博士と蘭のクリスマス
それは、機材こそないが、
CTスキャンやMRIの断層撮影に
かけられているかのような感覚であった。
しかも確実に何かのエネルギーが
自分の体の中を通過しているのは
ハッキリとわかった。
「だめ、恥ずかしい」
蘭は自分の裸どころか、
内臓や血管、神経などを含めた
身体データをすべてを覗き見られていることに、
恥ずかしさを感じ、
明らかに興奮していた。
心臓がドキドキ、バクバクしていた。
さらには記憶や過去、
自分の心の中、
魂まで覗き見られてしまうことに、
この上ない高揚感があった。
顔を真っ赤に染めて、
目を潤ませ、吐息を漏らしながら、
蘭は叫んだ。
「ああん!なんて、なんて高次元!」
真っ赤な顔、潤んだ瞳、息を弾ませて、
蘭はすっかり高揚しており、
かなりの興奮状態であった。
肉体的にさかっており、
愛する人と結ばれたい
という気持ちは確かにあった。
だが何故自分だけが、
こんなに恥ずかしい姿を
相手に晒さなくてはいけないのか、
このままでは引き下がれない
という複雑に歪んだ感情も抱いていた。
相手の恥ずかしい姿も
自分の前で晒してもらわなければ
気が済まないという感情を。
博士に言わせれば、
これすらも人間の内面、
感情の面白さであるのだろうが。
「…博士、
人間の生殖行為を、
研究されてみませんか?」
案の定、今度は博士が絶叫する羽目になる。
「おおっ!なんとっ!なんという三次元!」
高次元的な精神、
思念の他者との融合による快楽の絶頂は
知っていた博士ではあったが、
それに三次元的な結合による
快楽の絶頂が加えられ、
博士にとっても未知の領域であった
快楽の絶頂となって行った。
一方蘭は、
三次元的な結合による快楽の絶頂を
知っていたかどうかはわからないが、
高次元的な、魂、霊的な融合による
快楽の絶頂は未知のものであった。
「ああん!なんて、なんて高次元!」
三次元的な結合が
肉体的な結合であるとしたら、
高次元的な結合は肉体を離れ、
この世界で言うところの
魂や精神による融合であるらしかった。
他者と思念や意識を一つにする
ということであろうか。
ちなみに蘭は、
高次元生命体と魂が一つとなり
高次元的な快楽の絶頂を得た、
人類初の女性なのだが、
そんな恥ずかしい話、
世間に堂々と公表出来るものではなかった。
「この三次元世界の女性は素晴らしいね。
この世界の人類が物質文明に執着し、
依存し続けたくなる気持ちもよくわかるよ。」
今の博士の口癖は
この頃からはじまったものだった。
「蘭、僕は君の魂と一つになって、
君の内面をはじめて知ることが出来たよ。
君はずっと自分の奥手な性格を、
地味なところや
一人でうじうじ悩んだりするところを、
コンプレックスとして感じていたんだね。
君はずっと活発的で積極的で、
何でもハッキリ言えるような、
悩みなど吹き飛ばしてしまうような、
そんな人間になりたかった。
でも自分では変えられずに、
そんな自分をさらに嫌悪していた。」
はじめ蘭は、
自分が知り得た相手の内面を、
直接相手に話すとは
なんてデリカシーがないのかと思った。
そういうのは例え知っていたとしても
相手に言わないのがマナーではないのかと。
「だから僕は君に
クリスマスプレゼントを贈ったよ。
僕はプレゼントを用意してなかったからね。」
蘭は博士に手を取られて鏡の前に立った。
そこには自分であって、
自分ではない自分が立っていた。
赤いウェーブのかかったロングヘアで、
びっくりするようなナイスバディな
プロポーションの自分。
なにかオーラのようなものが
出ているのではないかと自分でも思う。
「これが、あたし?」
「もちろん、
変わったのは見た目だけではないよ。
精神的な部分にも調整を加えておいた。
改変される前の君の肉体的データと
精神的データはバックアップを取っているから、
嫌になったらいつでも元の君に戻せばいいさ。
しばらくは君がなりたかった自分として、
生きてみたらいいんじゃないかな。
君がいつでも健やかな
生命体でいられるようにね。」
蘭は心を揺さぶられて涙が止まらなかった。
高次元生命体と
この三次元世界の人間が
心と体を一つにするということは、
こういうことなのであろうかと。
蘭の魂は解放された。
蘭は泣きながら博士に抱き着いた。
「クリスマスプレゼント、ありがとう」
そう、博士の行動原理は、
常に相手のすべてを知りたい、
理解したいという好奇心から来ており、
人間が思うところのそれとは少し違っていた。
その筈だ。
博士と魂が融合したために、
蘭もまた高次元の深淵に触れていた。
彼女が何を見て、
何に触れたのか、
それはわからない。
彼女自身にも
よくわかっていなかったかもしれなかった。
高次元の情報量が膨大であり、
すべての情報は蘭の脳が捌き切れないため、
博士が情報量を制限していた。
そのため蘭に見えたものは
断片的なものであったかもしれない。
高次元生命体と魂を融合させた彼女もまた
高次元に近い存在となった可能性もあるが、
現在はまだ立証されていなかった。
「ああん!なんて、なんて高次元!」
「おお!なんと!なんという三次元!」
その後、二人の部屋からは
一晩中そんな声が聞こえて来ていた。
というわけで
博士と蘭が初めて一緒に過ごした
クリスマス・イブは、
リア充カップルの聖(性)夜と、
たいして変わりはなかった。