ゾンビと引きこもり(5)
兵力会議で博士が提案したゾンビ兵、
以前より兵力増強の手段として
検討されていたが、
海底王国戦で戦死者が多数出たため、
素体が大量に確保出来、
その研究は飛躍的に進んで行く。
しかし、技術供与のお陰で
格段の進歩を果たした再生医療で
肉体の損傷はわずかな時間で治せても
魂の問題があり、
動かせる方法は限られており、
まだ判断が必要になるような
複雑なことは出来ない状態にあった。
現段階でゾンビの肉体に
誰かの魂を憑依させることが出来ないため、
ゾンビの頭に自動学習型の
AIチップを埋め込み、
簡単な作業からはじめて
AIに学習させて行くか、
電波と脳波、思念で
操縦者と同調させて動かすか、
二つのアプローチから
ゾンビ兵の研究は進められている。
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海底王国戦後、
石動は遺体安置室で、
『チーム外道』の戦死者、
その遺体を一つ一つ確認していた。
再生医療で修復はされているが
そこには既に人としての魂はない。
数々のハードな戦場を渡り歩いて来た
歴戦の勇者石動でも
さすがにこの時ばかりは神妙な面持ち。
「ちっ、シンヤじゃねえか、
お前、死んじまったのか」
たまたまそこに戦死者の肉体再生で
忙しくしていた一条女史が居合わせていた。
生前の兵士としての優秀な成績を見て、
その素体に興味を示していた一条女史は
石動から事情を聴く。
「兵士としては、
俺から見てもかなり優秀だったな」
「何でも、引きこもりの弟がいるとかで、
いつもすげぇ心配してやがったけかな」
「いつも弟の話ばかりして、
弟想いのいい奴だったって印象だな」
「ふーん」
さすがの一条女史も
死者の前では大人しい。
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それから一条女史はシンヤの肉体を、
電波と脳波、思念で
操縦者と同調させるタイプのゾンビ兵に選ぶ。
シンヤの弟、名前をトモヤと言うのだが、
こちらについては
『チーム餓鬼道』の春日が、
以前からスカウト活動を行っていたということで、
早速交渉が進められて行く。
引きこもりに関しては、
以前から防衛軍が注目していた
人材のジャンルであったから話も早い。
ただ気の毒なことに、
海底王国戦後すぐ、トモヤの両親が
交通事故で亡くなっているとのことで、
トモヤは天涯孤独な身の上となっていた。
一条女史はそのことを知り、
なおさらトモヤに操縦者になって欲しいと、
『チーム餓鬼道』の春日に頼み込む。
それは親切心なのか、
親切と言ってもいいものなのか、
それはわからない。
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一条女史は
シンヤのゾンビ兵に仮称を付ける。
『Bros-408』
それがシンヤの、
ゾンビ兵としての名前でもあった。
もちろん操縦者を弟にするつもりで、
英語で兄弟を意味する
brothers の略を入れてある。
一条女史のいつもの
ヘンテコネーミングからすれば、
悪趣味ではあるがまともな方と言えるのか。
遺族のほうがゾンビ兵との
脳波と思念の同調率が高いという仮説、
それを検証するために、
ゾンビ兵になった兄と引きこもりの弟は、
知らされぬまま再会することになる。
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石動にその話をすると、
頭を抱えて悩みこむ。
「もうお前、
いい奴なんだか悪魔なんだか
よくわかんねぇな、これ」
石動の言うことももっともではある。
確かに、戦争で死んでしまった兄が、
一人ぼっちになってしまった弟を案じて、
死してなお、傍で見守っていると言えば、
いい話風に聞こえて来るが、
遺族に黙って自分の兄であるゾンビを
遠隔操縦させるというのは悪趣味でしかない。
しかし、それを言ってしまうと
この組織自体が
悪趣味の塊みたいなものなのだから、
仕方ないと言えば仕方ない。
こうしてもう二度と会えない筈の兄弟は、
本人達も知らぬまま期せずして再会を果たした、
引きこもりとゾンビ兵として。