六段目 ウィザード・クライマー
今、俺たちの目の前には3人の襲撃者が縛り上げられていた。
と言うか、俺が縛り上げた。
フレイスのビームによって魔導士の杖は破壊され、俺も分身を駆使して2人の敵を取り押さえた結果だ。
「さて、と……」
フレイスが襲撃者の覆面を取り払う。
「やっぱりアンタだったかい、オルフィ・リヒトラル。」
襲撃者のリーダー格、オルフィと呼ばれた金髪の女がフレイスをにらみつける。
「フレイス・ジャグアーロ……! よくもぬけぬけと……!」
腹の底からひねり出すような、怒気に満ちた声。
フレイスに対してただならぬ感情を持っていることが感じられる。
「「夜襲を仕掛けてくるとはただ事じゃあなさそうだが、フレイス、一体この人とはどういう関係だ?」」
本人たちだけで話されると話について行けなくなり、俺が困る。
なので、とりあえず一番聞きたいことから聞いていくことにした。
「……お待ちなさい。私の目がおかしくなったのでなければ、同じ顔が2つ並んでいるように見えるのですけど……?」
オルフィに話の腰を折られた。
分身しているのだから同じ顔なのは当たり前なんだが。
「「そっちにも同じ顔が並んでいるじゃないか。」」
残る2人の襲撃者を顎でしゃくる。剣とウォーハンマーを使っていた方だ。
覆面の下は、そっくりの顔をした15歳前後の少女だった。
「こっちはただの双子です! 分裂して2人になる変態と一緒にしないでくださいまし!」
「あー……もう、話が進まない。 とりあえず達蔵は1人に戻って。」
「「お、おう。」」
フレイスが目に見えてイラついきたので、素直に分身を解く。
2人の俺が引き寄せ合い、影が重なるように1人に戻った。
「で、改めて。 このオルフィって人は何者なんだ?」
「ワタシが帝都の魔導アカデミーにいた時の同期さ。」
「ただの同期生は夜襲を仕掛けてこねえだろ。」
「んー……話せば長いんだけど、アカデミーでちょっとした決闘騒ぎがあってね?」
その遺恨か。
「ちょっとした決闘騒ぎ!? あれだけの卑怯なマネをしてよくそんなことが言えますわね!!」
オルフィが再び声を上げる。
「呼び出された場所に行ってみたら、"氷の結界"に閉じ込められて! 危うく凍死するところでしたわ!!」
騙し打ちをしたならそりゃ恨まれるだろう。
「いやあ、流石に教員・生徒合わせて30人もまともに相手取るのは面倒臭かったから。」
「30人!?」
「うん。そもそも発端はコイツらにあるんだけどね。」
「……まあ話してみろ。」
「魔導士って、すごく家柄と家の歴史を重視するものなのさ。代を重ねるごとに魔力の量も増すし、魔導士の家系にはそれぞれの秘伝がある。
でも、ワタシは別に親が魔導士というわけでもない、つまり一代目。魔力は少なく、一般的な魔導しか使えない。
アカデミーはコイツをはじめ、立派な家格のヤツばっかりだったから……」
「フレイスは何かとイジメられてきた、と。」
「そーそー。で、1年ほどは我慢して勉学に励んでいたわけだけど……」
「我慢の限界がきて、30人まとめて氷漬けにした、と。」
おそろしくプライドの高いフレイスにとって、侮辱されつづけるのは相当腹に据えかねたのだろう。
しかし、その遺恨で狙われ続けているわけか。
「しかしその話が本当なら、フレイスは魔導士として特別優秀ってわけでもないんだろう?
よくそれだけの数を相手にして勝てたものだな。」
「あらかじめ準備しておいて、指定した場所と時間に来るようにしておけば何とでもなるものさ。
ワタシは氷の魔導に適性があって、アカデミーに入る前から何年もかけてそればっかり修練してた。
だからその一点だけは他のヤツにも引けを取らなかった。」
「今ある炎の目と腕は?」
「それは別。探索都市に来てから秘術を使って手に入れたものだよ。」
「じゃあアカデミーでは氷の魔導だけで戦ったのか?」
「ああ。
ついでに、罠を使ったとはいえ一度に30人も潰せばワタシの名も売れると思ったんだけどね。
30人の内に貴族が結構多かったものだから、体面を気にして事件をもみ消しちゃったのさ。
権力ってずるいよね。」
「まあ、知られれば家の恥だからな。
ってことは、刺客につけ狙われてるのは口封じも兼ねてか?」
「かもね。まあ、オルフィの場合は直接リベンジを狙いに来てるわけだから、あんまり関係ないけど……
で、こうして狙われるようになったから、普段は街の外で生活していたんだ。
魔物がうようよする場所で夜に活動するとか自殺行為だから、外の方が逆に安心していられるわけさ。」
「狙われてるってわかってるなら俺に先に言えよ!
俺が忍者だからよかったものの、普通だったら不意打ちの一撃であの世行きだぞ!!」
そう、俺が一番言いたいことはそれだ。
こういう大事な話は前もって言っておくべきだろう。
「いやあ、ここ1年ほど襲撃がなかったからさ。てっきり諦めたもんだと思ってたんだよ。」
「だからってなあ……!」
あっけらかんとしているフレイスに思わず語気も強まる。
「それで、話が済んだなら早く私を解放してくださる?」
そこに、オルフィが非常識なことを言い出した。
「はぁ? また襲撃してくるに決まってるやつを無事に帰すわけないだろ。」
「と、言いたいところなんだけどね。
さっきも言ったけどコイツは貴族、しかもかなり上流の。
個人的な遺恨でワタシを襲って返り討ちに合ってる間ならともかく、殺すと流石に大事になって、コイツの実家が本気でワタシを殺しにかかってくる。」
面倒な……
「えー…… じゃあ今まではどうしてたんだ?」
「基本は杖を奪って手足を氷漬けにしてから縄を解いて放置。氷が解ける前にワタシはトンズラって寸法よ。」
「うーん…… 甘いな。」
「じゃあどうする?
片方だけ眉毛をそり落としてやろうかと考えたことはあるけど。」
「そんなこと考えてましたの!?」
「曲がりなりにも貴族相手にそれやると恨まれすぎると思ってやめたのさ。」
放置してるといつまでたっても襲撃してくるし、やりすぎると恨まれすぎるのか。
程よくコイツにダメージを与え、かつ恨まれすぎない報復……
「日本では江戸時代、軽犯罪を犯したものには入墨刑を行ったと聞く。」
「ふむ。」
「え? なに、何の話ですの!?」
うなずくフレイスとうろたえるオルフィ。
「額や腕に横線や『犬』の文字を入れて、こいつは前科者だとわかるようにしたそうだ。」
「それ、片眉そるよりやばいんじゃ?」
「ああ、だから代わりに……」
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「く、屈辱ですわ……!」
従者2人と共に手足を凍らされ、宿の一室に放置されたオルフィ。
一見すると外傷もないし、どこの毛も剃られてはいない。
しかし、従者の少女は悲痛な面持をして、主人から目をそらしていた。 ……ふりをして、実際は声を出して笑うのを我慢していた。
「私にこんな真似を……!
覚えてなさいっ! フレイス・ジャグアーロっ!!」
乱れた服の裾から、白い肌がのぞく。
そこには墨痕鮮やかに『負犬』と書かれていた。
オルフィは後に知ることになることだが、フレイス特製のインクは1カ月はどれだけ洗っても落ちないそうだ。