俺のご主人
「先生! たった一回受賞を逃したくらいで諦めて実家に帰るなんて馬鹿げてます!」
「いや、ただ引っ越すって言っただけなんだが……。実はだな……家族が増えるんだ」
「!」
「けけけ、結婚なさるんですか! 分かりました。旦那さんに専業主婦になるよう求められているんですね!? 私が説得してみせますので早まらないでください!」
そこで通話が途切れてしまったようだ。
「ったく、早まってるのはどっちだ」
呆れたようにため息をつくのが俺を拾ってくれたご主人である。
話の内容で見当がつくかもしれないが、作家さんである。それも作家1本で食べていけている。数少ない人種だ。
前世では、小説家のにゃろうという投稿サイトで100ptを越えることが出来なかった身としては雲の上の人である。
というか前世で大ファンだったシリーズの作家さんだった、と思う。自分のことはあまり思い出せないのだがご主人のペンネームを聞いた瞬間にピョンと飛び跳ねてしまったくらいなのでよほど思い入れがあったのだろう。
おそらく前世を終えてからそれほど時間は経っていないのかもしれない。
そして、作品には著者の感性の影響は受けざるを得ないが、書き終えた時点で作者とは独立すべきという考えから覆面作家だったのである。
その考えへの是非はともかく、俺は著者は男だと思っていたのだ。それが女性だったのも驚きだったが、なんとまぁ美人さんなのである。
まぁ、それに反応する相棒はもういないわけだが。
しかし自分のご主人が美人で悪いことはない。ただちょっと性格は変わっているけどぉっっと。
急に視界が高くなる。
「今日も耀夜はかわいいなぁ」
脇?に手を入れられて持ち上げられたのだ。
男(♂?)としては”カワイイ”と言われるのは忸怩たるものがあるのだが、ご主人が人に見せちゃいけないニヘラとした顔になるのは嫌いではない。
「菜々緒にも困ったものだよなー」
あぐらで俺を抱き抱えながら愚痴る。いや、ねこの俺に聞かせるつもりはないだろうからごちると言う方が正しいのかもしれない。そんなことを考えて首をコテンと傾げると、ご主人は一瞬目を見開いた後、ゴロンと倒れ込んで足をバタバタして悶えるのであった。