ただいま航海中4
わたしは、わたしの手のひらを観察しながら首をひねる黒影さんを見た。
いつも避けられているから、こんなに近くで彼を見るのは初めてなのよ。
背が高く、兵士たちに比べると筋肉もあまり付いていないすらりとした……どちらかというとひょろりとした彼は、少し猫背気味だ。顔を隠そうとしているから、姿勢が悪いのかもしれない。
その深紅の瞳が特徴的な彼の顔は、まだらに染まった引きつりについ目が行きがちだけれど、それがなければかなりの美形だと言える。小さな顔にすっと鼻筋が通り、唇は少し薄い。切れ長の二重の目はよく見ると長いまつげで囲まれているし、ハンサムと言うより『美人』という言葉の方が似合う。
顔のあざがなければ、どこぞの貴公子か、下手すると美姫にも見える……この身長がなければね。
「……俺の顔に触れて平気な顔をしている人間は、お前がふたり目だ」
彼は言った。
「皆、俺に触れると手がただれ、痛みに悲鳴をあげるというのに」
「痛み? わたしは全然痛くないわよ」
人が触れるとただれる肌って、まるで呪いのようだわね。
わたしがそんなことを考えながら黒影さんの顔を見ていると、ようやく納得したようで、彼は手を放した。
「お前は聖女だと言ったな。その力なのだろう」
「黒影さんのそのあざは痛むんですか?」
「触るな!」
わたしが再び彼の痛々しい頬に触れようとすると、彼はわたしの手を弾いた。
「一度は大丈夫でも、2度目はどうかわからないぞ。癒しの手が腐り落ちてもいいのか?」
「でも、もしも痛みがあるなら、神さまのお力で治すことができるかもしれません」
すると、黒影さんは嫌な感じに目を細めてくくっと笑った。
「いや、これは絶対に治せない。なぜなら、俺の顔を醜くしたのは……いや、なんでもない」
「気になります、最後までちゃんと話してください」
「お前には関係ないことだ」
そう言うと、黒影さんはすっと身を翻して去ってしまった。
「あっ、黒影さん、まだ話は……もう!」
素早い身のこなしで、彼はいつものように船内に身を潜めてしまった。
「ディアス艦長、彼は何者なのですか?」
「手練れの冒険者、としか知らないし、もちろんなぜあのような姿をしているのかも知らない。噂では、呪いを受けて、身体もあのようになっているとのことだが」
「呪いのせいなのですか……」
でも、わたしの手には『呪いの響き』は伝わってこなかったわ。
わたしは甲板にしゃがんで、彼が去る時に落とした物を拾い上げた。わたしが彼の頬のかすり傷を治した時にひらりと落ちた物だ。
手のひらに乗せてみる。
それは大きな黒い鱗だった。
黒影さんの頬には、鱗なんてついていなかったから、これは海で付いたものなのだろうか?
その鱗は、太陽の光を虹色に反射して美しかった。
「不思議な人ね」
さて。
お待ちかねの、タコである。
タコであるーっ!
嬉しい、超久しぶりよ!
タコといえばたこ焼きだけど、当然のことながらここにはくるっと丸く焼ける鉄板はない。
なので、お好み焼き風に作ることにした。
「はい、このキャベツと青ネギを細かく刻んでね」
幸い洋風の青ネギがたっぷりある。たこ焼きにはキャベツと青ネギを入れたい派なのよ。
「ちょっと、聖女さん、本当にそれを食う気なのかい?」
「切り落としても、しばらく暴れてたぜ。大丈夫なのか?」
「みんな、魔物肉は普通に食べてるでしょ。あれの海版よ、そんなに怖がらなくていいのよ」
「そりゃあ、魔物肉は美味いが……」
「そいつは見た目が不気味すぎるぞ」
ふんふん、見た目が不気味なものほど美味しいのよ。
わたしは今はおとなしくなったタコの足に包丁を入れて切り分けた。思った通り、大きいけれど身は柔らかくて、すっと包丁が通る。薄く切ってお刺身にしても良さそうだ。
しないけれどね。お刺身で食べたらわたしがみんなに避けられそうだから。
でも……茹でてからお刺身にするのはアリかもしれない。こんなにたくさんあるんだから、カルパッチョも作れるわ。茹でると日持ちするしね。
ああ、オリーブオイルと新鮮な野菜でタコのカルパッチョを作ったら、きっと美味しいわよ!
あ、いけない、今はたこ焼きに集中よ。
大きなボールに卵をほぐし、水を入れる。そこに小麦粉を入れ、だまにならないように混ぜる。かつおぶしがないので、アンチョビのほぐしたものを入れて、コクを出し、そこへ刻んだ野菜とタコを混ぜた。
「さあ、フライパンで焼くわよ」
わたしはフライパンに油を敷くと、お好み焼き風たこ焼きのタネを流す。中火で焦がさないように、そしてふんわりと焼いていく。タネを触ると硬くなるので、ぐっと我慢して見守るのだ。
先日、トマトソースを大量に作ってそこに砂糖を焦がした香ばしいカラメルと香辛料、岩塩と黒砂糖を入れ、ウスターソースを作っておいてよかったわ。4日間寝かせてコクが出てきたところなの。やっぱりたこ焼きにはソースがないとね!
「さあ、出来上がりよ。熱いうちに食べましょう」
わたしは、両面がこんがり焼けたお好み焼き風たこ焼きをお皿に取ると、切り分けて一切れ小皿に乗せて、ウスターソースをかけた。
「聖女さん、そんなものを食べてお腹を壊さないか?」
「うーん、いい匂い! 壊さないわよ、お腹を壊すようなものを『豊穣の聖女』が作るとお思い?」
「思わないけど……あー、食っちまったよ……」
わたしはハフハフいいながら、焼きたてのたこ焼き(もう面倒だから、『お好み焼き風』は略!)を食べた。
「美味しい! たこ焼き最高!」
神さまありがとうございます、やっぱり美味しいタコでした!
ぷりっぷりなのに柔らかいタコからは、噛むと美味しさがじゅわっと溢れ出し、野菜の甘味とアンチョビの出汁が効いた生地は、たっぷりの卵でふんわりと軽い。ふわじゅわな美味しさで、いくらでも食べられそうよ!
ああ、罪なたこ焼きね、わたしをこんなにも夢中にさせるなんて。
ハフハフいう口が止まらないわ、お口の中がパラダイスよ!
「ふわあああ、美味しい……」
さらにもう一切れ小皿に乗せてソースをかける。
「せ、聖女さん、それ、本当に美味いのか?」
「……いい匂いがしやがるぜ……」
ハフハフ天国に行っていたわたしは、じっとわたしを見つめる兵士たちに頷いた。
「めちゃうま」
「い、いただきます!」
「いただきます!」
ちゃんとわたしに『いただきます』を教え込まれた兵士たちは、それぞれ小皿にたこ焼きを乗せてソースをかけ、口に入れた。
「う、うまああああい!」
「なんだこの深い味わいは⁉︎」
「海の魔物がこんなにも美味いなんて!」
「焼け、もっと焼くんだ、早く!」
「美味いものを嗅ぎつけて他の奴らが集まってくるに違いない、どんどん焼いておけ!」
「美味いわあ……こりゃ美味いわあ……」
うんうん。
海の恵みって、本当に美味しいよね。
そして、この日の艦内たこ焼きパーティーになり、タコのカルパッチョと共に大好評であった。
「こんなことなら、もっと魔物の足を取っておくんだったなあ」
熱々のたこ焼きを頬張りながら、ディアス艦長は言った。
「あっという間に他の魔物に食べ尽くされたわけがわかったぜ。こんなに美味いとは知らなかった」
「黒影さんのおかげですね」
「そうだな、黒影がいなけりゃ、魔物の、タコっていったか? こいつの足を甲板にあげられなかったよな」
「はい。お手柄です」
みんなは舌鼓を打ちながら、食堂の端っこでひとり黙々とタコ料理を食べる黒影に、心の中で感謝をしたのであった。