七段目 俺が噂の転校生
「ん…… おはよう、達蔵。」
目を覚ますと、目の前にフレイスの顔があった。
結局あの後、宿には居られなくなったので、教会の軒先で2人丸まって眠ることになったのだ。
寒くないようにと、くっつきあって眠るのはいつものことなのだが、朝起きた時はどうにも照れくさい気分になる。
「さて、珍しく朝から街にいることだし、早めにギルドに顔を出してみようか?」
「朝から行くと何かあるのか?」
「ワタシは性に合わないからほとんどやってないけど、一般人からの依頼が貼り出されるんだ。
早い者勝ちだから、朝から待ってないと良い仕事にありつけないのさ。」
なるほど、そのシステムならフレイスは縁がないだろう。
日の出と共に起床するとはいえ、普段は探索都市から10km以上は離れた場所で寝泊まりしているのだ。早朝の張り出しに間に合うはずがない。
「どんな依頼も、基本的に一人だと面倒なものばかりだからね。
でも今はアンタがいるし、いい機会だから久しぶりにやろうかと思うんだけど。」
「そうだな、俺も賛成だ。できることは一通り体験しておきたい。」
そういうわけで、早朝のギルドに向かうことになった。
●●●
「……結構な人だかりだな。」
「そうだね、探索都市で登録してる全冒険者の2割くらいはいるんじゃない?」
ギルドの広間は今はテーブルが片づけられ、人がみっしりつまっていた。
満員電車のようなありさまだが、フレイスの周りだけは人ごみに穴が開いていた。
「……何かやらかしたのか?」
「何が?」
周囲のざわつきの中から「あの……と組んでるのか?」「マジかよ、あいつ……」「噂で聞いたことはあったが……」などと声が聞こえる。
俺を見る目にも憐みのようなものを感じる。
フレイスがまるで猛獣かなにかみたいな扱いだ。
が、フレイスは気にしている様子は一切ない。
むしろ機嫌が良いくらいだ。『悪名も名の内』だと割り切っている、といったところだろうか。
考えているうちに、ギルドの職員が奥から現れた。
2人がかりで大型のコルクボードを運んでいる。
周囲の冒険者たちは今にも飛び掛りそうに身構えていた。
フレイスすら炎の腕を出して、軽い臨戦態勢をとっている。
「それでは、本日の依頼はこちらです!」
ギルド職員の声と同時に冒険者たちが殺到した。
「とりあえず一番高い報酬の依頼票を狙って!
ワタシたち二人なら大抵の依頼はどうにかなると思うから!」
「わかった、まかせろ!」
フレイスと言葉を交わし、俺も人ごみの中に飛び込んだ。
人ごみのわずかな隙間に入り込み、コルクボード全体を見る。
数秒で目を通し、一番大きな数字が書かれているのは中央上付近のものと判断。
人ごみをかき分けるよりも上から行った方が早そうだ。
ならばと、空中に跳び上がり天井に着地。
「ずりいぞ!」「あんなのありかよ!」などという周囲のざわめきは無視、悠々と依頼票を取ることができた。
人ごみから離れたところまで天井を歩き、反転して着地。
「これが一番高額な依頼のはずだ。」
「……アンタも、結構目立つのは好きな方かい?」
人ごみをかき分けて戻ってきたフレイスに依頼票を見せたところ、そう返された。
「……言われてみれば、そうかもしれない。」
考えてみれば、忍術は『隠すべきもの』として修行させられた。
しかし、俺自身は苦労して会得した技術を見せびらかしたい、自慢したいという欲があったかもしれない。
「まあ、ワタシ自身も目立つためにこの稼業をやってるようなもんだし……おや、この依頼票は……」
依頼票を見るフレイスの表情が真剣味を帯びた。
「二、三等向けの依頼にしてはずいぶん高額な……15リョーか……」
「大体150万円か。何かマズイのか?」
「大抵はどうにかなるって言ったけど、これは2人だと…… 猛熊かぁ……」
どうやらフレイスはこの依頼を受けるべきか迷っているようだ。
フレイスの考えがまとまるまで待っていると、突如、フレイスの姿が俺の視界から消えた。
人通りの多いところで立っていたため、歩いてきた人とぶつかり、転倒したのだ。
「おっと失礼!
怪我はないかい?」
フレイスが消えたように見えたのも無理はないだろう。ぶつかってきた相手は250cm近い、とびきりの巨漢だったのだ。
ゴリラのような顔に、筋骨隆々の肉体。おそらく体重も200kgを超えるのではないだろうか。
「痛たぁ…… いや、ワタシもこんなの所で突っ立っていたのが悪かった……
ん、アンタは……」
「なんだ、"氷炎魔人"じゃねえか。
朝からギルドに来てるとは珍しい。」
「人とぶつかっただけにしちゃあ衝撃がすごいと思ったら……えーと、"ピンチベック"だったっけ?」
「知り合いか?フレイス。
っていうか"氷炎魔人"って?」
「ああ、いや、知り合いってほどでもない。まともに話すのは初めてだ。
ほら、お互い目立つ風貌だろう? 自然と渾名くらいは覚えるものさ。」
つまり"氷炎魔人"ってのはフレイスの渾名か。
……とんでもない渾名付けられてるな。『魔人』とは。
「ん? この忍者はもしかしてお前さんのツレか?」
「ああ。1週間ほど前から組んでるんだ。」
「へえ……いよいよもって珍しいじゃねえか。
氷炎魔人と組んだヤツなんて、大概翌日には逃げ出しちまうってのに、1週間経っても平気とは。
おれはバソールト。"ピンチベック"って渾名で通ってる二等冒険者だ。見ての通りの重戦士だぜ。」
「俺は山上達蔵、三等冒険者で忍者だ。以後よろしく。」
俺が名乗ると、バソールトはわずかに驚いた様子を見せた。
「へえ、三等で……山上?」
「ああ、日本人だ。
ヤマガミゲンゾウの子孫かもしれないってさ。」
「はぁー、そいつは将来有望なことで……
で、お前さんはなんでこんなところで考え事を?」
「ああ、この依頼票さ。」
フレイスは依頼票をバソールトに見せた。
「ふむ、猛熊の駆除で、報酬は金貨15リョー……
二等向けにしちゃあ報酬も難易度も高いな。」
「ワタシは純粋な戦闘力はそれなりだと自負してるが、タフな魔物に致命傷を負わせる手段は少ない。達蔵も同様さ。
無理だとは言わないけど、それなりに危険もあるからね。受けようかどうしようかと思って。
そういえば、そう言うアンタはどうしてここに?
いつもはパーティで行動してるだろう。」
「うちのリーダーが負傷しちまってな。
しばらく動けないってんで、一人でできる依頼はないもんかと……」
バソールトがそこまで言ったところで、俺たち3人は顔を見合わせた。
2人だとキツイ依頼だが――
「……ちょうどいい、アンタの取り分は6リョーでどうだい?」
バソールトは少し考えた様子を見せた後、
「よし、乗った!
ここで会ったも何かの縁だ。少しの間だがよろしくな!」
力強く巨大な手と握手を交わした。
俺にとっても、フレイス以外の冒険者の手並みを見る良い機会だ。
どうにもフレイスは、この世界の一般的な冒険者とは別物な気がする。
この機会にまともな冒険者のやり口を憶えておくべきだろう。




