菜々緒
ピンポーンの音が鳴るよりも早くドタドタと音が近づいてくる。
ガチャっ、ダーン! もの凄い勢いで開かれたドアは壁に叩きつけられた。間違いなく修繕を要求されるだろう。
「先生っ! 早まらないでくださ……い?」
俺はあぐらをかいているご主人に抱き抱えられているので、自然と闖入者の視界に入ったようで、目が合ったと思ったらその瞳が大きく見開かれ。
「な、なんですか? このカワイイ生き物は!!」
ぐえ。もの凄い勢いで滑り寄ってきて抱き締められて苦しい。尚、彼女の胸は小ぶりであった。
ゴツン、とものすごい音がしたかと思ったら束縛から開放されたようで、ちょこちょこっと駆けてご主人の背後に隠れる。そして顔をちょっと出して闖入者の姿を見る。
頭を抱えて蹲っているが、実際は女性としては普通の身長で、少しカワイイ寄りのできる女って感じの表情だ。サイドに流した髪と赤いフレームの眼鏡がよく似合っている。
「菜々緒! 考えてみろ!ねこから見れば私達は遥かに大きな存在だ。それが奇声を上げて近寄ってくれば怖いに決まっているだろう? 身長2mを超す覆面男が包丁片手に走って来たらどうだ!?」
「流石にそれと同列にされるのはちょっと……」
頭を擦りながら菜々緒さんはそれだけを言った。
「それじゃあ増える家族ってのはその子のことなんですか? それならそうと言ってくださいよ」
心底ホッとしたように菜々緒さんが言う。
「説明も何も勝手に勘違いして勝手に電話を切ったんだろうが」
リビングでコーヒー片手に話す二人を俺は見ている。うろちょろしていると危険だということでテーブルの上だ。
菜々緒さんが俺に触りたそうに手を伸ばしてくるが、俺は本能的に避けて御主人のほうへと逃げる。
「……すっかり嫌われちゃいましたね」
少しトーンダウンして菜々緒さんが言う。
「だから言ったろ。上から手を伸ばしたら陰が差して怖いんだよ下からやるんだ。相手の立場にたって想像しないとだ……そうか!」
ガタッと勢い良く立ち上がった御主人はいそいで仕事用の部屋へと駆け込んで行った。
いや、ご主人今のも充分怖かったからな。
「あー、ありゃ仕事のスイッチ入っちゃったねぇ。しばらく止まりそうにないけど先生、ねこなんて飼えるのかねぇ」
恐る恐るテーブルの上を滑るように伸ばされた手。目の前で止まったのをスンスンと嗅ぎ、オッケー代わりにチロチロと舐めてやる。
「……この子のために私がしっかりしないと!」
そう固く決意する菜々緒であった。