わたしが女子高生だった頃
これは、わたしがこの世界に生まれる前の記憶。
わたしは日本に生まれて、平凡な女子高生として生活していた。
勉強よりも遊ぶことが好きな、ごく普通の女の子で、放課後には友達と一緒に鯛焼きを食べたり、お肉屋さんの揚げたてコロッケを食べたり、カラオケに行ったり、休みの日にはバイトで貯めたお小遣いを持っておしゃれなカフェで行列に並び、話題のフルーツとクリームが山になったすっごく美味しいパンケーキをきゃっきゃしながら食べたり(あれ? 食べることが多くない?)して、とても楽しかった。
よく食べて、笑って、お喋りして。
そんな毎日がずっと続くと信じていたのに……。
「もう一度、みんなと、おやつを食べたい、な……。塩むすびが食べたい……具は梅干し……」
病魔がわたしの身体を蝕み、口から物が食べられなくなって、どのくらいの日々が過ぎたんだろう? 最近はうとうとして夢を見ていることが多いから、よくわかんなくなっちゃった。
ベッドに横たわるわたしの命を繋いでいるのは、鎖骨下静脈に刺さった点滴のチューブだ。
透明な袋に入った液体が、ぽたり、ぽたりと落ちてわたしの身体に入る。
栄養はあるのだろうけど、美味しい味もなければお腹に溜まりもしない、悲しい食事なのだ。
「……お腹すいたな……」
もう水を飲み込むこともできない、病院での生活が続くわたしは、身体が痩せてしまって今は腕を上げることさえもできない。枯れ木のように細く細く固まった軽い腕なのに、まるで鉛のように重いのだ。
ついこの間には、電車に乗り遅れないように道をダッシュしていたのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
それはきっと、神さまにもわからないことなんだろう。
「ねえ、お母さん、今の季節は……春なの?」
かすれた声で途切れ途切れに尋ねると、ベッドサイドの母はわたしの腕をさすりながら言った。
「もう秋よ。秋から冬になるところで、外はもう木枯らしが吹き始めているわ」
あれ?
そうなんだね。
桜の季節のような気がしていたけれど……わたしの頭の中も、身体と一緒に弱ってきちゃったみたいだね。
「そ、か。もう冬に、なるんだね。……そしたら、クリスマスが、来るね」
ああ、クリスマスには、ろうそくが立ったホールケーキを食べるんだ。苺と生クリームの乗ったケーキ。砂糖でできたサンタさんと、チョコレートの家も欠かせないよね。
うちは、最初にケーキを食べる派だから、そのあとにチキンと、ピザと、あとは……未成年だから飲み物はシャンパンみたいなジュースだけど、しゅわしゅわして美味しいから大好きなんだ。
それで、クリスマスの後はお正月。
毎年美味しい物を食べ過ぎて、こたつでゴロゴロするから体重が増えちゃうんだよね。ほんと、お餅は罪だよね。
で、焦って、いつも冬休みはお母さんと一緒に朝のウォーキングをするんだ。
また、お母さんと歩きたかったな。
わたしの足は、もう身体を支えることはできそうにないや。
「お母さん、ごめんね……今年の、お正月は……ひとりで……ウォーキング、して……」
駄目だ、まぶたが重くて、開けられない。
もう病院の天井すら見ることができないよ。
わたしが最期に聞いたのは、お父さんとお母さんの泣き声だった。
そしてわたしは、命が尽きるその瞬間に、とっても大きな塩むすびに向かって飛んでいる夢を見ていた。