ガズス帝国へ2
「シロブタ……」
わたしは思わずその言葉を口にした。
その途端、ガズス帝国の人々ははっと顔を見合わせた。
実は、わたしはかなりヘビー級の体格にも関わらず、体型に関して謗られたことはないのだ。
前世ではほっそりした女子高生だったし、亡くなる直前など、病気で物が食べられなくなりガリガリに痩せ細ってしまっていた。
レスタイナ国に新たな生を受けた時も、特に豊かな家庭ではなかったから飽食などしていなかったし、孤児院に引き取られてからはむしろ食べ物を全力でゲットしなければならない生活が長く続いていた。
わたしが豊穣の神さまから聖女としてのご加護を頂けるようになって、ようやくわたしが耕した孤児院の畑が非常識な豊作となり、食べ物に困らなくなったのだ。
そして、神殿で暮らすようになり、飲食全般に関する聖女としてお務めを果たすようになってから、このようなふくよかな……ぽっちゃりした……まあその、女子的には『ナイ』体型に育ったのだが、『豊穣の聖女』としては『アリ』なので、むしろ(ちょっとゆるキャラっぽく)ありがたがられた。
だいたい、横に広がってはいるけれど、別に運動能力にも健康にも支障がないのよ。むしろ、このぽちゃっとした下には、女性にしては立派な筋肉がついているんだもの。わたし専用の畑で、毎日汗をかきながら仕事をしているんだからね。
なのに。
なのにっ。
なのにーっ!
「このわたしを……『豊穣の聖女』ポーリンを、シロブタですって?」
今言ったやつ、前に出てこい!
と文句を言いたいところだけど。
「ガズス帝国では、豚の価値がとても高いのかしら?」
レスタイナ国の代表としてやって来たわたしは、気持ちを抑えながらぐるっと周りを見回し、言った。
「レスタイナ国からはるばる友好関係を築くためにやって来た『豊穣の聖女』を例えるくらいなのですもの。豚はきっと聖なる獣として大切にされているのでしょうね」
わたしは口元を押さえて、ほほほと笑った。
「いや、その聖女さま、これは……」
『シロブタ発言』をした若い男性を焼き切るような視線で睨んだのち、言葉につまりながらわたしに謝罪をしようとする、ガズス帝国の外交担当者だと名乗る年配の男性の言葉を遮って、わたしは言った。
「ええ、そうですわね、豚はとても素晴らしい家畜ですものね。その肉にはビタミンという身体に良い物質が大量に含まれているのです。脂肪は融点が低く、ラードとしてコロッケを揚げるのにも使えますし、お肉はわたしたちの身体を作るタンパク質ですし、骨からは美味しい出汁が取れます。そして、皮にはコラーゲンがたっぷり含まれるため、食べた者を生き生きと若がえらせてくれます。尻尾の先から耳の先まで余すことなく使えて、豚はまさに神からの贈り物と言えますわね」
「ほ、ほほう、そうなのでございますか! さすがは『豊穣の聖女』さま、深い知識をお持ちなのですね、いやはや、感服いたしました!」
「ほほほ、ありがとうございます」
そうなのか、知らなかったな、などというざわめきが起こる中、先ほど問題発言をした若い男性は王宮の兵士に引きずられて退場していくのが見えた。
空気が読めない人間を、そのまま使うほどガズス帝国は愚かではないのだろう。
「長い旅でお疲れでしょう。聖女さま、皇帝陛下にお会いするまで、用意いたしましたお部屋でゆっくりとお寛ぎください」
わたしは鷹揚に頷き、案内の女性の後に続いて歩き出した。
「ポーリンさま、こ、これは!」
わたし付きの侍女が、鼻息も荒く言った。
「こんな、こんなことって……」
「すごいわ、こんなにもモチモチの気持ちよさなんて……」
「ふわっ、癒される、癒されてしまう……わたしたちはお世話をしなくてはならない立場なのに……」
「ああもう、たまりませんわ……」
わたしを囲む侍女さんたちが、怪しい発言をしておりますね。
でも、仕方がないの。
レスタイナ国でも癒しキャラだったわたしですもの。
「ポーリンさまのもっちりお肌が、気持ち良すぎますーっ!」
ええ、お風呂上がりのわたしは、侍女さんたちに全身マッサージをされているところなの。
でも、揉む方が気持ち良くなってしまうところが問題かしら。
ううん、わたしも疲れが取れて心地良いから、WIN-WINの関係ね!
「ポーリンさま、白くてしっとりとして柔らかくて、ぷにっぷにの素晴らしいお肌でございますね」
「本当に、羨ましゅうございますわ。長年姫さま方のお世話をしておりますが、こんなお肌は初めてでございます」
「どうしたら、このようなお肌になれるのでございますか?」
ベッドにうつ伏せになり、香油で揉みほぐされながら、わたしは「そうね……食べ物に気をつけて、日焼けを防ぎ、適度な運動を続けることかしら。新鮮な野菜や果物をたっぷり摂ることで、お肌に良いビタミンや酵素を充分に摂取することができるのよ」と言った。
お日さまをたっぷり浴びて育った大地の恵みを体内に取り入れることで、身体中が活性化されるのよね。
どんなに栄養があっても、点滴では元気にはならないの。
口からしっかりと食べ物を食べることが、美と健康の秘訣よ。
「化粧で作る美しさは、かりそめの美しさよ。それに、いくら肌に塗っても、良いものは吸収されないわ。だって、お肌は老廃物を出す場所なんですもの」
だから、お風呂に入らないとどんどん汚れて臭くなるのだ。
海軍の皆さまのようにね!
「だから、口から入れる食べ物が大切なのよ。そうね、わたしの作る『ポーリン特製ジュース』は、美しい聖女のお姉さま方に好評だったわ。あれをこちらでも作りたいわね。よろしかったら、皆さまもご一緒にいかがかしら?」
「聖女さまの特製ジュースですか?」
「それはぜひともご相伴させていただきたいですわ!」
喜ぶ侍女たちのマッサージする手が、期待に満ちてもみもみとスピードアップしたので、わたしはあまりの気持ち良さにうとうとするのであった。