八段目 巨大な魔物を討てよ討てよ討てよ
俺、フレイスにバソールトを加えた3人は探索都市東部の森へ向かっていた。
目的地は、俺やフレイスが寝泊まりしているあたりより10kmほど北にあたる。
「フレイスもバソールトも、あくまで二等冒険者なんだよな?」
先ほどのギルドでの話から、気になっていたことがある。
「ああ、それがどうした?」
「ってことはまだ上に一等や特等の冒険者がいるんだろ?
2人とも今のところ、冒険者としてトップクラスってわけでもないけど、有名人なんだよな?」
ギルドでの周囲の反応を見る限り、2人ともかなり名が売れている様子だった。
実際、フレイスの戦闘技術は相当なものだ。
それ以上の等級、一等冒険者とはどれほどのものだろうか?
「まあ、ワタシやコイツは二等の中でも有名な部類だね。」
フレイスが機嫌良さげに答えた。
「パーティとしての総合力はともかく、ワタシ個人の戦闘力は二等の中ならトップクラスだと思うし。
この目や腕は目立つしね。」
フレイスの嬉しそうな様に呼応して、炎がひときわ燃え盛る。
「一等冒険者の数自体が少なすぎるってのもあるぜ。
探索都市は帝国でも一、二を争う冒険者の街だが、それでも一等は20人に満たない。
ちなみに、おれの所のリーダーはその数少ない一等だ。」
「渾名は、目立つヤツ、個性的なヤツの指標みたいなもんだね。
冒険者の伝統として、渾名をつける文化とか、そういうのがあるんだ。
実質ただの格好つけなんだけど、気分が出るだろう?」
「……ああ、わかる気がする。」
渾名とか異名とか、確かにかっこいいし憧れる。
そうこう話しているうちに、森の入り口が見えてきた。
「森に入る前に、ここらで準備を整えようか。」
フレイスの言葉に俺たちはうなずき、思い思いに支度を始めた
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籠手と脚絆を結び直し、帯に差してあるナイフを確認。
鬼の面を着けて準備完了だ。
これなら表情に一切意識を割かなくてすむ。フレイスが言っていたようにこちらの方が戦闘に集中できそうだ。
「何そのお面、怖っ!」
バソールトが若干引いていた。
ちなみに、バソールトの装備は全身鎧。巨体と相まって威圧感がすさまじい。
大剣を帯びた姿はまさに『戦士』って雰囲気だ。
「しかし、バソールトはけっこう準備に時間がかかるんだな。」
「そりゃあ、全身鎧は流石にな。普段から着て歩くわけにもいかないし。
おれが普段使ってるやつならもっと早いんだが、そっちは修理中でな。」
「ワタシは準備とか必要ないからねえ。
普段から火を出してると、目立ちすぎて獲物に感づかれるし。」
言葉の通り、フレイスはマントを脱ぎ、眼帯を外してあるだけの状態だ。
左目の奥で小さな火がゆらめいているだけで、炎の腕も氷のガントレットも、まだ出していない。
「それで、猛熊ってのはどんな魔物なんだ?」
今回はあらかじめ獲物が決まっているのだ。先に戦術を考えておくべきだろう。
「基本的には普通の熊と大差ないよ。」
「デカさは倍以上で、クッソ獰猛だけどな。」
なるほど、デカくて獰猛な熊か。
……仮に銃があっても、よほどの狩りの達人でなければ手に負えないだろう。狼人間や骸骨兵とはわけが違う。
「普通の冒険者はどうやってそんなのと戦うんだ?」
フレイスは冒険者としては異常っぽいので、『普通の戦い方』を知っていそうなバソールトにたずねることにした。
「大抵は、冒険者のパーティは5~6人ってのが相場だ。
戦士系、魔導士系、斥候、回復役あたりをそろえるのが基本だな。」
ここら辺はファンタジー系のゲームっぽいな、と思いつつうなずく。
「獲物の性質によって戦術は変わるが、とりあえず斥候が獲物を探す。
狂暴な大物相手ならまず最初に魔導や飛道具を一斉に叩き込む。
で、弱ったところに戦士とかの前衛型が突っ込む。いまいち効いてなさそうだったらとっとと逃げる。
基本はこんなところだな。」
「うん、そんな感じでいいんじゃないかな。
ワタシは今まで一人だったから、チーム戦術はわからないからね。」
「なら、斥候役は俺とフレイス、初手はフレイスの魔導で、魔導が効いてたらバソールトが突っ込む。
それを俺とフレイスがサポート、と、そんな感じでいいか?」
「ああ、妥当なところだと思うぜ。」
作戦を確認し、俺とフレイスを先頭に森へ入っていった。
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「見つけた。あれだな?」
藪の中に、大型の動物がつくった獣道を発見し、それを辿ること約1時間。
数百m先に黒い巨体を発見した。
確かにデカい…… 体長4mくらいはありそうだ。
「間違いないね。50歩の間合いになったら仕掛けるよ?」
50歩ってことは、大体30mか?
俺とバソールトは無言でうなずき、フレイスを中心に俺とバソールトがその斜め前に立つように立ち位置を変えた。
気配を消してにじり寄り、間合いに入った瞬間フレイスが燃え上る。
「今だ! "火炎視線"ッ!!!」
フレイスの左目から光が放たれる。
ビームに左の前脚を焼かれ、サベージベアがよろめいた。
「オラァッ! 行くぜぇぇ!!!」
効いている、と判断し、バソールトが巨体に見合わぬスピードで突撃した。
俺もそのすぐ後ろに張り付くように駆け出す。
これなら俺の姿はバソールトの身体に隠れ、サベージベアに対して上下左右好きな方向から奇襲を仕掛けることができる。
「でりゃあぁっ!!」
胴切り狙いで振り下ろされたバソールトの大剣は、サベージベアがとっさに身をよじったことで肩甲骨に当たる。
大型哺乳類の肩甲骨は恐ろしく分厚い。よほどの業物と、狂いのない完璧な剣筋がなければ切り裂くことはできまい。
バソールトには膂力はあっても、あいにくとそのどちらも持ち合わせていないようだった。
結果、多少の肉は削げたものの、大剣は逸れて地を叩く。
「グオォォォオオオオォッ!!」
「ぐぅぅっ!」
威嚇するように立ち上がったサベージベアは、バソールトすら上回るその巨体から右前脚を振り下ろした。
バソールトはその攻撃を鎧の籠手で受け止める。
流石に厳しいのか、苦しげな声がもれる。
「なら、これはどうだ?」
バソールトの肩を足場に、サベージベアを宙返りで跳び越える姿勢で俺は跳んだ。
跳び越える時、すれ違いざまにナイフを思い切り首に叩き込み、力任せに引く。
普通なら大量の血を吹きだして倒れるところだが……
「ここまでデカイと効かないか……!」
首が太すぎて主要な血管まで届かなかったらしく、サベージベアは平気でバソールトとつばぜり合いを続けている。
そこへ、バソールトの後ろからフレイスが追いついてきた。
「ワタシがやるっ! 燃やしてやるさっ!!」
フレイスは炎の腕を大きく広げ、サベージベアの負傷している方の前脚に掴みかかった。
痛みにひるむか、と思ったが、それでも止まらない。
炎の腕に掴まれたことで半ば炭化しかかった脚を振り払い、そのボロボロの脚でフレイスに反撃しようとさえしている。
しかし、流石にダメージは蓄積している。
フレイスは反撃をかわし、バソールトもサベージベアの腕をはじいて大剣をかまえなおす。
「グゥゥゥゥ……!」
「チィッ、なんて生命力だい……!」
ダメージは蓄積しているものの、致命傷には程遠い。
「よし、おれがトドメを刺してやるぜ!!」
バソールトが再び大剣を振りかぶり、サベージベアの頭に叩きつけた。
たとえ頭蓋骨を両断できなくても、十分撲殺できるであろう威力を込められた一撃は――
「折れたあぁぁぁぁぁぁ!!?」
「グォォオオオォォォォッ!!!」
剣が折れ、不発に終わった。
そのまま勢いづいたサベージベアはバソールトにのしかかり、ギリギリで抵抗しているもののバソールトも身動きが取れなくなってしまった。
「マズイッ! これじゃあ決定打が……!」
フレイスが焦りをにじませた声をあげる。
その通りだ。俺のナイフでは短すぎるし、フレイスの炎も(おそらく氷のガントレットも)瞬間的な威力が足りない。
出血死を狙おうにも、その前にバソールトが食われてしまう……
何か手はないか、と周りを見渡した時、襲撃をかける際にフレイスが放り投げた鞄が目についた。
乱暴に放ったために鞄からこぼれ落ちたものを見て、一か八かの手を思いついた。
「フレイスは顔を狙ってかく乱を頼む!
ええい、南無三!!」
ひらめきを実行に移すために、俺は跳びかかる。
バソールトに覆いかぶさろうとしているサベージベアのわき腹、肋骨のすぐ下にナイフをねじ込み、切り開く。
「腸を引きずり出すつもりか!?
致命傷にはなるけど、その程度じゃあ息絶えるより先にバソールトが殺されちまうよ!?」
そう言いながらフレイスは広げた炎の掌でサベージベアの顔を覆おうとしていた。
決定打にはならないが、流石に嫌がって頭を振りまわし、炎を避けようとしている。
「俺の狙いは、コイツだ!」
俺はナイフを持ったまま、切り開いた腹の穴に腕を突っ込んだ。
今、この瞬間にこいつが身をよじれば腕の骨がへし折れる。
もし、こいつが俺の方に転がって来れば潰されて死ぬ。
だが、俺は賭けに勝った。
「……!」
サベージベアがピタリと動きを止めた。
俺は巨体が倒れる前に腕を引き抜き、数歩下がった。
と同時に、脱力したサベージベアの死骸をバソールトがはねのける。
「っらぁぁっ!!!
……はぁー、死ぬかと思ったぜ……!」
「達蔵、それは……?」
フレイスが、真っ赤に染まった俺の腕を指さす。
「肝臓だ。いわゆる生き胆だな。」
俺は腹にあけた穴から直接肝臓をえぐり抜いて、サベージベアを急性出血でショック死させたのだ。