続 菜々緒の災難 2
「にゃーにゃーおー!」
紅蓮の住居へと赴きピンポンを鳴らした菜々緒を迎えたのはドロドロの紅蓮であった。
電話越しでは埒が明かず直接話を聞きに来た菜々緒であったが、結局同じで何とか聞き取ったところには耀夜ちゃんがいなくなったらしい。
「耀夜ちゃん可愛いから誰かに攫われたのかも。それとも烏に襲われて……1*+−=/#()&」
自分で言って想像したのか後半は何を言ってるのかわからない。
「先生、扉を開けてたんですか?」
「……わがんない。キリのいいところまで執筆して気づいたら耀夜ちゃんがいなぐて……」
さもありなん。先生は執筆がノると最早意識がないのと変わらない。書いているもの以外は何がどうなっているかなんて覚えていないのはしょっちゅうなのである。
「先生、書斎を見せてもらいますよ」
菜々緒は返事も待たずに書斎へ向かう。
「……特殊部隊を呼ぶにはどうしたらいいのかな」
……後ろから聞こえた声は聞こえなかったことにした。
惨憺たる光景であった。
書きたてを確認のために印刷したのだろう原稿は散らばりグシャグシャ、ペンやノートも散らばりパソコンまでひっくり返したようだ。
まっとうならさすがにその下にはいないと分かるだろう。
菜々緒は入口の前に立ち、一旦目を瞑ると眼鏡をくいっとしたあと目を開く。
菜々緒の視界が切り替わる。
初稿をさっさと確認するために身に着けた速読の技術フォトリーディング。1字1字読むのではなく両開き2ページを一枚の映像として見るのだ。
今、紅蓮の部屋全体を視界に収める。
2枚の微妙にズレた絵をもって立体的に浮かび上がって見える立体視や、国民的アイドルグループが番宣に来たメンバーとアトラクションで対決する番組で映像の一部が徐々に変化するやつは菜々緒の得意とするところなのだ。
但し、娯楽として小説を読む際にはコストパフォーマンスが著しく悪いという欠点もあるのだが。
話は戻って部屋の隅に違和感を感じた菜々緒は│ソレ《・・》を取り上げて苦笑した。
「先生、先生!」
菜々緒が紅蓮に声をかける。
「何? 今探偵の今泉小五郎に連絡するんだから邪魔しないで!」
ため息をつきながら紅蓮のスマホを取り上げて書斎にもどると。
「ちょっと!」
と慌てて紅蓮が着いて来る。
書斎の前まで来た二人。
菜々緒は│百科事典の外箱を指差す。
一瞬キョトンとした後に慌てて取り上げた紅蓮が見たのは、幽霊のように胸の前でお手手を曲げて目を細める耀夜であった。
「馬鹿、気持ち良さそうにして。心配したんだぞ」
と鼻をツンと押すと、
ブミャっと変な声を上げて、目を開いたかと思うと安心したように再び目を閉じたのである。
「……ぐぬぬ、怒るに怒れない」
「先生、これに懲りたらもうちょっと仕事の仕方を考えてくださいね」
菜々緒が感じた違和感は百科事典の箱が膨らんだり縮んだりしていたことです。
今泉小五郎
現役の探偵にして探偵モノの小説を書く小説家。あー、実際には事件を解くなんてありませんよ。浮気調査とか猫捜しとかそんなのばっかりです。