九段目 夜は焼き肉っしょ
ギリギリの戦闘を制した安心感と疲労感。
張っていた気が抜けて、俺たち3人は糸が切れたように座り込んだ。
「しかしまったく、達蔵は恐ろしいことを思いついたな!」
「フレイスのカバンからこぼれ落ちた干し肉を見て思いついたんだ。
どんな大きな動物でも、解体は小さなナイフでやるものだろう?
なら、生きたまま解体すればどんなにタフな生き物でも殺せるだろうと思って。」
バソールトの言葉に応じ、そう答えた。
そう、俺が思いついたのは内臓を直接破壊して殺す方法。
敵を即死させたいなら、脳や首、心臓を狙うのが当然だが、猛熊は大きすぎて俺のナイフでは届かなかった。
肋骨に邪魔されずに狙えて、かつ、破壊されると致命的な臓器。それは肝臓だ。
血液が集中する臓器なので、これを失うと一気に血が足りなくなるのだ。
「だが、腕を入れてる間に動かれたら腕ごと持って行かれるところだっただろう。」
「だろうな。もう二度とやりたくない。」
ある程度の刃渡りがある武器を持っていれば、こんなまどろっこしいことはしないで済んだのだ。
探索都市に戻ったら刀を買おう、と固く誓った。
「ちょっと危なかったけど、これで金貨15リョーか。当面の資金には困らなさそうだねえ。」
フレイスが座ったままカバンをたぐりよせ、中からスキットルをひっぱりだす。炎の手でキャップを外し、蒸留酒をあおった。
「ちょっと待て、今何をした?」
「どうした、バソールト? 酒を飲んだだけだろう。何かまずかったか?」
「いや、だって今、燃えてる方の手でキャップを開けなかったか?」
俺はこの世界の常識を知らないのでスルーしてきたが、フレイスの腕はそんなに特殊なものだったのか?
いや、確かに炎の塊が物をつかんだりできるのは不思議だと思っていたが。魔導とかいう不思議パワーなら普通にできることなんだろうと思っていた。
「ああ、知らないヤツなら勘違いするよね。これ、別に燃えてるわけでも熱いわけでもないんだよ。」
フレイスは燃える腕を伸ばし、バソールトの顔を触った。
「おわぁっ、びっくりしたぁ!!
……あ、ほんとだ。別に熱くねえ。」
「これは魔神の腕。秘術を用いて元々の腕と目を生贄に捧げ、手に入れたシロモノなのさ。」
そう言いながらフレイスは腕で結び目を作って見せた。
「おおぉー、すげー……」
「炎に見えるけれど、実体を持った幻みたいなものさ。物を燃やすには自前の魔力をつぎ込んで魔導を使わないといけない。」
「そういえば、探索都市に来てから手に入れたと前に言っていたな。
少ない魔力と氷の魔導だけでは戦力に不安を覚えて、といったところか?」
結び目をスルリとほどき炎の腕を膝の上に乗せると、また蒸留酒を一口飲む。
「ご名答。ある時に気付いた事なんだけどね。
普通は二つの魔導を同時に使うと、当然倍の魔力が必要になる。だけど、氷の魔導と炎の魔導は同時に使った方が魔力の消費が減る。
面白いだろう? 多分、これに気付いたヤツはワタシ以外にいないはずだよ。」
「なるほど。少ない魔力を補い、効率的に魔導で戦えるようになるために炎の魔人の腕が必要になった、と。」
熱と冷気は対の関係で、冷気を作るには熱を排出する必要がある。
エアコンの室外機から熱が出たり、冷蔵庫の裏側が温かいのはそのせいだと聞いた覚えがある。
フレイスはより効率的に冷気を操るために、熱気も同時に扱うようになったわけか。
「しかし、そのために生身の腕と目を捨てるとはな……」
「ワタシの夢……何百年も称えられるほどの勇名を上げるためには、どんなに強くなったて十分ってことはないんだ。
むしろ今でも全然足りないくらいさ。」
「はー…… 何言ってるのかほとんどわからなかったけど、すげーなお前……
おれはてっきり、生まれつきそんな感じの生き物なのかと思ってたぜ……」
「ワタシも一応人間だからね。」
そう言ってフレイスは笑い、またスキットルを傾けた。
●●●
「報酬をもらうためには証拠がいるよな?俺たちがサベージベアを退治したっていう証拠。」
サベージベアを解体し、胆のうなどの薬効のある臓器や、モモやヒレ、ロースなどの可食部を切り分けながら、ふと疑問に思ったことをたずねた。
「ああ、そりゃそうだよ。」
「どうするんだ?生首でも持って行くか?」
「そりゃ生首持ってこられたら証拠として文句はないだろうけど……」
「こんなデカいモン持ってこられても、受け付けの姐さんが困っちまうだろーが。」
フレイスは苦笑し、バソールトは呆れ顔だ。
「意外だろうけど、心臓とか肝臓とか両肺とか、内蔵ならほぼどこの部位を持ってっても構わないんだってさ。
手ごわい相手だと一等冒険者でも激戦になりがちで、どこが吹っ飛んで欠損するかわかったもんじゃないからね。」
「どこでも?それじゃあインチキのしほうだいじゃないか。」
1頭仕留めて内臓をストックしておけば、何度も依頼を受けてその都度別の部位を持って行けば報酬をもらい放題になってしまう。
「当然、そこは対策してあるさ。
人狼だの子鬼だの、木っ端の雑魚はその方式は使えない。右耳を切り落として持って行くのが基本になる。
でもサベージベアみたいな大物はそもそも駆除の依頼自体がめったにないのさ。」
「まあ、そりゃあそうだろうな。」
こんな化物が何頭も湧いて出ても困る。
「だから、次の駆除依頼が出るころには内蔵なんて腐っちまうだろう?」
「あ、そうか!
……いやでも待てよ、フレイスみたいに冷凍の魔導が使えれば、保存しておけるんじゃないか?」
「もちろんそういうことを考える奴はいるさ。
だからギルドごとに、それを判別する専門の職員がいるのさ。」
「専門の? どうやって判別するんだ?」
「まあ、それは見てのお楽しみってことで。」
そう言ってフレイスは笑みを浮かべ、バソールトはそっと目をそらした。
……一体何があるというのだろうか?
●●●
「依頼達成、おめでとうございます。
こちらが証拠品の、サベージベアの心臓ですね?」
その後、俺たちはギルドに直行した。
フレイスが言うには「一刻でも早く行った方がいい」らしい。
袋に入れた心臓を渡すと、奥からもう一人職員が出てきた。この男が判別を専門としている人だろうか。
「いやー、最近大物の依頼を受けてくれる人がいなくてね。
せっかく趣味と実益を兼ねたこの仕事についたのに、椅子を尻で磨く日々だったのさ!」
男は朗らかに笑い、気さくな感じで話しながら袋を受け取る。
まるでスナック菓子のように無造作に、中からサベージベアの心臓を取り出すと、俺たちの目の前でそれにかぶりついた。
生で。
「うん、この濃厚な血のうま味! ハリのある筋肉の歯ごたえ!
今日獲ったばかりの新鮮な心臓だね!」
「……驚いた。」
「いや、言うほど驚いてるようには見えねえが……」
バソールトのツッコミが入ったが、俺は本当に驚いていた。
確かに、鮮度を確かめるなら実際に食べてみるのが一番だが。味の違いがより顕著なのは生食だが。
「すごい絵面だな……
そりゃあ、俺たちだって内蔵料理は食うけど……」
「だから言っただろう? 見てのお楽しみだって。」
「まあ、ここまでくればもはや一種の芸だな……」
俺たちの感想が聞こえていないのか、生肉男はウッキウキの上機嫌でカウンターの奥に引っ込んでいった。
「こんなに美味いもの食べてお金ももらえるんだから、この仕事は止められないんだよねぇ!」
「……コホン。 それでは確認も済みましたので、報酬をご用意いたします。」
受付の職員は何事もなかったかのように手続きを済ませ、俺たちは金貨15枚|(150万円)を受け取った。
「俺も、これでようやくまともな刀を用意できるな。
おっと、その前にバソールトに分配か。確か60万円の約束だったな。」
テーブルの上に袋から金貨を取り出し、枚数を確認しながら並べていく。
「いや、おれはその金を受け取れない。」
が、バソールトはそれを押しとどめた。
「今回、おれはまったく貢献できなかった。その金を受け取る資格はない。
結局、忍者であるお前と魔導士のフレイスが接近戦で決めちまった。
おれはお前より上の級で、戦士という接近戦のプロフェッショナルであるにもかかわらずだ。」
「おいおい、待てよ!
確かにトドメを刺したのは俺だが、俺とフレイスだけだったら早々にケツまくってた相手だぞ。
あんたがいなかったこの金貨は手に入らなかったんだ。」
バソールトにも戦士としてのプライドがあるのだろう。
正直、剣が折れた時には駄目かもしれないと思ったが、しかし、その後もギリギリまで粘っていたからこその戦果でもあるのだ。
「だが、それはおれのせいで逃げられなかったって事でもあるだろ?
おれがしっかりしてれば危険な橋を渡らずに済んだ。」
「まあ待ちなよ。
アンタの言い分はわかった。」
今まで黙っていたフレイスが口を開いた。
「とはいえ、こっちもハイそうですかって引き下がるわけにもいかない。
そっちが言い出したこととはいえ、結果的に報酬を出し渋ったような形になっちまう。
それじゃワタシの格好がつかないからね。」
「ならどうする?」
「間を取って3リョー……てのもお互いみっともないし、ここはひとつ、勝負で決めようじゃないか。」
「おう、それなら確かに納得がいくな。
何で決める?」
「この金貨を使う。表か裏か、シンプルだろう?」
言うや否や左腕が飛び出し、右手ではじいた金貨を手の甲で受ける。
同時に右手で蓋をして、バソールトに問う。
「さあ、裏か表か?」
「よし、表だ!」
冒険者らしく賭け事は嫌いじゃないのか、バソールトも威勢よく応じた。
そっと離した右手の下に隠れていた金貨は、
「裏だね。もってきな、6リョー。」
「むぅ……おれの負けか……
わかった。この金貨はありがたく受け取っておくよ。」
少し悔しそうな表情を見せたが、すぐにその表情は消した。
物事をスッキリ切り替えられるタイプのようだ。
……コインを見せる瞬間、フレイスが炎の手を使ってイカサマをしたのが見えたのは、言わぬが花か。
「じゃあ、これがあんたの分だ。」
6枚の金貨を俺から手渡した。
「ありがとよ、達蔵。
しっかし、お前も大した奴だよな。まともな武器もなし、経験も浅いってのにあの機転と度胸だ。
おれが保証するぜ、お前は冒険者として大成するってな!」
「そう言われると、悪い気はしないな。」
確かに、折角だから冒険者として出世してみたい、という気持ちは俺にもある。
「フレイス、お前と共同で仕事したのは初めてだが……今まで二等に納まってたのが不思議なくらいだぜ。
魔導士として十分な技量があるってのに加えて、宙を舞うようなあの体捌き。
一等どころか、幻の『特等冒険者』も夢じゃないかもな!」
「当然。ワタシの目標はさらにその上だからね。」
バソールトはフレイスの返答に一瞬驚いたような顔を見せた後、何も言わず、納得したような顔で片手を挙げ、去っていった。