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ガズス帝国へ4

 わたしは聖女ポーリン。

 豊穣の神さまに真摯にお仕えする、真面目な聖女。


 決してガズス帝国の海軍をあごで使う、わがままお嬢さまでも悪の親玉クイーンでもない。

 ボディはわがままだけど。どすこいクイーンだけど。


 それなのに、旅の無事を祈り、皆さんのために身を粉にして大海を乗り越えてきたのに、はるばるレスタイナ国を代表してやって来たのに、キラシュト皇帝陛下(ワイルドなイケメン)に大変な誤解をされている。


 これを放置するわけにはいかなくてよ!


 わたしはまっすぐ皇帝陛下の顔を見ながら、お腹にぐっと力を入れて言った。


「お言葉を返すようでございますがあああーっ!」


「うわあっ」


「なんという声だ!」


 しまった、お腹に力を入れすぎてしまったわ。わたしはオペラ歌手のような体型をしているから、声もとても響くのよ。戦艦の中で叫ぶと船の端っこにいても聞こえると言われたくらいよ。

 窓ガラスがビリビリと震え、居並ぶ人が耳を押さえてしまったので、わたしは「あら失礼」とこほんと咳払いをした。そんな中、キラシュト皇帝陛下はさすがで、わたしの声を聞いてもびくともしない。


 わたしはもう一度やり直した。


「お言葉を返すようでございますが、わたしは『豊穣の聖女』でございます。飲食を司る神さまにお仕えする聖女でございますので、こと食事に関しては不具合を見過ごすわけには参りません。そのため、僭越ながら船内のお食事についても、ありがたき神さまの恵みである食材を使って美味しくて身体に良い料理を供させていただきました。また、たこ焼きでございますが……」


 わたしは周りをぐるりと見回した。


「皆さまはご存知でいらっしゃらないようですが、海の魔物はすなわち巨大なたこの魔物でございます。レスタイナ国では、魔物も動物と同じように食材にしておりますがガズス帝国では違うのでしょうか?」


「いや、我が国でも魔物肉は高級な食材だが」


 鋭い視線のキラシュト皇帝陛下が言った。


「海の魔物は悪魔の魔物と言われている。アレは普通の魔物とは違う」


「いいえ、一緒でございますわ。あれはまさしく、美味しい美味しいたこでございますもの!」


 わたしは両手の指を胸の前で組み合わせて言った。


「美味しくて滋養に富んだ、海の幸でございます。たこ焼きで食べてももちろん美味しいのですが、煮ても良し、カルパッチョサラダにしても良し、シンプルにお刺身にしてもとても美味しいのですわ。噛み締めるとじゅわっと口の中に旨味が溢れ……あらいやだわ、わたしとしたことが、たこ飯を忘れるだなんて! お米と一緒に炊き上げて、千切りの生姜と青ネギを振ったたこ飯は、最高に美味しい混ぜご飯のひとつでございますのよ! 保存ができたなら、あのたこの足をもっともっと持って帰って来たかったわ! そうしたら、美味しいたこ料理がこれでもかと並ぶ、素敵なたこパーティーができたのに!」


「……たこパーティー?」


 イケメン皇帝は、ぽかんと口を開けた。


「そうですわ。皇帝陛下、こうなったらあの軍艦をもう一度出して、たこを狩ってくるというのはいかがかしら? 氷結魔法を使える魔法使いと、魔石を積んで、あの強い黒影さんを呼んで、船に乗るだけたこを持ち帰って来てくださったら、このポーリンが責任を持って美味しいたこ料理をお出しいたしますわよ、ええ、それはもうほっぺたが落ちるほど美味しいたこ料理の数々を、ガズス帝国の皆さまと一緒にいただきたく存じますわ。ねえ、陛下?」


「『ねえ、陛下?』って、そなたは……」


 キラシュト皇帝陛下はしばらく絶句していたが、やがて片手で顔を覆って肩を震わせた。


「くっ、花でも宝石でも、ドレスでもなく……美味しい魔物を……我が海軍を使って、取ってこいと、余にねだる……だと……くくっ、くはっ、ははははは!」


 あらま。

 イケメン皇帝に大爆笑されてしまったわ。


 わたしが首をひねると、ガズス帝国の人たちが「陛下が笑っている、だと?」と戸惑ったように言った。


「はははは、さすがだ、さすがは聖女ポーリンだ! 気に入ったぞ!」


 ワイルドなイケメンは、涙を拭きながら言った。


「そうか、『たこ』とはそれほど美味い食べ物なのか。確かにタコ焼きの味については評判が良かったという報告が上がってきているが」


「はい、美味しいですわ」


「ならば、機会があれば、余も食べてみたいぞ。さすがに海軍を出すことは叶わぬが、心に留めておこう」


 キラシュト皇帝はまだくっくっくっと笑っている。


「そなたは噂以上の図太さだな! 余は気に入ったぞ。そなたの血をぜひともガズス帝国の王家に迎えたい」


「恐れ入りま……へ? 血を?」


 お礼を言おうとして、わたしは言葉を途切らせた。


「あの、それは……」


「そなたと余の子なら、きっと肝の座った良い子になろう」


「こっ、こっ、子?」


 ひいっ、と、悲鳴のような声が、王妃らしいお姫さまたちの口から漏れた。


「まさか、陛下、世継ぎを作るおつもり……ですか?」


「あの、シロブタと?」


 あっ、また豚って言ったわね!


 いやいや、今はそれどころではない、皇帝陛下の爆弾発言についてだわ。


「恐れながら皇帝陛下、その」


「聖女ポーリンよ、余の妻となり、余の子を産むが良い!」


「えええええええーっ⁉︎」


 キラシュト皇帝以外のすべてのものの声が合わさった。


「おおおお待ちくださいませ、わたしは、レスタイナ国の、その、政略結婚というか、人質というか、そういう役回りで参りましたわけで……」


「そなたは余の第五王妃になるために来たのであろう、なにも問題はないぞ。そうだな、余の子を産むのだから、聖女ポーリンは余の第二王妃に格上げしようぞ」


 ぎゃー、上がったーっ!

 嬉しくないーっ!


 お姫さまたちがまた「ひいっ」と悲鳴をあげて、何人かはその場に倒れてしまった。


 皇帝はご機嫌だが、周りはカオスだ!


「いやいやいやでも、よくお考えくださいませ、わたしはこんなですよ? こんな、ぽっちゃりを通り越したアレな感じだし、陛下はきっとわたしをお姫さま抱っこできませんし! お姫さま抱っこできなかったら、新婚さんとして新居に入れませんし!」


 パニックになったわたしは、ちょっとわけのわからないことを言ってますね!

 わかっちゃいるけど、止まりませんね!


「ですから、わたしは陛下とは新婚さんにはなれないのですよ!」


「『お姫さま抱っこ』とやらが、聖女をめとるための条件なのか」


 眉間にしわを寄せて少し考えてから、キラシュト皇帝は王座から立ち上がった。そして、ひらりと高いところから飛び降りてこちらに向かってきた。


 え?

 怒ってるの?

 ポーリン、殺されちゃうの?


 凍りついた空気の中、目の前にキラシュト皇帝陛下が立った。


「……わあ、大きい」


「そなたは横に大きいな」


 余計なお世話でございますわ!


「それ」


「き、ぎゃあああっ!」


 くるっと身体がひっくり返り、わたしは悲鳴をあげた。


「あああ……あ? え?」


 ど突かれたのかと思ったのに、どこも痛くない。

 しかも、わたしは宙に浮いている……いや、違う、浮いているのではない!


 お姫さま抱っこをされているのだーっ!

 やだ、なにこのイケメン!

 ワイルド過ぎるでしょう!


 ごく近くにある整った顔が、ちょいワルな感じににやりと笑った。


「そら、お姫さま抱っこをしてやったぞ。余を甘く見るなよ」


「とっ、とんでもございませんっ、甘くなど見ておりません!」


 周りからは「あ、あの巨体を持ち上げるとは、さすがは皇帝陛下!」「改めて陛下の素晴らしさを痛感いたしました!」「さすがです、陛下、どこまでもついて行きます!」「キラシュト皇帝陛下、万歳!」と、無駄に感激した声が聞こえる。


 そして、皇帝陛下は動揺のあまりあわあわと酸欠の金魚状態になったわたしの耳にそっと口を寄せて言った。


「婚礼の夜を楽しみにしているぞ。俺のためによく身体を磨いておけよ、ポーリン」


 ひいいいいっ!

 声が甘い!

 甘く見るなって言ったくせに!


 なにこの皇帝、かっこよく『俺』とか言っちゃって、ギャップ萌え攻撃なの⁉︎


 優しく床に下ろされたわたしは、そのまま腰が抜けてしまい、皇帝が部屋を去ってもしばらく立てなかった。

 そして、そんなわたしを立たせてくれようとした気の毒な近衛兵が数名、わたしに潰された。


 ああ神さま、どうしたらいいのでしょうか?

 聖女ポーリン、貞操の危機でございます!

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