんだか身体の中から温かな力が湧き出てくる気がいたしますわ」


「姫さまの侍女さん方、ゆっくりと身体を起こして差し上げて」


 ロージア姫付きの侍女たちが、姫の身体を支えて起こしてクッションで支えた。


「まあ、なんということでしょう! 起きても目が回らないし、ちっとも辛さがございませんわ!」


「ふふふ、良かったですわね。姫の中で悪さをしていたものは、神さまのお力できれいさっぱり消えてしまいましたわよ」


 わたしの目に、もう腫瘍は映っていない。

 ロージア姫の祈りに応えた神さまが、すっかり治してくださったのだ。


 他人のために働きたいという真面目な姫さまが、心から神さまを信頼してお祈りくださったため、乾いた砂に水が吸い込むように身体の中に癒しの力が染み渡り、これっぽっちも痛みや苦しみに襲われることなく完治したのだ。


「良かったわ、本当に良かったわ」


 わたしは、薔薇色のほっぺたになって健康的な美しさとなったロージア姫に、笑顔で言った。


「さすがはロージアさまですわ」


「聖女さまのおかげです! ポーリンさま、本当にありがとうございます、わたし、とっても体調が良くなりました」


 もうクッションがなくてもピンと背筋を伸ばして座れているロージア姫は、笑いながら泣いていた。


「わたし、わたし、お腹が空きましたわ」


「ほほほ、さあ、こちらの美味しい物をたくさんお召し上がりなさいな! 健康な身体は美味しい物を欲しているのですよ」


「はい、ポーリンさま、いただきます」


 こちらも感極まって滂沱の涙を流す侍女にハンカチを渡されて、涙を拭いながらロージアさまはカナッペを口にして「美味しいわ!」と笑い泣きしながら食べた。


「姫さまが、こんなに美味しそうにお召し上がりになるなんて……ようございました、本当にようございました」


 姫さま付きの侍女たちが、ぐしゃぐしゃに泣きながらわたしに向かって深く礼をした。


「聖女さま、ありがとうございます」


「ありがとうございます。もう、もう、言葉もございません!」


 うちの侍女ーズも、「ようございましたわぁ」「さすがはポーリンさまですわぁ」とめちゃくちゃ泣いている。

 ロージアさまは、本当に皆に慕われているのだなと思い、わたしは嬉しくなった。


 神さま、素敵なお恵みをありがとうございます。


「皆さま、すべてはロージアさまのお人柄と、神さまのありがたきお恵みですわよ。さあ、ロージアさまとわたしに温かなお茶をもう一杯、いただいてもよろしくて?」


「もちろんでございます!」


 今まで食欲がなかったのだろう。ロージアさまは「これも美味しいわ。なにを食べてもとても美味しく思えます」とにこにこしながらお茶菓子を食べた。

 ロージアさまが回復なさったことが伝えられたらしく、厨房から美味しい野菜のスープやローストチキンや魚のムニエルなどが届いたので、お茶会というより庭園でのピクニックのようになった。

 わたしたちは「美味しいわねえ」「美味しいですわ」と言いながら、たくさんの料理を堪能したのだった。

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