まさかの事態1
『豊穣の聖女』ポーリン、ただいま戸惑っております。
なんでこうなった⁉︎ と、天を見上げて神さまにお尋ね申し上げております。
こんなにも驚いたのは、自分が『豊穣の聖女』だと知らされて以来である。いやむしろ、神託を受けた神官がわたしを迎えに来た時には『ああ、この異常なほどの豊作の謎が解けたわ……そんなわけだったのね……』という気持ちがあった。
今は『イケメン皇帝はデ◯専だったのか⁉︎』という自虐混じりのショック状態であります。
戸惑い100%であります。
「まあ、なんてロマンチックな展開でございましょう!」
「本当ですわ。畏れ多くも偉大なる皇帝陛下がポーリンさまを抱き上げた瞬間、天から稲光のようなものが現れたとか現れなかったとか」
現れてませんね。
陛下の腰に、稲妻のような衝撃は走ったと思いますけどね!
ワイルドイケメンの腰、無事だとよろしいのですけれど。
わたしは、きゃっきゃと喜ぶ侍女さんたちに、内心で突っ込んだ。
「これも運命だったのでございましょうね」
「ええ。まさか、『ガズスの軍鬼』と呼ばれる、たくましくも麗しい皇帝陛下が、そのような熱烈な振る舞いをなさりながら……ポーリンさまにぐっと迫るなんて!」
「きゃあああん、ええ、本当に! わたしたちもぐっときちゃいましたわね」
「むふふふふ、ぐっときちゃいましたわね」
「たまりませんわー」
「もうもう、たまりませんわー。この手触りもたまりませんわー」
ぐっときちゃいながら、侍女さんたちはわたしの手足をぐっぐっと揉んでくれている。ああ、極楽極楽。
キラシュト皇帝陛下の衝撃の子作り宣言の後、わたしはしばらく腰を抜かしていたが、やがてわたし以上に驚いている謁見室に集まった人々の視線と、憎しみのこもった王妃たちの視線を浴びて身の危険を感じ、なんとか立ち上がって自室へと戻ってきたのだ。
わたしは、この国に到着した途端にオーダーされたと思われる(それにしても仕事が早いわね)サイズぴったりのネグリジェドレスに着替えて、ベッドの上に仰向けになっていた。
「はい、次はうつ伏せになってくださいませ」
「ありがとう」
わたしがころんと転がると、今度は背中とか脇とか太ももとかを揉みほぐしてくれる。
マジ天使。
うちの侍女ーズは天使。
ポーリンは天国に行った心地でございます。
揉まれながら、わたしは尋ねた。
「そうそう、皇帝陛下にお目通りしたお部屋には王妃陛下が3人しかいらっしゃらなかったのだけれど……どういうことなのかしら? もうおひとりはどうかなさったの?」
「……」
わたしの言葉で、にぎやかだった侍女ーズはおとなしくなってしまった。やはり、なにか事情があるようだ。
「……ポーリンさまにはお知らせしておいた方がよろしいですわね」
「ええ。どうせ王宮中の者が知っていることですしね」
そう言って、侍女ーズは姿を現さなかった王妃について語ってくれた。
現在、キラシュト皇帝陛下には4人の王妃がいる。
第一王妃は、陛下が幼い頃からの許婚であった、ロージア姫である。由緒正しい上級貴族の姫であるロージアさまは、見目麗しく、そのお人柄も大変お優しい姫君で、キラシュト皇帝陛下も彼女のことをとても大切に思っている。
ふたりはお似合いの恋人同士であったが、ここガズス帝国は力のある男性は複数の妻を持ち、多くの子を成すのが務めとされているため、陛下は他国からも3人の妻をめとっている。
しかし、ガズス帝国と他国との関係が落ち着いてほっとした頃に、ロージア姫が体調を崩してしまったのだ。医者の見立てによると、妊娠すると彼女の身体に負担がかかり、命の危険もあるということらしい。
本来ならば、まずは第一王妃に世継ぎを産んでもらい、そしてその他の王妃たちにも王子王女を産んで貰えば丸く収まるのだが、まさかの第一王妃の病気である。
王妃間の勢力図がぐらついてしまった。このままだと、せっかく落ち着いた他国との関係に支障が出かねない。
戦争に戦争を重ねてようやく大陸の国々をひとつにまとめていたら、もう30近くになってしまった皇帝なので、早く世継ぎをという声が大きい。しかし、それに耳を貸さずに、ロージア姫の回復を待っていたはずのキラシュト皇帝陛下が、突然わたしとの子作りを宣言したのだ。しかも、いきなり第二王妃にまでしてしまおうなどととんでもないことを言い出して。
「……もしかして、めんどくさい状況になっていて……その中心にいるのが」
この聖女ポーリンなのですね、そうですね!
わたしは「うわあ……」と言いながら、ベッドの上でつきたてのお餅のようにだらんと伸びた。
貞操の危機のみならず、あのワイルドイケメンは、すべての矢面に立てと言っているのだ。
この、たくましいわたしに!
否定はしないけれど、身体はたくましいけど、中身はか弱き乙女のポーリンに!
……本当よ?
おかん並みにたくましいとか言わないでね?
そして、翌日からは針のむしろとまではいかないけれど、なんだか嫌な感じになった。
他の王妃たちからの悪意がわたしに降り注ぐようになったのだ。
1対3の、女の闘いである。わたしの耳には『シロブタ聖女』という悪口が聞こえてくるし、腹が立つことに我がレスタイナ国や大いなる豊穣の神さまを揶揄するような言葉まで囁かれている。
聖女のお姉さま方の悪口まで言い始めた時にはあまりに腹が立つので、豊穣の神さまにお願いして、悪口王妃の部屋に海の魔物である大だこを召喚してしまおうかと考えたほどだ。
いや、やらないけどね。
脳内の『美の聖女』ミラージュお姉さまが艶やかに微笑みながら「うふふ、いいのよポーリン、やっておしまいなさい♡」と囁いてきたけどね。
ポーリンは堪えましたよ!
孤児院時代も、聖女となってからも、こんなにも他人の悪意に晒されたことのなかったわたしは、あまりの居心地の悪さにげんなりしながら日々を過ごしていたのだが。
「お茶会の招待ですって?」
ある日、噂の第一王妃であるロージア姫からお茶会の招待状が届いた。