菜々緒の災難
「なるほど、それで耀夜ちゃんのために広い一軒家に引っ越そうと」
耀夜の脇を抱えて目線を合わせながら”ねー”とか言っている先生に頭を抱える。いや確かに耀夜ちゃんは可愛いけれども。
「先生、言っておきますけれども、先生のアパートは十分広いですからね……」
そう、3つの洋室の他に小さいが書斎もあり、畳コーナーまであるのである。
そして専ら書斎と寝室(物置)しか使っていないのである。
「いやー、やっぱり広い庭を歩かせてやりたいじゃない?」
ああ、庭付きの一軒家を想定しているらしい。
先生はもともとそんな動物好きじゃなかったと思うんだけど。曰く、獣臭がダメだと。もの凄いお腹の部分に顔埋めてんだよなぁ。
なんでいきなりこんなねこバカになってるんでしょうか。
「先生、あと2つ部屋が余ってるんですよ? 一つを耀夜ちゃん用にすれば十分でしょう。そもそもねこに一部屋与えるってだけで贅沢な話ですからね。そもそもここってペット可でしたっけ?」
「あー、なんか大家さんに言いに行ったら、修繕さえしてくれるならいいって」
やっぱり耀夜ちゃんと目を合わせて”ねー”ってやってる先生に頭が痛くなってくる。
書籍の売れ行きが低迷している中、先生の作品はどれもが大ヒットと言っていい売れ行きで版を重ねている。
だが、先生は作品の下調べをしっかりするためか遅筆なのだ。それこそ私がせっつかなければいつまでも裏をとるのを繰り返していそうだ。
なので正直言えば、引っ越しだなんだと余計な時間を使ってほしくはない。
とは言えこの様子では無理だろうなぁ。
先生の担当になって眉間に皺がよるんじゃないかというのが今の私の心配ごとだ。
ピンポーン、と音が鳴る。先生はパーになって(赤ちゃん言葉で耀夜ちゃんに離しかけている)いるのでため息をつきつつ、私が応対する。覗き穴から見ると大家さんである。
ま、マズイ! 私は慌てて先生の元へと戻り、
「先生! 大家さんですよ!」
と声をかける。
先生の表情が急激に固まる。
「いやいや、飼ってもいいって言われてるし問題ない。耀夜ちゃんも心配過ぎるほど静かだから文句を言われるハズモナイシ……」
そう言えば飼う許可はもらっているんだっけ。
「先生、案外別の用件かもしれませんし、取り敢えずまたせてる方がマズイですよ」
と言うと何とか耀夜ちゃんを私に預けて玄関へと向かう先生。
「……! どうか、どうかお願いします!」
私も何度か先生の家に来ているので、面会はあるのだが、聞こえて来たのはどこか慌てた必死さの滲む大家さんの声だった。